妖怪の親方様に捧げられた生贄姫は生き生きと館を闊歩する

かのん

文字の大きさ
9 / 23

きゅう

しおりを挟む

 光葉は夜叉の頭を膝の上へと乗せると、丁寧に、優しく、ゆっくりと耳かきを始めた。

 夜叉はと言えば、光葉の膝をつぶしてしまわないようにと体を寝転がりながらもこわばらせ、少しばかり上半身を浮かしている。

 二人が耳かきをしているのは、庭に面した縁側であり、生垣の合間から童やら河童やらがその光景を物珍しそうに覗き込んでいた。

「いやいや。親方様は器用ですねぇ。でも確かに親方様の頭の重みでお嫁様の膝はつぶれてしまいそうだものなぁ。」

「それにしても何と微笑ましいんでしょうねぇ。お嫁様が来てくれて本当に良かった。」

「親方様もお嫁様に耳かきをしてもらうなんて、何て幸せ者なのだろう。わしもしてもらいたいものじゃなぁ。」

 そんな会話はもちろん光葉にも夜叉にも聞こえてはいるが、自分の事を話されている会話に何と言えばいいのかも分からず、恥ずかしさから聞こえぬふりをするしかなかった。

 光葉は、耳かきをしながら話題をそらそうと口を開いた。

「その、私は耳かきを人にするのは初めてですから、痛かったらすぐに言ってくださいね。」

「あぁ。」

 そこで会話は途切れてしまい、光葉はどうしようかと少し考えると、また口を開いた。

「あ、夜叉様。その呪についての書物についてなのですが。」

「何だ?」

「その、実は私、少しばかりしか読み書きができませんの。私の村には、読み書きを出来るものが居なかったので…なので、全て読むのに時間がかかりそうなのですが、長らくお借りしても大丈夫でしょうか?」

 その問いに夜叉は少し考えると言った。

「借りるのは良い。だが光葉。お前一人では難しいのではないか?」

 夜叉の言葉に、光葉は耳かきをする手を止めると、小さく頷いた。

「はい。そう…ですね。」

 けれど光葉にはそうはいったものの、自分ではどうすることも出来ない事にうつむいた。

「そうだろう。俺も読み書きは苦手だったが、良い師と巡り合えてどうにか覚えられた。お前にも師となる者をつけよう。」

「え?」

「嫌か?」

「い、嫌ではありません!でも・・・私ごときによろしいのでしょうか?」

「構わん。光葉が読み書きできるようになりたいならば、そうできるように手助けするのが夫の務めだろう。」

 光葉はその言葉に頬を赤らめると、耳かきを置き、そっと身をかがめると夜叉のこめかみに唇を当て、花が開くように可愛らしい笑みを見せた。

「夜叉様は、私が諦めてしまっていたものを、意図も容易く下さいます。私はこんなに幸せで良いのでしょうか?これでは、どんどんと欲深くなってしまいます。」

 夜叉は目を丸くして光葉を見上げると、そっと光葉の頬に指を添わせ、そして言った。

「お前の欲など可愛らしいものだ。それに俺は自分の嫁の願いくらいは、叶えてやれる男でいたい。」

 その言葉に生垣から黄色い歓声があがり、夜叉は飛び起きるとそれを一喝した。

「お前ら趣味が悪いぞ!下がれ!」

 妖怪達はちりじりになって飛んで逃げて行き、それを光葉はくすくすと笑って見送り、夜叉は大きくため息をついた。

 その後光葉は自室へと下がり、夜叉はお茶を飲みながら、先ほど光葉の触れたこめかみに指を当て、そしてふと違和感に気が付き鏡の前へと行くと、服を脱ぎ捨て目を丸くした。

 光葉が唇を落としたこめかみより下、肩から腕にかけて広がっていた呪が消えうせていた。

「これ・・・は。」

 全てが消えたわけではない。

 一部分ではあるが、これが光葉の力ではないと夜叉は考えられなかった。

 呪を消す力。

 夜叉は眉間にしわを寄せると、烏天狗を呼び出し、そして光葉の素性を探るのであった。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...