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13話
号外を見た民の怒りは見ずとも分かる。
自らが汗を流して働き、人生の大半の時間を捧げて得た給金を税として収めているのだ。
なのに王家がこの体たらくでは話にもならない。
「……まさか、ここまで話を広げているとは」
私の問いかけに対して、陛下は王都に撒かれた号外を握り締める。
陛下が悔しげに俯く中で、たった一人叫ぶ女性がいた。
「ハーヴィン! これは我が国に対する敵対行為よ!」
「……カミラ」
カミラ王妃の叫びに、場の皆が視線を向ける。
彼女は私を指さして、まくしたててきた。
「国家の安寧のために築いてきた信頼。それらを崩すなど妃である立場にあるまじき行為です!」
「カミラ王妃、そもそもその信頼を崩したのは貴方でしょう」
「っ! な、なにを言って」
「以前に話していた横領を示す疑いの証拠も、しっかりと号外に含んでいます。民が怒りを感じるのは貴方もですよ」
「は……な……」
私がエリクだけを責めるために動いていると思ったのか。
そもそも共謀していたカミラを逃すはずがない。
我がシルヴァン王家を穢した皆に、牙を突き立てるのは当然のことだ。
「慈善事業を謳い、寄付金と称してある伯爵家に流していた資金。この伯爵家との関係も……しかと調査しましょう。淫らではない事を祈ります」
「っ!!」
「まさか王妃の品性まで、下劣に落ちている訳がないですよね」
「あ、あなた。あなたね……わ、わたしは王妃なのに、なんて失礼な」
もう言い返す言葉がないのか、最後の抵抗が自らの権威を振りかざす事とは……
王妃という立場で、疑いに反論する事も出来ないとは情けない。
「こ、こんな事をして。許されると思って––––」
「黙れ、カミラ」
「っ!!」
喚くカミラへと、突き刺すような声色が響く。
陛下が、その視線を上げてカミラを見つめたのだ。
「お前が犯した不出来が事実ならば……余は正当に裁くしかあるまい」
「……」
「これ以上、我が王家の立場を落とす口を開くな。エリク、ロザリンも同様だ。これより余とフィリア妃との会話に口を挟む事を禁ずる。邪魔だ」
もはやハーヴィン陛下は、私だけを話合いの相手に見ていた。
それはひとえに、私の講じた策に対して陛下には反する論がないにも等しいからだ。
エリク達は青ざめながら押し黙った。
「フィリア妃、見事な手腕だ。先程までの余の発言が恥に感じてしまうな」
「調査を進めて頂きます。よろしいですね」
「もはや否定すれば、よりハーヴィン王家の権威を落とすのみ。ならば受け入れる他あるまい。たった一人の妃に余まで選択を縛られるとはな」
評価する眼差しを受けながら、一応は形式的に頭を下げる。
とはいえ先ほどの言動において、私はハーヴィン国王陛下の無責任さには内心呆れていた。
「君が娘であれば、余の考えも違っていたのかもな」
私としては、一国の王女に向けられた非道を見逃す父などごめんだ。
と、内心で思いながら無言で過ごす。
ハーヴィン陛下は周囲の文官へと声を張り上げた。
響く声量が空気を震わせていく。
「これより、王家の失態の調査を命じる。厳正なる調査の末に真実を明らかにせよ」
とはいえ、策のおかげで調査までこぎつけた。
指示を受けた文官達が直ぐに動き出していく。
疑いから、確信へと導くための手筈が整い、エリク達の疑いは着実に確信へと導かれるだろう。
その中で私は、たった一つの危惧を防止するための手段を講じた。
「一つ、よろしいですか。ハーヴィン国王陛下」
「なんだ」
「此度の調査、我がシルヴァン王家の者も含んで進めさせて頂きたく思います」
