お馬鹿な主人公は、お馬鹿なりに頑張る。

かのん

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第五話 闇夜の逃亡劇

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 暗い中を、恐ろしく屈強な男達が走り回っていた。

 その息は荒く、服の間から見える筋骨隆々とした筋肉からはきらめく汗が滴っている。闇夜に店を構える者達はその騒動に一体何があったのかと店の窓から顔を覗かせた。

「なんだ、騒がしいな。」

「しっ!関わるもんじゃないよ。」

「見てみろ、あんな奴らに関われば、ただじゃすまないぞ。」

 その筋骨隆々の男達が幾人も路地を必死に走って行く姿を見れば、関われば良いことにはならないだろうとすぐに顔を引っ込めていくのであった。

 先程一軒の奴隷屋から奴隷達が逃げたというから、それが関わっているのだろうとお門違いなことを皆が思っていた。

「はぁはぁはぁ。何で追いかけてくるの。」

 路地の陰に隠れながら呼吸を整えていると、男達の足音が響いて聞こえてくる。

 見つからないように即座に近くにあったゴミ箱の中へと身を刷り込ませてふたをかぶる。

「どこだ!」

「こっちにはいないぞ!」

「あっちはどうだ?」

「ていうか、俺達は誰を探しているんだ?」

「分からん!だが、ガデオン様の命令だ。」

「それにしてもすばしっこいな!何て足の速さだ!」

「薄汚れた子どもだったが、隠れるのがうますぎだろう!」

 ふふふ。そりゃあそうだ。

 ここは私にとっても庭のような所。

 隠れられる場所も、逃げる道にも抜かりはない。

 ここで捕まるわけには行かないのである。

 後二年後に大きな分岐点が訪れるが、それまでの間にしなければならない事が山ほどあるのだ。

 私は馬鹿だから忘れないうちに早くしなければならない。

 そう思い、足を進めて屋根へと登り、その上を軽やかに飛び越えて移動していると、通りを挟んだ向かい側の屋根に立つガデオンが声をあげた。

「逃げないで下さい!俺は貴方に話かあるのです!」

 その言葉に驚き慌てて逃げるが、ガデオンはその重そうな体に似合わず俊敏であり、見失う事無くついてくるのである。

 必死に振りきろうとしても、ひょっこりと建物から顔を出しては追い詰めるように声をかけてくるから心臓がバクバクとうるさくなり始めた。

 その行動に、一体なんだろうかと思うが、ここで時間稼ぎをされて捕まるわけにはいかない。

 すると、ガデオンが小さな声で呟いた。

「姫様、、、貴方を十年間探し続けていたのです。」

 よくよく見てみればガデオンの瞳には涙が浮かんでいる。

 え?

 まさかの自分がお姫様だとバレているのかと気づき冷や汗が出る。

 ごめん。

 ガデオン。

 貴方が求めるような私お姫様じゃないんだ。

 けど、本当の事を言ってがっかりさせるのは十年間を無駄にさせたような気がするしなぁ。

 よし、なら、物語のお姫様のように今だけ演じてみるか。

 馬鹿だけど、こういう悪知恵とか演技とかであれば比較的得意である。

 主人公らしくはないと思うが、悪戯とかも大好きだ。

 さあ、主人公らしく気合を入れてゆっくりと息を吸ってから、まるで小さくため息をつくようにして吐く。

 それから一度ガデオンと視線を合わせて、ゆっくりと悲しげに目を伏せる。

「ガデオン。私は、貴方と共に行くわけにはいきません。私にはやるべき事があるのです。」

「なんと、姫様!何故です!何故俺を共にいかせてはいただけないのです!」

 あぁ、やっぱり誰なのかはばれているのだなと感じながらも、ゆっくりと真っ直ぐに視線を合わせて言った。

「貴方には、いずれこの帝国を覆す王子を育ててほしいのです。未来の為に。お願いします。」

 頭を下げると、ガデオンはあわてて言った。

「顔を上げてください!、、、姫様、、、。」

「未来の為です。頼みましたよ。」

 本当は貴方と一緒にいたいのよ。でも、未来のために仕方なくなのよと言う雰囲気を醸し出してから立ち去る。

 よし、では、さらば!

 建物から飛びおりて勢いよくそのまま路地を抜けて森を突っ切っていく。

 ガデオンは忠義に厚いキャラクターだからきっとリディック王子を逞しい王子に育ててくれることだろう。

 生まれたての子鹿のようにプルプルとしていたけれど、きっと心強く頑張るはずである。

 自分で王子として生きる道を選んだのだから、気合を入れて自分で頑張るであろう。

 明かりすらない森のはずなのに、まるで道しるべのように明かりが浮かぶ。

 よし!

 次に向かう場所は、今、帝国に攻められている国であるエジャンドア王国だ。

 この国を帝国が取るかどうかによって今後の戦局が変わっていく。

 目指せエジェンドア王国!

 馬鹿は馬鹿なりに全力で頑張ってやる!!


 こうして、エターニア王国の姫君ユグトラシルは森の中を全速力で駆け抜けたのであった。


「姫様、分かりました。このガデオン、しっかりとあの小僧を鍛え上げ、貴方の横に立つにふさわしい人物へと育てて見せましょう。」

 決して、そうしてほしいと言ったわけではない。

 けれどガデオンはそうなる事を姫は望んでいるのだと勝手に脳内変換すると心に誓った。

 必ず、立派に育ててみせる。

 そんな誓いなどされているとはつゆほどにも思っていないユグドラシルなのであった。




 
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