妖怪の親方様に捧げられた生贄姫は生き生きと館を闊歩する

かのん

文字の大きさ
12 / 23

十に

しおりを挟む
 光葉は布団に寝かせられた雪女の着物を、童らと共に脱がした。

 その瞬間、まるで蛇のような黒い物がうねりを上げて宙へと舞い、そしてこちらを威嚇するようにして睨みつけると、雪女の体へと入り込んで動かなくなり、陶器のように白い雪女の肌に黒々とした呪が巻き付いた。

 光葉はその様子を見て息を呑んだ。

 昼間に妖怪達の呪というものを洗い流していったから、光葉には自分にならば簡単に出来るのではないかという楽観的な考えがあった。

 だが、この現実を見て、その楽観的な考えのままでいられるほど、光葉はバカではない。

 夜叉は正しい。

 光葉の力が一体何なのかも分からない状態で使うべきではないのだ。

 光葉自身も、その力を知ったのはつい先ほどであるし、それに何より呪というもの事態が何なのか、それすらもよくは分かっていない。

 そんな状態で自分の力を使い誰かを救う事が出来るかもしれないなんて、甘い考えだ。

 けれど。

 光葉は苦しみ、痛みに苦悶の表情を浮かべる雪女を見て心を決める。

 迷っている場合ではないのだ。

 出来る出来ないの問題ではない。

 自分にもし出来るという可能性があるならば、やらなければならない。

 光葉は襷を掛けると、自身の両方の頬を叩き、気合を入れるとお湯に布をつけ、よく絞る。

 それから童達には雪女の両手両足をしっかりとつかんでいてもらい、ゆっくりとその黒い蛇のような呪を布で拭き始めた。

「ひゃぁぁっぁ!」

 妖力が暴走しているのか雪女の体を押さえつけていた童達の両手が凍り、部屋の中が吹雪のように荒れ狂う。

 そればかりではなく、雪女の肌にまとわりつく呪が光葉の手から逃げ回るようにして移動をはじめ、光葉は呪を布で追って拭こうとする。

 だが、雪女の力によって布は凍りつき、温かだったはずのたらいに入ったお湯にも氷が張っている。

「誰か、火を扱う妖怪はいない?!」

 光葉の声に反応するように、部屋の中に火が灯ると、狐の妖怪達が狐火によって部屋を暖め、凍った水を溶かした。

 光葉はもう一度布を狐たちが温めなおしたたらいのお湯につけ、そして雪女に声をかけた。

「今、呪を洗い流します。だから、頑張って。」

 そう言った瞬間、雪女がわずかに頷くように動いた。

 光葉は雪女の肌を逃げ回る呪に布を押し付けると、肌を傷つけないように丁寧に拭いていく。

「お願い。消えて。」

 黒い蛇のような呪はどんどんと小さくなり始め、その逃げ惑う姿を光葉は追って布を動かす。

 そして、ミミズほどに小さくなった呪に布を押し付けると両目を閉じて祈った。

「消えて。雪女さんから、居なくなって!」

 光葉の声に反応してか、呪のあった場所から黒々とした煙が巻き上がった。

 光葉は宙に漂うそれを驚いたようにじっと見つめると、黒い煙の中からこちらを覗き込む眼が見えて息を飲んだ。

 人だと、光葉は思った。

 黒い闇を映す人の眼が、光葉をじっと見つめていた。

「や、夜叉様!」

 思わず光葉が恐怖からそう叫ぶと、夜叉は戸を開けて部屋へと入り、黒い煙を瞳にとらえると腰に差していた刀を引き抜き、その黒い煙を切った。

『光・・・・。』

 そう、聞こえた。

 光葉は一体何が起こったのか分からず震えた。だが、その瞳が消える瞬間まで目を放す事が出来なかった。

 

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...