お馬鹿な主人公は、お馬鹿なりに頑張る。

かのん

文字の大きさ
2 / 31

第二話 奴隷の少年

しおりを挟む
 大きく深呼吸してから、私は細く汚い路地をローブを頭からすっぽりとかぶって歩いていく。

 はたから見れば、怪しさこの上ないが、この国にはそうした服装は普通であり、路地裏に入ればほとんどの者達が顔を隠している。

 この国は今かなり荒れており、気を抜けば子どもは攫われるし、襲われて物を取られることもしばしばである。

 私は物語では赤子の頃に国が帝国によって滅ぼされ、紆余曲折あってこの帝国の孤児院に引き取られてそこで十二歳までは平和に暮らせるはずであるが、ここで私はいくつかの事が気になっている。

 今現在の私の年齢は十。

 物語の中では孤児院は大切に私の事を育ててくれていたが、ハッキリ言おう。環境は最悪である。

 朝ごはんは出てもパン一つ。昼と夜にはごみクズみたいな野菜が入ったまずいスープが付く。

 なので私は幼い頃からお小遣い稼ぎに町まで来ては、朝から晩まで働いている。

 煙突掃除に靴磨き、荷物の配達に買い物の手伝い。出来ることは何でもやるし、大抵は女の格好をすると嫌がられるので、すすまみれの男の子みたいな恰好で走り回っている。

 おかしい。物語では、心優しい主人公が弟や妹たちの世話をしながら孤児院のシスターらと共に暮らしていたはずなのに、私は小汚い恰好で路地裏を歩いている。

 おそらくは、私が馬鹿なせいだと思う。

 いや、おそらくはというよりも、絶対に。

 物語の中で主人公は教会の運営の仕方などをシスターらと話し合いながら頑張って立て直していた。

 だが、はい。

 主人公が私なものですから、馬鹿なので運営の仕方など幼い頃からシスターと話し合っている事もなく、その為環境は劣悪な物へとなっております。

 ごめんな、みんな。

 私が馬鹿なばっかりに。

 本当ならばみんなアハハ、ウフフな感じで楽しく孤児院生活をエンジョイできていたはずなのに、私という主人公が機能しないばっかりに、本当に申し訳ない。

 けどな、言わせてよ。

 ちっちゃな頃から孤児院の運営が出来る主人公すごすぎでしょう。シスターも何故子どもの戯言を信じて一緒に話し合えるのか。

 いや、物語としては主人公がチートな方がいいですよね。

 良いなぁ。チート。

 憧れますよ。本当に、なんで私馬鹿なんだろう。

 そう思うとかなりがっくりとしてくる。

 何で私が物語の主人公なんかになったんだ。私はただの馬鹿なのに。私があの主人公のように頭がよくて、素敵な女の子ならこうはならなかっただろう。

 自分の両方の手を見てため息が出る。

 到底お姫様の手ではない。

 あかぎればかりで、土や灰で薄汚れているし、匂いを嗅げば灰の匂いがする。

 それでも、それでも馬鹿でも生きるために頑張って行かなければいけない。

 物語を思い出してから数日間が立ち、私は物語を一生懸命に覚えている限りを書いていった。そして、思ったのだ。

 私はこの主人公のように表だって動いていくのは無理だ。

 だから、出来るだけ、陰ながら、物語を手助けしていこうと思った。

 目立たないようにして最終的には亡国の姫君なんてことはばれないようにして、平民として生きようと心に決めた。

 だって、亡国の姫君?(笑)って、鼻で笑われたくない。恥ずかしい。

 馬鹿な私にそれが可能なのかは分からない。けれど、このまま私が動かないままだとおそらくはこの国はどんどんと悪化していくばかりである。

 人は簡単に死ぬ。

 それはこの国に生きていれば分かる。

 だから、私は自分が生き残るために、他の人が少しでも死ぬのが減るように一生懸命に生きよう。

 その為に私がまずできる事は。

 ガチャリと手錠の鎖がぶつかり合う音が聞こえた。

 視線を移すと、そこには檻の中に入れられた人々の姿と、それをしげしげと見つめてはにやにやと下世話な笑みを浮かべる男達。中には女もいるがその装いから見て金を持っている人たちである。

 この帝国は今病んでいる。

 貧富の差はどんどんと開いていき、人を売り買いするのも日常と化している。

 物陰から見つめるその先には、一人の薄汚れた少年が見える。

 彼こそがこの国を主人公と共に救う者である。

 彼はこの帝国の本来であれば正統なる王位継承者である。だが、陰謀によりその身は死んだことにされ、生きながらえる事は出来たものの奴隷の身に落とされるのである。

 物語の初め、エルマティア帝国の建国記念日の今日、町で主人公は彼とすれ違う。

 そう。ただ、運命の分かれ目のようにすれ違うだけ。

 彼はそれから二年間を奴隷としてすごし、憎しみを携え、そして十二歳の時に反逆の旗を掲げるのだ。

 私は思った。

 物語の中であれば、たった数ページだ。だが、今生きている私にとっての二年後は、本当に生きていられるかもわからない先。

 彼が、本当に生きていられるのかも、現実となった今では分からない。

 だから、私は馬鹿なりに考えた。

 よし、彼を逃がそう。

 私は馬鹿だから、自分の手で彼を逃がしてその後彼が成長するのを見守るのとかは出来ない。だから、朝のうちに調べてある。

 彼を逃がして、託せる人に押し付けよう。

 私は暗くなるのを路地裏でゴミのふりをしながらひたすらに待った。




しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...