深い森の彼方に

とも茶

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第九章 深まる疑問

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翌朝、前日買ったスーツで身を包みあの事務所に急いだ。下半身に異様にフィットするタイトスカートに足をもつれさせながら、同じような服装で機敏に行動するリーダーの姿がふと頭に浮かんだ。頭にリーダーの姿がよぎると、また股間が疼き湿り気を帯びるのを感じた。
余計な妄想を振り払い扉をあけると、昨日の女が待ち構えていた。
「初出勤にしちゃ、えらく遅いじゃないか。先が思いやられるね。」
「でもまだ8時半前だし、何時に来いとも言わなかったですよね・・・」
「馬鹿か、この女は。常識もわからんのか。」
最近やや優しくなったリーダーに代わって、はげしく怒鳴りつけられた。言葉もなく、黙っていると書類の入った封筒を5つ、目の前に置かれた。
「これをお客さんに渡してこい。説明なんかいらないからな。説明しろなんて言ってもどうせできないだろうし。」
「私の名刺はないんですか。」
「新人にあるわけないだろ。」
「お客様のところについたら、何となのればいいんですか。」
「知るか、自分で考えろ。」
「でも、着いたら何かいわないと。」
「知るか、自分で考えろ。」
「せめて会社名ぐらいは。」
「知るか、自分で考えろ。」
同じだ。前の事務所の人たちも、町で声をかけた人たちとも、みな同じだ。
この女の表情が虚ろになってきている。これ以上追及したらまた消滅してしまう。あわてて、しつこく問うのを止めた。
「どちらに行けばいいのでしょうか。」
「封筒に書いてある。いいから行け。」
厳しい口調を取り戻した女を後にして事務所を出た。事務所では結局あの女以外誰にも会わなかった。
ビルを出てから、封筒の表を改めて確認した。手書きの簡単な地図にビルの場所とフロア、部屋番号が書いてあるだけだった。
5つの封筒の宛先のうち一番近くにあるビルに行った。封筒の記載のとおり3階にあがった。指定の31号室の前に立ちノックをした。
「あの。」
自分の名前すらどう名乗ったらいいのか分からず、「あの」しか言えなかった。
「はい、どうぞお入りください。」
扉をそっと開け中をのぞくと、中年の女性が微笑んでいた。
「どうぞ、ご遠慮なくお入りください。」
「あの、書類をお届けに上がったのですが・・・」
「それはご苦労様、私が受取ましょう。」
「あの、会社名とあなた様のお名前を確認させてください。」
「それは必要ありませんよ。」
「でも、どなたに渡したのかわからくなって・・・」
「それは必要ありませんよ。」
「ちゃんと渡したかどうかも報告しなくてはならないし・・・」
「それは必要ありませんよ。」
同じだった。この女性から笑顔が消え虚ろになってきた。でも、この女性が消滅しても私の仕事には関係がない、遠慮なく問い詰めてもいいはず。
「すみません、会社名とお名前ぐらい最低限の確認はさせてください。」
「それは必要ありませんよ。」
徐々にこの女性の体自体が透けてきた。
「ここは何という会社なんですか。」
「それは必要・・・」
ついに消えてしまった。
消えてしまったが、オフィスは消えなかった。31という部屋番号しかなく、そもそもその女性以外誰も見かけなかったので消える必要がないということだろうか。

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