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 美しく桜の咲き誇る城の瓦屋根には、巨大な鯱が都を見守るようにして乗せられている。

 そんな鯱の上に背持たれて、漆塗りの椀に溢れんばかりに注がれた日本酒にちびりと口をつけたのは一人の男。

 闇の中でも生える金色の着物は風になびき、男はその風を受けて気持ちが良さそうににやりと笑う。

「いい風じゃのぉ。」

 そんな闇の中、チラリと桜の花びらに紛れて雪が舞った。

「あぁ。いい夜じゃのに、興醒めじゃ。」

「きゃっ!!!」

 男の手の甲に刻み込まれた紋様が燃えるように赤く光ると、宙に向けた瞬間、気配を消し、偵察のために隠れていた雪女を意図も容易く暴き出す。

 雪女は何かに縛られているように宙に浮いたまま動きを封じられている。

 突然の事に驚きの隠せない雪女の表情を見て、男の片方の瞳が黒く輝くと、口が三日月を描く。

 片目に眼帯をつけた男は、片方の切れ長の瞳で雪女をじっと見つめると言った。

「夜叉の所の鼠かの。」

 低い色気のあるその声に、雪女はぞわりと悪寒を感じ、顔をひきつらせる。

「くっ・・・この、力は何だ!お前はただの人間ではないのか!?」

「ふっ。鼠が五月蝿いのぉ。」

「なっ!?・・きゃぁぁぁ!」

 男の手が、ぎゅっと握られると同時に雪女の体も何かに握られたように締め上げられる。

 ぐったりとした様子の雪女を楽しそうに男は見ると言った。

「あまり小賢しい真似はするなと夜叉に伝えぇ。人間様がいつまでも妖怪ごときに遅れをとると思うなよ。」

 男はそう言うと、手を広げた。

 すると、雪女を縛り付けていた何かが消え失せ、雪女は瓦屋根の上へと倒れ込んだ。

 咳を繰り返し、苦しそうな様子を見ながら男は赤く燃えるような月を背景に、声をあげた。

「ワシの名は、藤原 廣光。この国を手中に納めている男じゃ。夜叉に伝えぇ。お前に掛けた呪は一級品じゃ。もし解いてほしければ全面降伏せぇとな!」

 雪女は苦々しげな表情を浮かべると、雪吹雪を巻き起こし、姿を消した。

 廣光はその様子を見て小さく笑みを漏らすと、その場にどすりと座り、片手に持っていた酒を一気に飲み干した。

 桜が美しく舞い上がり、廣光は月をあおぎまた、笑みを浮かべた。


 


 
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