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五話

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 ジルはその後よほど疲れていたのだろう。ベッドに横になると言うとすぐに寝息を立て始めた。

 私は部屋の中に渦巻く魔力を見つめながら、この魔力を全て抑えるのには少し時間がかかるだろうなと考えていた。

 呪いの影響なのか、魔力は禍々しく、澄んだものではない。これを自分の体内だけに押しとどめておくには練習が必要である。

 私はベッドに横になった箱を被ったジルの姿にくすりと笑った。

 何故、箱を被っているのかは分からないし、箱を被っているから寝顔など分からないはずなのに、眠っている顔が穏やかに見えてしまう。

 起こさないように静かに部屋を出た私は、使用人らと共に今後について話し合い、しばらくの間私がジルのメイドとして行動する旨を伝えた。

 基本的なメイドの行動を教えてもらいながら、出来る範囲でしようと決める。

 新人メイドなので不手際があってもしょうがないと思っていただきたい。

 使用人らと私付のメリー、そして執事のグレイにはくれぐれもジルに私の素性がばれないように伝えた。まぁ、ジルが部屋から出られるまでに魔力を抑えられるようになったら、さすがに伝えないといけないかもしれないが、しばらくの間はいいだろうと結論付ける。

 風呂の準備は他の使用人に任せ、私は料理人の作った料理をジルの部屋へと運んだ。

 部屋をノックしても返事はなく、仕方がないので扉を開けて中を伺うと、ベッドの中で悪夢にうなされるように汗をかき、苦しむ声を上げるジルが目に入った。

 食事を机の上に置き、ジルの眠るベッドの横へと移動すると、ジルが悲鳴を上げながら飛び起きた。

「うわぁぁぁっ!!!!」

「ジル様。おちついてくださいませ。大丈夫です。夢です。」

 私は呼吸を荒げるジルの背を優しくさすると、ジルは肩をびくりとふるわせた後に私の顔をおびえた瞳で見た。

 箱に空けた小さな穴から見えた瞳は、血のように赤かった。

「ローズ・・・か・・・」

「はい。お水を飲みますか?」

「あ・・・あぁ・・・」

 持ってきた水差しからコップに冷えた水をそそぎ、それをジルに手渡すと、ジルはそれをごくごくと音を立てて一気に飲み干した。

「っはぁ・・・ありがとう。ローズ。」

「悪夢は・・・いつもごらんになるのですか?」

 私の言葉にジルは苦笑を浮かべると言った。

「これは、呪いによる影響なのだと思う。呪いが・・・僕を飲み込もうとしているんだ。」

 この療養地に来るまでの間に、私はジルの受けた呪いについて調べていた。

 ジルが呪いを受けたのはジルが八歳の時。

 真夜中の暗闇に包まれた城の中をジルの悲鳴が響き渡ったという。

 誰からの呪いなのかは定かではないが、呪いは王族の証でもあるジルの金色の髪を真っ白に染め、王族特有の青い宝石のような瞳は血のように赤く染まったという。全身に広がる呪いの紋様は黒い棘のように伸び、体を締め付けるような痛みが蝕む。

 幼い体に呪いの力は大きくのしかかり、一年ほどは寝たきりの状態だったと言う。だが、宮廷魔術師らの力によりどうにか呪いは体の半身にまで押しとどめられるようになった。そのおかげでジルは起き上がれるまでに回復はしたが、未だ全ての呪いを解くことは出来ず、宮廷魔術師らは今もそれを解く術を見つけるべく、調べを進めているのだと言う。

「その箱は・・どうしたのです?」

 思わずそう尋ねると、ジルはうつむきながら答えた。

「王宮で、僕を見る度に皆が痛ましげに、僕を憐れむような視線を向けてくる。だから、被った。」

 なるほど、確かに好奇の眼差しを向けられ続ければ顔を晒すのも嫌になるかと思ったが、ふと思う。

「でも、ここには私しかいませんし、しばらくはジル様の魔力によって部屋にも誰も入ってきません。ですから、外したらどうです?」

「え?」

 驚いたようなジルに、私はどうしてかと首を傾げてしまう。

「嫌、ですか?」

「いや・・・嫌というわけではない。ただ、僕の見た目は・・呪いの影響でとても真っ当な人間には見えない。気持ちが悪いという者もいる。大丈夫か?」

 呪いで自分の体調が悪いと言うのに、他人の心配をするジルの姿に、本当にこの人はあのライアンの弟だろうかと驚いてしまう。

 私は優しく微笑むと、ジルの手を握って言った。

「大丈夫ですよ。ジル様さえよければお顔を見せて下さい。」

「・・そうか。分かった。」

 ジルはそう言うと、少しためらいつつも頭にかぶる箱をゆっくりと取った。

 肩ほどまで白い髪は伸びていた。顔色は悪く、その青白い顔に赤い瞳が異様に映えて見える。

 ライアンにはあまり似ていなかったことに、私は思わずほっとしていた。顔を見る度にライアンを思い出さないで済みそうだという事に安堵してしまう。

「ジル様は、とても優しげなお顔をされているんですね。」

 微笑みかけると、ジルは少し顔を赤らめてそっぽを向いた。

「そんなことない。・・・それよりも、大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。あぁ、そうだ。お食事にしましょう。それが終わったら湯あみをしましょうね。いいですか?」

「・・・あぁ。」

 箱を取る時に、ジルの手は微かに震えていた。

 こんなに小さな子を、きっとこの数年でたくさんの大人が傷つけてきたのだろう。そう思うと、私はジルにはこれから幸せになってもらわなければならないなと強く思うのだった。


 


 

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