五年苦しんだの、次は貴方の番です。~王太子妃は許す気はありません~

なか

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9話

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「その反応、この書簡は君の意図せぬ物だというのか?」

「は、はい。私は知りません」

 私の驚きを察したのだろう、ルアンスは書簡の裏表を確認する。
 書簡を注意深く見つめ、彼は呟いた。

「理解できない。なぜ君の名を騙り、こんな真似を……心当りは?」

「何を目的としているのか、分かりません。しかしただ一つの事実として、私に協力をしてくれているようです」

「…………そうか」

 ルアンスは書簡を再び懐にしまう。
 そして私を、その紫色の瞳で見つめて微笑んだ。

「今は考えても答えは出ない。ならば今後の事を考えるべきだ」

「その通りですね。ルアンス様」

「ルアンスでいい。僕にとって君は姉君でもあるのだから……といっても、今の君には不愉快だろうけれど」

 苦笑交じりの呟きの後、ルアンスは姿勢を正した。

「ひとまず、僕が責任をもって王家として兄上の調査を命じる。明日には陛下も謁見の機会を設けよう。またその際に正式な謝罪をさせてほしい」

「いえ……今回は、助かりました」

「そう言って頂けたのなら、この書簡を届けた謎の人物も報われましょう」

 兄とは違い、弟殿下のルアンスはあまり評判は聞かない。
 大人しく目立たず、常に笑みを浮かべている弟殿下に、皆が印象を抱かぬのだろう。
 
 しかしその実、エリク同様に現国王陛下に政務を任され……そつなくこなしているのは知っている。
 今回の手際の良さも合わさって、エリクより優秀な方だと思えた。

「フィリア妃、ひとまず明日には……貴方の祖国。シルヴァン王家の騎士も来てくれるようだ」

「ええ、分かっております」

「驚いた、知っていたのか?」

 実は本来は明日、婚姻五年を祝して、我が祖国より祝いの手紙が届けられる予定だった。
 そのためシルヴァンの騎士がこの国に向かう道中であり、彼らにいち早く情報が届き、駆けつけてくれる分かっていた。

「明日から、身の安全も大事になりますから」

「我が王家もこれ以上の失態はせぬよう努めます。名残惜しいが、僕は政務があるためこれで……もし何かあれば直ぐに呼んでください」

 ルアンスが去った後、私には数人の騎士が護衛についた。
 宰相様のご指示の元で信頼ある人を選出してもらった、危険はないはずだ。

「あとは明日に来ると騎士の中に、あの人もいるといいけれど」

 一年前……私にエリク達の陰謀を伝えてくれた騎士。
 実はあの日の入城申請記録を見れば、我が祖国の騎士で一人の名が記載されていた。

 それはシルヴァン王家騎士の一人だった。
 しかし、なぜ王太子の暗躍を知っていたのか。
 加えてルアンスに届いた書簡も、我が祖国の騎士が届けられるだろうか?

「聞かねば、分からぬ事よね」

 疑問はあるが、ひとまず目的は果たした。
 そう思い、私室にて寝台に腰を下ろした時だった。

「エリク殿下! お待ちください! 今はお会いできません!」

「どけ! フィリアに話がある!」

「止まってくだされ。現在はお会いしないよう宰相様が命じておられます」

「夫妻で話合う事になんの問題がある。俺はただ、謝罪をしに来ただけだ。夫妻の仲を取り持つための行為をお前達は邪魔立てする気か?」

 なにやら妃室の外から、騎士とエリクの言い合う声が聞こえてくる。
 何事かと立ち上がると扉が開いた。

「問題は起こさぬ、話合うだけだ。離れていろ」

「しかし……」

「くどい。王太子の命が聞けぬのなら……貴様の仕事を失うと思え」

 恐らく、騎士の制止を振り切って、彼が部屋に入って扉を閉める。
 脅しの言葉で彼らを止めてまでの強引な様子に身構える。
 しかし、何をするかと思えば……彼は即座に膝を地面に落とした。

 
「フィリア、頼む」

 真紅の髪が揺れ、碧色の瞳が乞うように私を見上げていた。
 なにを告げようとしているのか、自ずと答えは分かった。

「ようやく……この時がきたのね」

 彼に聞こえぬように、小さく呟く。
 胸がはち切れんばかりの喜びを抑え、私を見上げている夫––エリクを見つめる。

「俺にはもうこれしかない、聞き入れてくれ。不義の調査をされる訳にはいかない……知られる訳には……いかないんだ」

 調査が始まれば、逃げ場はない。
 それを察してなのか……彼は最後の手段でもある、謝罪に講じている。

「今までの行為の数々に、君が怒りを抱いているのは俺も分かっている。子が出来ぬからと言い訳をして君に多くを押し付けていた。身勝手な事をしていた」
   
 待望の、待ち焦がれた時がやってきた。
 ハーヴィン王国の王太子を務めるエリクが、地を這って私に謝罪と懇願をする。

「幾らでも、これからずっと君に謝罪をする。だから……頼む」

 この五年、彼は私を利用し続けた。
 悪評、屈辱の末に押さえつけ、女性としての尊厳すら奪われた。
 私の人生を踏みにじってきた。

 だからこそ……今、この瞬間を待望していた、切実に望んでいた。
 さぁ、言いなさい。
 私が望む言葉を––––

「頼む。俺と離婚してほしい」

 あぁ……
 この日をどれだけ待っていたか、どれだけ願っていたか。
 実り叶ったこの瞬間、頭を落として頼み込むエリクに、私は口元に微笑みを刻む。

「夫妻の関係を終えれば、その騒動にて不義の疑いは消えゆく。だから頼む……君が謝罪を望むならいくらでもする。どうか許してほしい。離婚にて手打ちをしてくれ」

「……」

「もちろん! こちらに非がある形にて離婚という事で君を自由にする! だからこそ……頼む」

 これまで苦しんできた日々、約五年間。
 それが、ようやく報われそうだ。
 ここで『離婚』すれば、彼との関係をあっさりと終えられるだろう。

 しがらみから解放されて、私は何の批判もなく祖国に帰る事ができるはずだ。
 やっと、やっとこの時がきたのね。




 でも。




「でもね、残念だけど私は許す気なんてないの」


 この五年間、苦しんできた日々。
 自由を手に入れられる? 解放される? 謝罪を受けたから許す?

 そんな甘い考えでは、我が祖国に顔向けはできない。胸を張って帰還などできない。
 やるなら徹底的に戦う。
 初めからそう決めて、この一年を準備してきたの。

 だから……

 
「離婚はしない」

「っ!! な……ど、どうしてだ! 君に謝罪と自由を約束するのに!?」

「ここで貴方と離婚して不義を有耶無耶に終わらせる? 受け入れるはずがない」

「どう、して。ここまで……」

「分からない? エリク」

 本当に稚拙で、馬鹿な方だ。
 受け入れるはずがない、徹底的に不義の調査をして……全てを明るみに晒す。
 貴方は妻帯の身で不義を犯したと徹底して周知するために、離婚などしない。

 両国家を揺るがして、我が祖国を冒涜した大罪を償ってもらうわ。

 離婚で手打ちなど、許さない。
 ねぇ、エリク。
 私は五年苦しんだの。

「次は貴方の番よ。エリク」

 これからたっぷり苦しんでもらった後。
 私から……離婚を告げてあげる。
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