【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか

文字の大きさ
30 / 48

戻らない君⑤ リエンネside

『おかあさま、あったよ!』

 初めてそれを見た時は、心の底から恐怖を抱いたのを覚えている。
 私が指輪を落としてしまい、運悪くそれが本棚の下に転がってしまった。
 手が届かなくて困った時に心配そうに見ていた娘が、その本棚を持ち上げたのだ。
 それも片手で、まだ三歳にも満たない子が。

『おかあさまのだいじなもの、セシーリアがみつけたよ』

 褒めてほしいというような瞳を向ける娘が怖かった。
 自分の娘に思えなかったのだ。
 心臓が痛み、罪悪感すら感じた。
 こんな子に産んでしまったのは自分自身であり、この子はいずれ自分の境遇を知って私を恨むのではないか?

『おかあさま、いかないで』

 だから泣いているあの子を置いて、私は家族を捨てた。
 魔物憑きに産んでしまった罪悪感から逃れるためだった。
 
 それからずっと後悔していた私だが、幸運にも辺境伯様の存在を知った。
 娘と同じ魔物憑きであり、学者がこぞって研究している事を耳にはさんだのだ。
 だから私財の全てを投じて研究支援を行った。

『本当に––––まで、あと少しなのね』

『えぇ、ですがもう王家は費用を捻出できないようです。幸運にも辺境伯様は王家に従順になった。魔物憑きを殺す手段を探すよりも、利用した方が得と判断したんです』

『まさか、研究を止める気? 殺傷研究だけでなく、他まで全て?』

『えぇ、王家の判断です。新たな魔物憑きは増えておらず、研究の必要はないと』

 駄目、駄目よ。
 あと少し、あと少しまで来たの。
 あの人間でもない存在の娘を野放しにしたままではいけない……あの子を王家の管理下に置いて研究を続けないと。


 私は安心できないのだから。
 


   ◇◇◇


「リエンネ、どういうことか説明をしてもらおうか」

 今、私の前に座っているかつての元夫が怒りの表情を浮かべていた。
 彼の隣にはレーヴ公爵も険しい顔で座り、私の隣では恐怖で縮こまったアロルドが居た。

「ローザ殿がセシーリアの屋敷へ向かったと報告を聞いて調べてみれば……君が関わっているとはな、リエンネ」

 元夫であるノベールの声からは怒りが感じ取れた。
 拳を握り締めて、私を睨みつけている。

「ローザ殿は王家の調査組織まで連れて行っている。この理由は分かっているな」

「えぇ、もちろん分かっておりますわ。でもそれを……レーヴ公爵もいる場で説明してもいいのかしら?」

 私の言葉にノベールはたじろぐ。
 彼の隣に座っていたレーヴ公爵は神妙な顔をしながらも、まずはノベールへと頭を下げた。

「ノベール伯爵。まずは娘がご迷惑をおかけしている事に謝罪をしたい。関わらぬように再三注意していたのですが」

「アロルド殿のこと、そして娘殿の管理はレーヴ公爵。貴方が一任しているはず。謝罪で済む話ではないはず」

「……仰る通り、申す言葉もない」

 ノベールにしては珍しく強気な言動ね。
 それほどまでにあの子が大事のようだけど、彼のやり方はあの子を少しも助ける気が無いものだわ。

「ノベール、しっかり説明なさいよ。セシーリアについて明かせばいいじゃない」

「リエンネ! いい加減にしろ。セシーリアに一切関わってこなかったお前が、あの子に迷惑をかけるな……」

「迷惑? 違うわ……私は貴方よりも娘を救うために動いているのよ」

「救うためだと?」

 ノベール、貴方はあの子を育ててくれていた。
 その苦労を労わりたい気持ちはあるけれど、貴方は根本的な解決をまるで考えていない。

「えぇ、そうよ。魔物憑きで異常な力を持っている娘は適切に管理しないといけないの」

「っ!」

「どういう事ですかな」

 慌て出すノベールに対して、話に喰いついてきたのは黙って聞いていたレーヴ公爵だった。
 彼は身を乗り出すように私へと問いかける。

「セシーリア殿が……あの辺境伯殿のような力を有していると?」

「えぇ、そうよ」

「……なんということだ。セシーリア殿が」

「だからこそ、アロルド殿はあの子を戻したがっていたのよ。そうでしょう?」

「え? な、なんの話を?」

 アロルドだけは魔物憑きという言葉すら知らぬ様子だった。
 詳細を教えるか迷う。
 元々彼は公爵と会うための手段でしかなかった、騒動を起こせば必ずレーヴ公爵と会える。
 そして今、娘の話に協力を持ちかける事が出来た以上、彼はもう必要はない。
 元夫だからセシーリアが帰ってくる望みもあったが……まるで愛されていないようだもの。