「っ! 不義を隠蔽する事を防ぐためか? それは我が国への非礼にもあたる言動だと理解しているな?」
「理解すべきはそちらです。我がシルヴァン王家の信頼を崩しているのはそちらです。こちらは冷静に、国家間の争いに発展せぬよう、互いの目をもって厳粛に調査すべきと提言しているだけ」
「っ!!」
「理解していただけましたか、陛下…………もう、ハーヴィン国だけの問題ではないの」
私の狙いはこれで終わりではない。
正式な調査が始まった際に、我が国も介入させてもらう。
証拠隠滅を図る余地を与えず、争いの種にもならぬように……両国にて不義を調査する建前もとっておく。
あくまで協力関係であると民には示し、かつての戦争の憎悪を蘇らせない。
その対策を講じつつ、その実は証拠隠滅のためにシルヴァンの者で厳正な調査を進めさせてもらう。
「こちらを、信用はしていないのだな」
「今までの言動を思えば、当然の事かと」
「……ここまで算段を立てているとは」
「ご理解いただけますね。ハーヴィン国王」
「どうやらシルヴァンの王女を、余は侮りすぎていたようだ。了承するほかあるまい。シルヴァンの共同調査を認める」
ようやく手に入れた。
私が『国家』という肩書にて、然るべき調査をする事が出来る権利。
一年の準備の末、彼らの不義や隠し立てていた全てを暴く強権。
落とされかけていた盤上に戻り、今や私がクイーンとして駒を動かせるのだ。
「エリクとロザリン、そしてカミラも……監視と暫くの行動制限を課す」
そしてハーヴィン陛下を、もはや日和っていられない立場に追い込んだ。
「そ……そんな。父上……」
「貴方……我が国が、そんな小娘にいいようにされているのよ?」
「黙れ。それを招いたのはお前達である事は明白……ここまでの騒動にした責任はとってもらう」
もはやエリク達の言葉は、ハーヴィン陛下には届かない。
あっさりと否定の言葉は閉ざされ、彼らは黙る他なかった。
謁見の機会にて、正式な調査までこぎつけた。
これより私が……迅速にある証拠を突き止める。
不義などで収まらぬ、圧倒的な大罪の証拠。
一年の準備では、何も権利のなかった私では届かなかったが……
私に『子が出来ない』と偽った証拠を手に入れてみせる。
そうなれば、エリク達の立場は不義どころではない罪となる。
まだまだ、徹底的に落としていかなければ。
◇◇◇
謁見より三日が経った。
この間、我が祖国のシルヴァン王家からは怒涛の怒りの声明が出され、民の怒りの声も高まっている。
あと数日もすればシルヴァン王家からも正式な使者がくる。
エリク達の不義の証拠も、あの杜撰な管理方法であれば労せず出てくるだろう。
だから私は、まずカミラ王妃の不義の証拠を手に入れる準備を妃室にて進めていた。
そんな時––––
「フィリア様、ルアンス殿下がお会いしたとのことです」
騎士のリューグが告げてくれた言葉に、私は頷いた。
訪れたルアンスは、どこか神妙な表情だった。
「どうかされましたか、ルアンス」
「君が我が父を説得した手腕に……改めて自らの不甲斐なさを感じたよ。君には我が王家の失態を正してもらってばかりだ」
「これは、私の目的のためですから」
「その不甲斐ない中……より失態を晒す事になって申し訳ないが、報告がある」
「報告?」
「今朝、僕の執務室にある書簡が置かれていた」
なにを伝えにきたのか、顔を上げれば机の上に紙が置かれた。
ルアンスはそれを見つめながら、申し訳なさそうに呟く。
「どうやら、僕達に情報を伝えてくれた者にとって……今の状況は本意ではないようだ」
「え?」
置かれた書簡の中身へと、視線を向ける。
『王家の責任をもってフィリア妃の調査を止め、離婚にて手打ちとするよう説得せよ』
今度は差出人すら書かれていなかったが……筆跡は以前にルアンスに届いていたものとよく似ていた。
