妖怪の親方様に捧げられた生贄姫は生き生きと館を闊歩する

かのん

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なな

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 親方である夜叉は屋敷に帰った時、庭の方が騒がしい事に気が付き、烏天狗と共にそちらの方へと歩いて行った。

 気配からして数百の妖怪が集まっているのを感じるが、今日は屋敷で何か特別な事が行われる予定はなかったはずである。

 一体何のために集まっているのかと覗いてみれば、その騒ぎの中心にいるのは自分の嫁である光葉であった。

 光葉は黄色の着物にたすき掛けを行い、湯気の立ったお湯に布を浸すと、ずらりと並んでいる妖怪達の体を洗っている様子である。

 その様子に夜叉は首を傾げていたのだが、からかさ小僧の傘の呪を光葉がぬぐった瞬間、一瞬で消えた様子に目を丸くすると、騒ぎの中心である光葉の元へと急いで寄った。

「光葉、これは、どうなっている?」

「あ…や、夜叉様。えっと、これ、ですか?」

 夜叉の名前をまだ呼びなれない光葉は顔をほのかに赤らめながらそう言うと、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「妖怪達の体を洗っているんです。皆、自分では手が届かないところがあるようで。私、少しでも役に立ててうれしいです。」

 その言葉に夜叉はきょとんとすると、烏天狗を振り向いて視線を合わせ、お互いに首を傾げるともう一度光葉へと向き直った。

「光葉…それは、汚れではないのだが。」

「え?…では…もしや、カビですか?」

「え?…いや。違う。」

 妖怪の常識を知らない光葉に何と言って説明すればいいのかと夜叉は思い、取りあえず小さく息をつくと、まだ並んでいる妖怪達に声をかけた。

「本日はこれにて解散せよ。今回の件については他言無用。よいな!」

 妖怪達は頭を下げ、あっという間にその場から居なくなってしまう。

 その様子に光葉は残念そうに顔を歪ませるとたすき掛けを取った。

 童達がたらいとお湯を片付け、光葉は夜叉について来いと言われ、その後をすごすごと付いて行った。

 やっと自分にも役に立てる仕事が出来たと思ったのに、夜叉の困ったようなその表情に、自分は何か失敗をしたのだと光葉はこっそりとため息をついた。

 このままではいつか自分は夜叉に呆れられて捨てられてしまうのではないかと、光葉は手をぎゅっと握った。

 部屋についた夜叉は光葉に座るように伝え、その正面に夜叉も座って互いに向かい合う形となった。

 落ち込んだ様子の光葉に、どう説明すればいいのかと思い悩んでいると、烏天狗が夜叉と光葉に茶を入れて差し出すと口を開いた。

「お嫁様。何があったのかを親方様にご説明してはどうですか?」

 光葉は烏天狗のその言葉に、ちらりと夜叉を見つめ、そして口を開くと事の次第を説明した。

 白龍の体に黒のまだらを見つけた事。洗うとすぐに落ちた事。すると他の妖怪達も体を洗ってほしいと願われた事。

 役に立てると思って張り切った事。

 光葉の言葉が最後は小さくなっていくのを聞いて、夜叉はため息をつくと光葉の頭を、その大きな手で優しく撫でた。

「怒っているわけではない。」

「え?」

 夜叉は烏天狗に一冊の本を持ってくるように命じ、それを受け取ると、光葉へと手渡した。

「光葉。その本には、呪について書かれている。」

「呪?ですか?」

「あぁ。光葉が先ほど簡単に洗い流していたのはな、呪と言って、そう簡単に落ちるような汚れではないのだ。妖怪はな、無茶をする生き物だからこそ、呪を持つものが多い。いや、持っていない妖怪の方が少ないと言うか。とにかくな、普通洗った程度では落ちないモノなのだ。」

「え?…そう、なのですか?」

「あぁ、だが、何故一体光葉が洗って落ちたのか。どういう事なのか。」
 
 夜叉は頭を抱えると、光葉を見てそして天命を思い出す。

『人間の嫁を迎え入れよ。その者がお前の光となろう。』

 光葉とは一体どういった存在なのか、夜叉は眉間にしわを寄せるのであった。
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