「……まぁでも、使い道はあるか」

 呟きながら、アロルドへと視線を向けて「話を合わせろ」と小声で囁いた。
 彼は動揺しながらも、口裏を合わせるようにレーヴ公爵へ頷いた。

「そ、そうでした。セシーリアを連れ戻す理由はリエンネ殿が言っている通りです」

「えぇ、あの子は今は人間でもない魔物憑きです。だからこそ、しっかりと人間の管理下に置くべきです」

「お前は実の娘になにを言っているか分かっているのか!」

 父親としての怒りを滲ませて詰め寄るノベールだけど。
 残念ながら、もうレーヴ公爵の意志は固まったようね。

「リエンネ殿の言う通りだ」

「っ! レーヴ公爵……」

「ノベール伯爵、貴方が実の娘について隠している事は国家の平和を脅かす事でもある。なれば早急に管理下に置いて然るべき対応をとるべきだ」

「ま、待ってください。セシーリアはただ静かに暮らしたいだけであり……」

「ノベール、いい加減に諦めてちょうだい。あの子の力は、ただ静かに暮らすだけに使っていいものじゃないでしょう? しっかりと管理して、皆のために使わないといけないの」

 ノベールが睨みつけてくるが構いはしない。
 アロルドは困惑しつつも私へと問いかけてきた。

「セ、セシーリアが帰ってきてくれるのですか?」

「えぇ、上手くいくはずよ。なにせ王家の者まで出向いてきているもの」

「っ!」

「レーヴ公爵、これからは私達が王家と共同してセシーリアを管理しましょう。元夫であるアロルド殿が居れば身内としても話を通しやすいですわ」 

「なるほど、だからアロルド殿と共に居た訳か」

 レーヴ公爵は納得しつつも、協力的な姿勢を見せる。
 これでいい、私の目的は順調に進んでいる。
 セシーリアとはいえ、国家を相手して好きにできるはずがない。

「分かってくれるかしらノベール。貴方は父親としてあの子を隠しているだけ。人間でもないあの子に不幸な人生を負わせるのは間違っている」

「……ふ、はは」

 ふと、小さな笑い声が聞こえ出す。
 何事かと視線を向ければ、笑っていたのはノベールだった。

「何がおかしいの?」

「リエンネ、お前は間違っている」

「ノベールなにを言っているの? 私が間違っているですって?」

「あの子は誰よりも幸せだよ。娘に合わせる顔もなく、こうして遠回りな手段しかできない君よりもずっと幸せなはずだ」

「っ! なにを言っても無駄よ。どうせあの子は王家の管理下になる。後は私に任せておきなさい」

「なにより間違っているのは、その浅はかな考えだ」

 なにを言っているのか意味が分からない。
 だがその不穏な笑みに、レーヴ公爵や、まだ理解できていないアロルドさえ黙って見つめる。
 ノベールはただ笑いながら、私達へと言葉を告げた。

「あの子を国の管理下になどできるはずがないさ、絶対にね」

 そんなはずがない……と言いたいのに、ノベールの笑みは自信に溢れていた。

「君も、アロルド殿もずっと勘違いしている。君たちはずっと前からセシーリアに許されているだけだ」

「なにを言って……」

「あの子を管理するなど馬鹿げている。本当にそれをすれば……あの子は自由を守るために君たちを徹底的に潰しにかかるだろう。もう容赦はしてくれない」

 ノベールの言葉に、そんなはずがないと告げたかった。
 だけど誰よりも娘の事を傍で見ていた彼の説得力のある気迫に、返事もできずに私達は固まった。
 そんなはずがない。
 あの子は……きっとすぐに王家の管理下になるはず、そのはずだ。
感想 167

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

『「ママは我慢してればいいんでしょ?」と娘に言われた日、私は妻をやめた』~我慢をやめた母と、崩れていく家族、そして再生~

まさき
恋愛
私はずっと「いい妻」でいようとしてきた。 夫に逆らわず、空気を読み、波風を立てないように生きる。 それが、この家を守る唯一の方法だと思っていた。 娘にも、そうであってほしかった。 けれど── その願いは、静かに歪んでいく。 夫の言葉をなぞるように、娘は私を軽んじるようになった。 そしてある日、夕食の後片付けをしていた私に、娘は言った。 「ママはさ、我慢してればいいんでしょ?」 その一言で、何かが壊れた。 我慢することが、母である証だと思っていた。 だがそれは、私自身をすり減らすだけの“呪い”だった。 ──もう、我慢するのはやめる。 妻であることをやめ、母として生き直すために。 私は、自分の人生を取り戻す決意をした。 その選択は、家族を大きく揺るがしていく。 崩れていく夫婦関係。 離れていく娘の心。 そして、待ち受ける“ざまぁ”の行方。 それでも私は問い続ける。 母とは何か。 家族とは何か。 そして──私は、どう生きるべきなのか。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです

藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。 理由は単純。 愛などなくても、仕事に支障はないからだという。 ──そうですか。 それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。 王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。 夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。 離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。 気づいたときにはもう遅い。 積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。 一方で私は、王妃のもとへ。 今さら引き止められても、遅いのです。