謎の人物からのメッセージ、その目的は今までと打って変わっていた。
自らが汗を流して働き、人生の大半の時間を捧げて得た給金を税として収めているのだ。
なのに王家がこの体たらくでは話にもならない。
「……まさか、ここまで話を広げているとは」
私の問いかけに対して、陛下は王都に撒かれた号外を握り締める。
陛下が悔しげに俯く中で、たった一人叫ぶ女性がいた。
「ハーヴィン! これは我が国に対する敵対行為よ!」
「……カミラ」
カミラ王妃の叫びに、場の皆が視線を向ける。
彼女は私を指さして、まくしたててきた。
「国家の安寧のために築いてきた信頼。それらを崩すなど妃である立場にあるまじき行為です!」
「カミラ王妃、そもそもその信頼を崩したのは貴方でしょう」
「っ! な、なにを言って」
「以前に話していた横領を示す疑いの証拠も、しっかりと号外に含んでいます。民が怒りを感じるのは貴方もですよ」
「は……な……」
私がエリクだけを責めるために動いていると思ったのか。
そもそも共謀していたカミラを逃すはずがない。
我がシルヴァン王家を穢した皆に、牙を突き立てるのは当然のことだ。
「慈善事業を謳い、寄付金と称してある伯爵家に流していた資金。この伯爵家との関係も……しかと調査しましょう。淫らではない事を祈ります」
「っ!!」
「まさか王妃の品性まで、下劣に落ちている訳がないですよね」
「あ、あなた。あなたね……わ、わたしは王妃なのに、なんて失礼な」
もう言い返す言葉がないのか、最後の抵抗が自らの権威を振りかざす事とは……
王妃という立場で、疑いに反論する事も出来ないとは情けない。
「こ、こんな事をして。許されると思って––––」
「黙れ、カミラ」
「っ!!」
喚くカミラへと、突き刺すような声色が響く。
陛下が、その視線を上げてカミラを見つめたのだ。
「お前が犯した不出来が事実ならば……余は正当に裁くしかあるまい」
「……」
「これ以上、我が王家の立場を落とす口を開くな。エリク、ロザリンも同様だ。これより余とフィリア妃との会話に口を挟む事を禁ずる。邪魔だ」
もはやハーヴィン陛下は、私だけを話合いの相手に見ていた。
それはひとえに、私の講じた策に対して陛下には反する論がないにも等しいからだ。
エリク達は青ざめながら押し黙った。
「フィリア妃、見事な手腕だ。先程までの余の発言が恥に感じてしまうな」
「調査を進めて頂きます。よろしいですね」
「もはや否定すれば、よりハーヴィン王家の権威を落とすのみ。ならば受け入れる他あるまい。たった一人の妃に余まで選択を縛られるとはな」
評価する眼差しを受けながら、一応は形式的に頭を下げる。
とはいえ先ほどの言動において、私はハーヴィン国王陛下の無責任さには内心呆れていた。
「君が娘であれば、余の考えも違っていたのかもな」
私としては、一国の王女に向けられた非道を見逃す父などごめんだ。
と、内心で思いながら無言で過ごす。
ハーヴィン陛下は周囲の文官へと声を張り上げた。
響く声量が空気を震わせていく。
「これより、王家の失態の調査を命じる。厳正なる調査の末に真実を明らかにせよ」
とはいえ、策のおかげで調査までこぎつけた。
指示を受けた文官達が直ぐに動き出していく。
疑いから、確信へと導くための手筈が整い、エリク達の疑いは着実に確信へと導かれるだろう。
その中で私は、たった一つの危惧を防止するための手段を講じた。
「一つ、よろしいですか。ハーヴィン国王陛下」
「なんだ」
「此度の調査、我がシルヴァン王家の者も含んで進めさせて頂きたく思います」
「っ! 不義を隠蔽する事を防ぐためか? それは我が国への非礼にもあたる言動だと理解しているな?」
