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一話
しおりを挟む公爵家の一室にて、憤慨しているのは一人の見目麗しい令嬢であった。
名をフィオーナ・リビア。
公爵家令嬢にして王太子であるフィリップ殿下の婚約者であった彼女の元へと慌ただしい足音が近づいてきた。
「可愛いフィオーナ!一体何があったのだ!」
礼儀作法を無視して部屋へと飛び込んできたのはフィオーナの父であるゼダンであった。
顔を蒼白にして、いつもの威厳などどこかにおいてきてしまったゼダンはフィオーナの元へと駆け寄った。
「何があったではありませんわ!」
フィオーナは手に持っていた扇子を令嬢らしからぬ表情でぎりりと握りしめると言った。
「あのボンクラ殿下、事もあろうに、事もあろうに百年に一度捧げられる王宮で大切に育てられていた聖女に・・手を・・・手を出したのですわ!けがらわしい!」
その言葉を聞いた瞬間に、ゼダンの表情が見る見るうちに変わっていく。
「な・・なんだと。」
それもそのはずである。
聖女とは選ばれた魔王への百年に一度の生贄である。
百年に一度魔王に生贄をささげる事によって王家は栄えてきたのだ。
しかもだ。
生贄とは言っても、別に魔王に殺されるわけでも食べられるわけでもない。花嫁として迎えられ、一国の姫程度には大切にされると言われている。
さらに聖女は立候補制であり、立候補した者の中から選ばれ、そして本人への最終確認の後に聖女として決定される。
聖女として確定されてからは、生贄となるのであるから大切に育てられるし、豊かな暮らしと報奨金なども約束される。
貧乏貴族の令嬢達はこぞってこの聖女の枠に挑戦するほどだ。
「ええ。ええ!どちらから誘惑したのかは存じ上げませんが、私の目の前でさも自分達は運命の恋人同士であるかのように抱き合いながら言いましたのよ!『僕たちは契りを交わし愛し合った!』と。けがらわしいにも程がありますわ!結婚前の乙女を王太子殿下ともあろうものが・・・はぁ。もう嫌になってしまいます。」
ゼダンの表情はもはや鬼そのものである。
「我が可愛い娘をないがしろにするばかりか・・・聖女に手を出すとは・・・しかも聖女は殿下に無理やりというわけではないのだな?」
「もちろんでございます。彼女はこういいました。『私は自らの意思で殿下を受け入れたのです!』とね!」
「何と馬鹿な。聖女は、自らの純潔を失い、聖女不合格となった場合、賠償金が発生すると知っているであろうに!」
「ええ。そうですわ。馬鹿ですわよね。」
「ほうほう。それでもちろん証人はいるか?」
「もちろんですわ。なんたって、舞踏会の真っ最中に殿下は私と婚約破棄を宣言され、なおかつ聖女との愛を叫び、なおかつ、私を魔王の生贄に選んだのですからね!」
その言葉に次の瞬間、ゼダンの顔色が悪くなる。
「ちょっと待て・・・何故、我が可愛い娘が魔王の生贄になるのだ?我が家は困窮もしていなければ、娘を遠くの魔王の元へと嫁がせるなど、考えてもいないのだが・・・ちょっと待て、娘よ。まさか・・・お前。」
「ええ!腹が立ちましたし、もうこの国にて、あのボンクラ王太子殿下と淫乱聖女の姿を見るのも話を聞くのも嫌でしたから、お受けいたしましたわ!」
「待て!何故そうなる!我が家はお前を手放したくなどない!」
「いいえ。お父様。私ちゃんと舞踏会会場では猫をかぶって、それはそれは哀れに、それでも健気に王太子殿下を慕っていた令嬢として振る舞っておきましたから、婚約破棄による賠償金をせしめて私の花嫁支度金にあててくださいな!」
「お願いだ。落ち着いてくれ。魔王の元へ行くなど、ウソだと言っておくれ。」
「私決めましたの。もう覆りませんわ。」
頑固なフィオーナの性格をよく知る父ゼダンは、娘が遠くへ嫁ぐことの原因を作った王家へと憎しみの炎を轟々と燃やしていく。
「ふふふふ。分かった。我が娘よ。王家め・・・この怨み・・・はらさでなるまいか・・・。」
「絶対に幸せになってやりますわ!私、絶対に魔王様に愛され、愛し、幸せな家庭を築いて見せますわ!待っていて下さいませ!私の愛しの魔王様!」
ぞわりと、背中に悪寒が走った。
誰の背中とは、あえて言わないでおこう。
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