【完結】もう貴方とは離縁させていただきます！

十五話 恐怖に負けないのは、貴方がいるから。

　ラナが瞼を開けると、自分が薄暗い部屋の中に倒れている事に気が付いた。

「うっ・・・」

　久しぶりの痛みに顔を歪めながらどうにか体を起き上がらせる。

　そうすると、ぞっとするような、あの声が響いて聞こえた。

「起きたか？」

　顔を上げると、そこには一人の薄汚れた男が居た。ぼさぼさになった髪に、顎に生えた無精ひげ。だが、それでも瞳を見ればそれが誰だかは一目瞭然だった。

「・・・貴方・・・」

　リックがそこにいた。

　ラナは恐怖のあまり身がすくみそうになりながらも、必死にそれを堪え、リックを睨みつけた。

「どういうつもり？」

　ラナの言葉に、リックは笑い声を上げると、優しくラナの髪の毛を撫でた。

「久しぶりに会った夫に、その言い方はないだろう？」

　突然の言葉と髪に触れられたことに、ラナの頭の中はパニック寸前であった。

　すでにリックとラナの離婚は成立しており、夫ではない。それなのに、リックは差も当たり前のようにそう言うと、ぐっとラナの髪の毛を引っ張った。

「あぁ・・本当に憎たらしいなぁ。」

「いった・・・」

　一体何がしたいのだと、ラナは心が折れないように、恐怖に負けないように、リックを睨みつけた。

「離して。そして私を家へと帰して。」

「何だと？・・・はぁ。お前は口答えをしていいと思っているのか？ふふふ。でもまぁいい。ミリアーナ。ほら、憎いラナが来たよ。」

「え？」

　ラナはその時になってやっとそこは小さな小屋のような家であり、鉄格子のはめられた異質な空間であることに気が付いた。

　そして、鉄格子の中を見た瞬間に息を飲んだ。

　鉄格子の中には女性がいた。それはミリアーナであり、痣だらけで、憔悴しきった様子ではあり、部屋の隅にいって座り込んでいる。

　だがその瞳は仄暗く、ラナをじっと睨みつけていた。

「ど・・・どうして・・・」

　ラナはあれほどまでに愛していたミリアーナを何故傷つけたのかとリックに驚いていたが、ミリアーナの言葉に体が震えた。

「あんたのせいよ。あんたが私達の愛を奪った・・・私の優しいリックを奪った・・全部、全部あんたのせいよ。あんたを殺せばリックは元に戻るの・・・あんたを殺せば、元の生活に戻れるの。あんたを殺せば・・・」

　恐らくずっとリックにそう言われ、なじられ、痛めつけられながら洗脳されたのだろう。

　すでにその瞳はきょろきょろと視線をさまよわせ、瞳からは涙を流している。呟かれ続ける言葉に、ラナは唇を噛むとリックを睨みつけた。

「愛した人に！何故こんな仕打ちを！？」

「ん？・・俺を裏切るからさ。俺より他の男を選ぼうとしたから。俺より金をとろうとしたから。だから、躾けてやったんだ。そしてこの躾けは、お前を殺すことで完成する。」

「は？」

　リックはにやりと笑うと、鉄格子の扉を開き、ラナをその中へと引きずりいれた。

「ほら、ミリアーナ。その女を殺せ。そうすれば、全て元通りだ。大切に、愛してあげる。」

「本当に？リック・・・元の優しい貴方に戻ってくれる？」

「あぁ。もちろんだよ。」

　ミリアーナの手元にリックはナイフを握らせる。

　手をガタガタと震えさせながら、ミリアーナはナイフを持つが、力が入らない様子であり、ナイフをすぐに落としてしまう。

「こ・・ここここ・・・殺す・・・」

「そうだ。殺せ。」

　あんなに震えていては、殺すことはできないだろうと冷静に、頭の中でラナは思う。ミリアーナの腕は細くなり、顔色も悪い。

　ミリアーナは瞳からぼたぼたと涙を流しながら声を上げた。

「いやぁぁぁ・・出来ない・・怖い・・・私・・・私はあぁっぁぁっぁぁ」

　そう言った瞬間リックに頭を殴られ、嗚咽を漏らすミリアーナの姿を見て、ラナは震えそうになるのをぐっと堪えると、はっきりとした口調で言った。

「私を殺すのは無理よ。」

　リックはその言葉に首を傾げた。

「何だと？」

　ラナの心は、もう恐怖に折れたりなどしない。なぜならば、自分を絶対に守ってくれる人を知っているから。

「ユージーンは、絶対に私を守ってくれるから。」

　次の瞬間部屋いっぱいに、眩しいほどの光が輝き、皆が目を瞑った。

　そして、ラナの安心する声が響き渡った。

「その通りだね。待たせてごめんね。ラナ。」

　優しいその声に、ラナはにっこりとほほ笑みを浮かべた。