「理解すべきはそちらです。我がシルヴァン王家の信頼を崩しているのはそちらです。こちらは冷静に、国家間の争いに発展せぬよう、互いの目をもって厳粛に調査すべきと提言しているだけ」
「っ!!」
「理解していただけましたか、陛下…………もう、ハーヴィン国だけの問題ではないの」
私の狙いはこれで終わりではない。
正式な調査が始まった際に、我が国も介入させてもらう。
証拠隠滅を図る余地を与えず、争いの種にもならぬように……両国にて不義を調査する建前もとっておく。
あくまで協力関係であると民には示し、かつての戦争の憎悪を蘇らせない。
その対策を講じつつ、その実は証拠隠滅のためにシルヴァンの者で厳正な調査を進めさせてもらう。
「こちらを、信用はしていないのだな」
「今までの言動を思えば、当然の事かと」
「……ここまで算段を立てているとは」
「ご理解いただけますね。ハーヴィン国王」
「どうやらシルヴァンの王女を、余は侮りすぎていたようだ。了承するほかあるまい。シルヴァンの共同調査を認める」
ようやく手に入れた。
私が『国家』という肩書にて、然るべき調査をする事が出来る権利。
一年の準備の末、彼らの不義や隠し立てていた全てを暴く強権。
落とされかけていた盤上に戻り、今や私がクイーンとして駒を動かせるのだ。
「エリクとロザリン、そしてカミラも……監視と暫くの行動制限を課す」
そしてハーヴィン陛下を、もはや日和っていられない立場に追い込んだ。
「そ……そんな。父上……」
「貴方……我が国が、そんな小娘にいいようにされているのよ?」
「黙れ。それを招いたのはお前達である事は明白……ここまでの騒動にした責任はとってもらう」
もはやエリク達の言葉は、ハーヴィン陛下には届かない。
あっさりと否定の言葉は閉ざされ、彼らは黙る他なかった。
謁見の機会にて、正式な調査までこぎつけた。
これより私が……迅速にある証拠を突き止める。
不義などで収まらぬ、圧倒的な大罪の証拠。
一年の準備では、何も権利のなかった私では届かなかったが……
私に『子が出来ない』と偽った証拠を手に入れてみせる。
そうなれば、エリク達の立場は不義どころではない罪となる。
まだまだ、徹底的に落としていかなければ。
◇◇◇
謁見より三日が経った。
この間、我が祖国のシルヴァン王家からは怒涛の怒りの声明が出され、民の怒りの声も高まっている。
あと数日もすればシルヴァン王家からも正式な使者がくる。
エリク達の不義の証拠も、あの杜撰な管理方法であれば労せず出てくるだろう。
だから私は、まずカミラ王妃の不義の証拠を手に入れる準備を妃室にて進めていた。
そんな時––––
「フィリア様、ルアンス殿下がお会いしたとのことです」
騎士のリューグが告げてくれた言葉に、私は頷いた。
訪れたルアンスは、どこか神妙な表情だった。
「どうかされましたか、ルアンス」
「君が我が父を説得した手腕に……改めて自らの不甲斐なさを感じたよ。君には我が王家の失態を正してもらってばかりだ」
「これは、私の目的のためですから」
「その不甲斐ない中……より失態を晒す事になって申し訳ないが、報告がある」
「報告?」
「今朝、僕の執務室にある書簡が置かれていた」
なにを伝えにきたのか、顔を上げれば机の上に紙が置かれた。
ルアンスはそれを見つめながら、申し訳なさそうに呟く。
「どうやら、僕達に情報を伝えてくれた者にとって……今の状況は本意ではないようだ」
「え?」
置かれた書簡の中身へと、視線を向ける。
『王家の責任をもってフィリア妃の調査を止め、離婚にて手打ちとするよう説得せよ』
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