妖怪の親方様に捧げられた生贄姫は生き生きと館を闊歩する

かのん

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 光葉は柔らかな布団の上でごろりと寝返りを打つと、大きく背伸びをしてから勢いよく飛び上がった。

 部屋を見回せば美しく整えられた生贄姫の部屋には、姿見や漆塗りの小物入れなど細部にわたるまで良い品々が揃えられていた。

 大きく息を吸えば、藺草の良い香りがした。おそらく畳も新しい物に張り替えてくれたのであろう。

 何から何まで生贄姫の為にと整えられており、光葉は笑みをこぼすと、姿見の前で櫛を通していく。すると、小さな童達がわらわらと部屋に入ってきて、光葉の支度を手伝い始めた。

「あらあらおはよう。手伝ってくれるの?」

「はい。親方様より命じ使っております。」

「ありがとう。ふふ。可愛いわねぇ。」

「お嫁様。我らは妖怪ですぞ。可愛いとはいささかおかしい。」

「そうかしら?でも、可愛いわ。」

 ちまちまと髪を駆使で通してくれたり、桶に湯を運んできてくれたりと、一生懸命に仕事をする童達は人の世では目にすることのない者達であった。

「お嫁様!今日はこちらの衣装にいたしましょう。」

 そう言ってふわりと部屋に入ってきたのは、絹の妖怪であり、光葉に毎日それはそれは美しい衣装を着せようと飛んでくる。

「今日も素敵な衣装ねぇ。私なんかが着てもいいの?」

「何をおっしゃることやら。お嫁様は親方様の大切なお方。もちろんでございます。」

 基本的に女の妖怪達は光葉の事を快く思っているようであり、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。だが、それに相反して男の妖怪達は光葉の事を毛嫌いしていた。

 いつものように光葉が親方様と朝食を取ろうと立ち上がると、部屋の前にはひざ丈ほどの河童が偉そうな着物を着て仁王立ちをしていた。

「おい。人間の娘。はよう出て行け!」

 毎日のように律儀に部屋の前で待つ河童に光葉は笑みを向けると、頭の皿にコップ一杯分の水を注いでやる。

「はぁ~生き返るぅ~。ではないわい!馬鹿にするでないぞ!っくっそぉ。」

 光葉はくすくすと笑いながら歩き去っていく河童を見送ると、長い廊下を、歩いていく。

 戸を開けると、御簾の前に親方様がどすりと座っており、光葉を見ると大きくため息をついた。

「お前は本当に度胸の据わっている女子だな。」

「親方様おはようございます。今日も良い朝でございますね?」

「あぁ。そうだな。ここに来て数日が経つが、変わりはないか?嫌であればすぐに人の世へと戻すが。」

「ふふふ。いたって幸せにございます。強いて困り事を言うならば、昨夜も親方様が私の寝所へは来ては下さらなかったことでございましょうか?」 

 そう言うと、親方様は視線を泳がせたのちに咳をし、話題を反らした。

 その様子に光葉は笑みを堪えると、親方様の話に耳を傾ける。

 屋敷の戸はいつも開き、空気を入れ替えていく。

 太陽の光が屋敷を温かく照らし、庭では金色の人面魚が気持ちよさ気に泳いでいた。

 見る人が見れば、囚われる籠が変わっただけではないかと光葉の事を言うかもしれない。

 だが、村の中の籠とここでは大差があると光葉は思う。

 ここでは自分の意見を言える。

 ここでは自分を押し殺さなくても良い。

 ここでは、好きな時に外に出て太陽の光をいっぱいにあび、野を駆けまわることも出来る。

 光葉は、毎日のように親方様の言う「すぐに人の世へと返してやるぞ」という言葉の方が恐ろしかった。

 籠は籠でも、こちらの籠は有り余るほどの自由と、幸福がある。

 人の世よりもこちらの世の方がどれほど幸せであろうか。

「親方様、末永くよろしくお願いしますと申しましたでしょう?私を人の世へと返そうとするのはおやめくださいましね。」

 にこやかに光葉がそう言うと、親方様は困ったように微笑みを浮かべるのであった。

 それが光葉にとっては甘く、優しいほほえみであり、胸がいっぱいになる。

 屋敷にいるのは妖怪ばかり。

 光葉はそんな妖怪の屋敷がとても好ましく思うようになっていた。






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