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美剣士と木剣
しおりを挟む異世界エクトールの神殿で、女の身に聖女召喚されて、ブロンドの髪に蒼い瞳の美女「聖女ユウ」となった俺、門宮勇(かどみやいさむ)。
俺は、聖女の特殊魔法「緑の光の手」を用い、癒し手として、王国軍と反乱軍の戦乱に臨み、王国軍の負傷者を癒して、他の聖女達と共に王国軍を勝利に導いた。その過程で、その女の身に準ずるように、心まで段々女になっていく。
俺はおおむね平和になったこの世界で、護衛である艶のある長髪の美剣士セルバートと、微妙な恋愛関係も続けていた。
この日も俺の神殿での癒し手の公務は非番で、この切れ長の目と引き締まった口元の美剣士セルバートを伴って俺は神殿からグレースの城下町に出た。
☆
「孤児院のみんな、元気そうだったな」
「貴女の優しさに、子供たちも懐いている。見ていて微笑ましかったよ」
…改装されて、綺麗な館となった、今は神殿の管轄下にあるリファーナの孤児院を後にして、やや狭い路地を辿り、俺とセルバートは大通りに向かう。
俺とセルバートは、それぞれいつもの、赤の上衣と白の長ズボンの乗馬服風姿と、茶色と白の上下服に帯剣した姿だ。
「聖女ユウ、覚悟!」
そこに突然道を塞ぐように現れた外套の男は、そう叫んで、茶色の外套を深く被ったまま、俺に剣で斬りかかってきた。
その凶刃が煌めくのが見えた。こいつ、刺客か何かか?と俺は直感的に感じた。
「危ない!」護衛のセルバートが素早く俺と刺客の男の間に割って入る。
セルバートは腰の剣を抜き放って、目にもとまらぬ剣技でこの刺客の男を一刀の下に斬り捨てた。
「おのれ、聖女。お前達さえいなければ…」男はそういって自らの流した血だまりでこと切れた。
俺は、呪詛にも近いその男の言葉と、目の前で冷徹に人を斬り捨てたセルバートに、一瞬だが、恐怖を覚えた。はっきりと、それが顔に出るのも自覚した。
神殿の治療場でさんざん見て来たので血を見る事自体は怖くない。深い傷を見るのも慣れていた。それでも、目の前で人が切り殺されるのを見たのは、俺にとっては衝撃だった。それが、自分を守るために為されたものであっても。
ありえないことだが、剣を振るうセルバートの切れ長の目が裂けるように、そして、その口元が嗤っているようにさえ見えた。無論、俺の恐怖から来る幻覚で、そんなことはなかったのだが。
セルバートは「大丈夫か、怪我はないか?」といつもの秀麗な顔を心配そうな表情にして俺を気遣ってくれたが、俺は少し放心状態。
…後で分かった事だが、その男は、かつての反乱貴族メラニス伯の残党兵士だった。俺が憎くて、凶行に走ったのだろう。
俺とセルバートは、街の衛兵達に事情を話してこの後を任せると神殿への一本道を辿って帰路に着いた。俺はセルバートと言葉をほとんど交わせなかった。
やや頬のこけた、青白い顔の神官長のウェルダンはこの事を聞くと「これは少し危ないねえ」と言い、少しの間、俺達聖女は神殿から外出禁止となった。護衛の美剣士セルバートの様子が少し変になったのはここからだった。
☆
セルバートは、こんな時だというのに護衛を休み、この神殿に割り当てられた自分の部屋に引きこもった。
聖女に護衛が要るのはこういうときなのに、と神官たちは不満を囁き合った。
それを耳にして、俺はセルバートの部屋に、彼の意向も聞かずに押し入った。自分の大事な人に、悪評が立つのは、気分のいいものじゃない。
俺は赤いドレス姿で彼の部屋に入った。聖女として、彼に何があったか確かめるために。
俺の所と同じく、白い壁と床の、黒の縁取りのされた彼の部屋で、セルバートは、いつもの茶色と白の上下服姿でベッドに腰かけて座っていた。そして、入ってきた赤いドレス姿の俺にこういった。
「貴女か…。私は、護衛の任を降りようかと思っている」
俺は、彼が何かに苦悩しているのが見て取れたので、理由を聞くことにした。
「何故だい。俺を守るのが苦痛になってしまったのか?」
先日の一件が原因だろうと思ったが、セルバートの事情も確かめないといけない。なにより、護衛をやめるということは、俺の側で、俺を守ってくれるという、彼の言葉を翻す物で、俺には容認し難かった。
