妖怪の親方様に捧げられた生贄姫は生き生きと館を闊歩する

かのん

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はち

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 光葉には取りあえずは部屋に帰り、呪について学ぶように伝えると、夜叉は部屋の中で大きくため息をついた。

 傍に控えていた烏天狗は、そんな夜叉の目の前へと膝をつくと言った。

「親方様。お嫁様がもし本当に呪を落とせるのであれば、親方様のその呪も落ちるのでは!?」

 夜叉はちらりと烏天狗を見ると、首を横に振った。

「烏天狗。お前も知っているだろう。この呪はただの呪ではない。」

「で、ですが。」

「もしこれに触れて、光葉に何かあっては、俺は自分が許せなくなる。」

 烏天狗はその言葉に眉間にしわを寄せると頷き、他の妖怪達に先ほどの騒ぎについて話を聞いてくると部屋を後にした。

 夜叉はしょぼんと気を落とした様子の烏天狗に、苦笑を浮かべながら重々しい外出用の服を脱ぎ捨てた。

 逞しく鍛え上げられた夜叉のその体には、まるで根が体中に這うような、そんな呪が体全体に広がっていた。

 特に大きな背に伸びる呪の中央は、まるで花の蕾のような形をしている。

「人間とは恐ろしいものだ。」

 そう夜叉は呟き、同じ人間でも光葉のようなものは中々いないと笑みを浮かべる。

 清らかな花のような光葉。

 今日の様子を見ても、妖怪らとまるで親しい友人か何かのように接し、笑みを交わしあう。

 そんな人間が、今までいただろうか。

 夜叉は部屋である薄手の着物に袖を通すと、一人で着替えを済ませた。

 そこへとひゅるりと冷たい風が吹いてきたかと思えば、部屋の中に氷の瞳を持った、透明色に輝く女が佇んでいる。

「雪女。どうした。」

 夜叉の言葉に雪女は顔を上げると、嬉しそうにけらけらと笑い声を上げて言った。

「怪しい動きが始まりましたぞ親方様。」

「怪しい動きだと?」

 雪女が空中に手をさし伸ばし、振袖を振ると、キラキラと雪が舞い、宝石のようにちりばめられる。

 それが形どった者は人の住まう国の地図。

「ふふふ。人が妖怪に対抗しようなどと、愚かな事ですねぇ。ですがね…親方様。どうやらそこに、親方様に呪を掛けた者がいるようなのです。」

 夜叉を前に雪女は雪を消すと頭を垂れた。

「ご命令を。」

「今はしばし待て。監視は続けろ。」

 その言葉に雪女は目を細める。

「御意。」

 雪と共に姿は消え、夜叉は面倒なことになってきたとため息をついた。

 その時であった。

 バタバタとした足音が聞こえてきたかと思うと、瞳をきらきらと輝かせた光葉が部屋へと駆けこんできたのである。

「夜叉様!」

 笑顔で自分の所へと駆けてくる光葉はまるでひらひらとした蝶々のようで、夜叉はそれを可愛らしいと思い思わず笑みをこぼしてしまう。

 だが、次の光葉の言葉を聞いた瞬間、光葉の後ろにいた烏天狗を睨みつける。

「私でお役に立てる事であれば、ぜひ!やらせてくださいませ!」

 可愛らしいその期待に満ちた表情に、夜叉は視線を戻すとその頭をポンと撫でた。

「では光葉。耳かきでもしてくれるか?」

「へ?」

 思ってもみなかったその言葉に、光葉はきょとんと眼を丸くしたのであった。

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