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第二十二話
しおりを挟む玉枝は祟り神の近くへと歩み寄ると、その様子を観察していく。
「失礼。手を触れてもよろしいでしょうか。」
『かまわん。』
玉枝はできるだけそっと祟り神に触れると、そこからじりじりと焼かれるような痛みを感じる。
体全身に穢れが広がり、じくじくと肌を焦がすように膿んでいっている。
玉枝は薬箱の中から薬草を取り出すと、それを煎じ、そして茶碗に移すと、焔に頼んで水を熱湯に変えてもらい注いでいく。
お茶のような匂いが部屋に広がり、それに控えていた四人も鼻を鳴らす。
「こちら、皆さんもどうぞ。体が温まりますよ。」
祟り神がすっと飲んだのを見て、四人も仕方がないとばかりに口へと含み飲んでいく。
体の中が温まるような、じんわりとした熱に祟り神は眉間にしわを寄せた。
『・・・何だこれは。』
「すぐに全てを癒せはしません。ですので、必要な物を順に飲んでいただきます。」
玉枝はそう言うと、今度は薬箱の上段部分から、干した木の実を数個と、瓶に入った薄紅色の液体を混ぜ合わせ、練り合わせていく。
見た目は梅干しのようなその外見とは裏腹に、部屋の中に今度は甘酸っぱいにおいが広がる。
「さぁ、今度はこちらを。」
玉枝は四人にも同じように差出し、そしてその様子をじっと見つめる。
祟り神は口に含んだ瞬間、眉間にしわを寄せた。
『甘いな・・・』
「ええ。」
玉枝は手際よく次々に薬箱の中から薬草や木の実、煎じてある薬などを取り出しそれを混ぜ合わせ、何度も何度もそれを祟り神へと進める。
そして、祟り神と四人の穢れた神らは、ふと気づく。
『なんだ・・・これは。』
祟り神から出ていた瘴気や穢れが薄れ、そして、じくじくと痛んでいた肌から痛みが消えている。
それに四人も驚く。
この感覚は何年振りか。
『まさか・・・』
玉枝はニコリとほほ笑むと、袖を振り、その場に頭を垂れた。
「少しずつではありますが、体の中の穢れを外へと輩出し、体の中で膿んでいた毒を解呪しております。ただ・・お願いがあるのです。」
『なんだ。』
「貴方様方の体の中にある穢れは相当に強くそれでいて厄介。故に、今ここですべてを癒してもすぐにまた元に戻る可能性があります。」
その言葉に四人は瞳を鋭くし、祟り神は当たり前の如く頷く。
「ですから、これよりしばらくの間、私にお世話をさせていただきたいのです。」
祟り神はその言葉に一瞬目を丸くすると、にやりと笑みを浮かべた。
『すぐには祓えないから時間をくれと?』
「私が未熟ゆえ。どうか、お願いいたします。」
四人は顔を見合わせ、祟り神へと視線を向ける。
彼らの心は祟り神次第。故に、祟り神の動向を探る。
祟り神は視線を鈴へとずらすと言った。
『いいだろう。その代り、この都の全ての者らの記憶を消す。よいか。』
玉枝はその言葉に一瞬考えると鈴へと視線だけ向けて頷いた。
「私は人の世についてはかかわりあいにはなりませんので。」
鈴が息の飲む音が聞こえた。
玉枝は言葉を続ける。
「ですが一つ。貴方様を傷つけた者達と、鈴のような者達はどうなさるので?」
『憎しみが私の中でくすぶる。だからこそ、消そうと思う。』
「っひ・・・」
その場に鈴はしりもちをつき、顔を青ざめさせた。
けれども、人がそもそも神の領分へと足を踏み入れたのが今回の事の発端なのだろう。ならば、神の采配も仕方がないというもの。
「わかりました。では、場所を移しても構いませんか?ここにいては人に目立ちすぎる。」
『よい。』
鈴の顔は真っ青に変わり、恐ろしい物を見る瞳で玉枝を見ていた。
玉枝は仮面の下で苦笑を浮かべ、鈴の近くへと歩み寄るとその頭をポンと撫でた。
「定めだ。仕方がない。」
鈴に絶望が訪れると共に、一瞬で体の力が抜け、そして視界が暗転した。
畳の上に横たわる鈴を見つめていると、鈴の体の中から祟り神は何かを引き抜く。その瞬間に鈴の髪色は艶やかな黒色へと変わり、その肌には生気が宿る。
人形のようだった先ほどまでの幼子の姿はもうない。
『すべての記憶を消した。その子も、もはやただの人の子だ。』
玉枝は苦笑を浮かべた。
神々は恐ろしい。けれども、慈しみ深い存在でもあるのだ。
「よろしいのですか?」
『あぁ。お前の出す薬が思いのほか苦くなく上手いからな。』
玉枝は苦笑を浮かべたまま鈴の頭をもう一度優しく撫でると言った。
「さようなら。」
目をさました鈴は、草原の上にいた。
他にもたくさんの人が草原の上に倒れている。だが、皆が不思議そうに首を傾げる。
建物は消え、都も消えた。そして人の記憶の中から何かが消えた。
家族、名前、物の使い方などは覚えている。
けれども、それ以外は思い出せない。
ただ広がるのは緑の青い草原と、心地良い風の匂い。
空を見上げた鈴は、何故だかわからないが、頬に涙が伝うのを感じた。
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