セルバートはその「理由」を俺に告げる。
「私は傭兵で、人の命を奪って生きて来た者だ。聖女たる貴女の隣に立つ資格はないのかもしれない、刺客を斬り捨てたときの貴女の恐怖に引きつる顔をみてそう思った」
そして、続けてこうも言う。
「私は、一度剣を抜くと、まるで仮面をかぶったように冷酷になってしまう節がある。こんな男に、貴女の連れ合いになるのは所詮、無理だったのだろう」
俺は、素直にセルバートに頭を下げた。これは、どうみても俺が悪い。せっかく命を張って守ってくれた護衛に、事もあろうに、恐怖の念を抱いたのだから。
「すまない、助けてもらったのに、不快な想いをさせてしまった。でもあえて言わせてもらえば、例えあれがあなたの本来の姿でも、俺は、あなたに護衛を続けてもらいたいよ」
「私は、人を傷付ける事しかできない人間だ。そんな私が、貴女の側にこのままいていいのだろか?」
セルバートが自分の立ち位置にかなり苦悩しているように俺には見えた。
俺は、目の前のこの護衛が、かつて人を殺す事を生業にしてきた事を、意識していなかった自分を恥じた。しかし、同時に自分の想いもぶつける事にした。
「バカだな、決まってるだろう、いていいんだよ。セルバートは「元」傭兵で「今」は俺の護衛だ。この間だって、俺を助けてくれたんだろう?変な態度を取ってしまったのなら、謝るよ」
そして、畳みかけるように言う。ここで言わないと、セルバートは俺の護衛としても隣人としてもだめになってしまう気がした。
「セルバートは俺の側にいて、俺を守ってくれるんだろう?そう言ったじゃないか。それで、俺には充分だ。言葉が必要なのなら、ここで、俺が言ってあげるよ」
俺は一息を継いで、セルバートに、出来得る限り真摯に胸の内にある想いを伝えた。
「俺は、セルバートに隣に居て欲しいんだ」と。
それを聞くとセルバートは、俺にすがりつくようにして、まるで子供のように、泣いた。
俺はセルバートにもこんなに脆い所があるとは思っていなかったが、俺はそんな彼を抱きしめた。彼も同じ人間だ。弱い所もあるだろう。
俺達と楽しく談笑して、平和な時を過ごして、忘れかけていた傭兵としての過去が堰を切って出てきたのかも知れない。
きっと、ずっと、この男は傭兵として戦場で剣を振るいながら泣いていたんだと俺は思った。
ずっと苦しい思いをして、我慢していたんだろうな、とも思った。なので俺はセルバートにこう言った。
「俺はセルバートに、護衛を続けてもらいたい。人を殺すのではなく、俺を守る者として」
そして、想いを込めて言葉を紡ぎ、続ける。
「どうしても苦しくなったら辞めていい。でも、できるなら護衛をつづけて、俺の側にいて、俺を守っていて欲しい。泣きたくなったら、おれの胸位は貸してもいいから」
セルバートは、俺にすがりついたまま「すまない。それには少しばかり時間が要る」と言った。
☆
それから俺は、連日、彼の部屋を訪れた。彼はその都度、傭兵時代の昔話をしては、俺の胸を借りて、泣くようになった。
戦友の死、殺した相手、それらを踏み越えて生きて来た自分。セルバートはそう言った事を懺悔するように俺に話した。
「好きなだけ泣いていい。俺は、あなたの隣人でありたいからな。少し位なら甘えてもいい。だから、俺から離れるのは止めて欲しい」
そういい、俺はセルバートのその弱い面も受け入れつつも、彼がしっかりと立ち直るのに期待をした。
☆
「すまない。見苦しいところを見せてしまった。もう大丈夫だ。これからは、この木剣で貴女の身を守る事を誓う」
立ち直ったセルバートはそういい、それからは木剣を鞘に入れて帯剣するようになった。確かに、彼の腕なら木剣で相手を殺さずに無力化する事もできるだろう。
彼が、木剣を以ってきっちり立ち直るのには、一週間がかかったが、それは、俺とセルバートが互いを必要とする形をきちんと取るために不可欠な時間だったのだろう…。
そして一週間の後、俺の側には木剣を帯剣した美剣士セルバートが、凛々しく護衛として復帰した。
…彼は生業の為に相手を殺すのではなく、俺を守る為だけにその木剣を取ったのだ。
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