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31話 これしかなかった エリクside
しおりを挟む査問会にて立つ俺に、民や貴族の視線が刺さる。
「エリク……いよいよ、貴方の番です」
フィリアに告げられた言葉に、この場に立ってしまった後悔が胸を締め付ける。
どうして、俺はこうなってしまった。
何が狂って、フィリアを虐げる選択をとってしまったのか。
今一度、過去を思い出した。
◇◇◇
幼少期の俺は、いつだって母のカミラの厳しい眼差しと期待の声を浴びていた。
俺が次期国王として、一切のミスを犯してはならぬと何度も説かれた。
大きな問題は弟であるルアンスという存在。
奴には決して抜かれるような事はあってはならないと、母から幾度も命じられた。
その言葉を幼き頃から刻まれて、俺の歩むべき思考は鉄のように固定していた。
『最近……座学でミスをしたそうね』
『貴方は王太子なの、弟に負けるような無様な事だけはあっては駄目よ』
毎日、毎日。
ほんの小さな過ちすら許されぬ環境は、未来への重圧と孤独を伴っていた。
そこに俺の意志は介入する事は許されず、王太子として与えられた結果を出すだけの存在と化していた。
でも、それでも……
『ルアンスの成績が貴方より高くなりそうよ。私が教育係を変えたけれど……負けぬように励みなさい』
『あの弟にだけは負けてはならないの! 貴方は私の子なのだから!』
弟のルアンスは、俺から見ても母に虐げられていた。
それでもなお、俺に並ぶ勉学の成果、達者な知恵、器量の良さで成果を見せる。
その度に母が怒りを示し、俺への締め付けが厳しくなっていた。
辟易していた毎日、しかしある転機が訪れた。
『エリク様、シルヴァン王国より参りました。フィリアです。これからよろしくお願いします』
政略婚により、隣国の美しく高貴な王女のフィリアとの婚約が約束されたのだ。
彼女と初めて顔を合わせた時、その優雅な頬笑み、緩やかな瞳に、長年の重圧を忘れさせる光が差し込んだ気がした。
彼女となら、理想とする王政の未来を夢見れる気がした。
初めて、初めて母に与えられて役割ではなく、自分自身の伴侶と歩む道が見えたのだ。
でも……
『エリク殿下、残念ですが貴方のお身体は––––』
フィリアと結婚して間もなく、運命が厳しい現実を突きつけた。
医師の診断を受ければ、俺には子供を設けることが出来ないという結果が明らかになったのだ。
瞬間、頭にこだまするのは母の言葉。
『王太子として完璧であれ』という戒めが頭に囁いてくる。
俺のせいで子が出来ない。
国の未来を背負う自分にとって世継ぎは必須。
なのに、この言い逃れの出来ない重大な失態……母に植え付けられた思考、王太子として完璧であらねばならないという思想が、俺に真実を告げる勇気を与えなかった。
「だからフィリア……君に子が産めないと医師に偽らせた」
査問会にて答えた真実、俺の本音に対して聴衆達からはどよめきと怒りの声が漏れ出す。
そんな中で、俺はさらに言葉を続けた。
「俺は真実を隠す事にした。国の未来に対する不安から逃れるため、フィリア……君に残酷な嘘を吐いた」
それがどれだけ残酷かは分かっていた。
フィリアに子が出来ないと植え付け、虐げて抵抗の意志を消していた。
まさに俺の心の闇が具現化したに等しい行為の数々。
生涯を添い遂げると誓った伴侶への裏切り、自己保身のための身勝手な行いだっただろう。
でも、俺にはそれしかなかったんだ。
「俺は……俺は王として完璧であらねばならなかった。それを期待されていたからだ。だからどんな手段を講じても……この事実を隠すしかなかった」
「この五年、私がどんな気持ちでいたか。貴方に分かりますか?」
「……」
「どれだけ苦しみ、どれだけ悲しみ、どれだけ…………苦痛だったか。貴方に分かるの?」
フィリアの問いかけに対して、返す言葉も無かった。
自らの罪を自覚しているからこそ、罪悪感が胸を浸す。
「……全て、俺の情けない考えによって招いたことだ」
「私の五年……全ては貴方の身勝手に凌辱されたのよ」
「…………すまなかった」
この査問会が、フィリアの手によって招かれた事は……ある意味で運命に思えた。
弱い心で、浅ましい判断を下した俺への当然の報い。
今この場に立たされた時点で俺に抵抗の意志はなく、ただ責める言葉を受け入れる。
「すまない……すまなかった。本当に」
両膝を落として、これまでの愚かな行為を懺悔して涙を流す。
本当に情けないな、俺は全てを間違えていた
本音を話したからこそ、今になって理解できた。
俺は父や、母と同じだ。
己の内面に巣食う弱さに負けて、罪を犯して……一人の女性を五年も虐げていた。
「すまない、フィリア……」
「私の虐げられてきた五年。凌辱されてきた心は……どんな謝罪があっても、許す気はない」
「……」
「なにより、私を信じてくれようともせず。貶めた貴方に……もう恋情もないわ」
「っ!」
あぁ、そうか。
俺の犯した最大の罪を、今になって分かった。
俺は母であるカミラの期待に応えようとしていた、国の未来を背負って失態を犯せぬ重圧で生きていた。
そんな中で自らのせいで世継ぎを残せぬ真実を……隠してしまった。
他でもない、伴侶であるフィリアを信じる事ができなかったのだ。
「貴方の伴侶であった私を信じず、虐げた貴方には……もうなにも期待できない。」
俺がすべきは、俺が王太子として取るべき最善は違ったんだ。
自らの心の弱さ、重圧の中でも信じるべきだった。
伴侶となると誓ってくれたフィリアに全て打ち明けて、それでも共に王政を歩むべきだったのに。
「保留していましたが、今一度……改めて私から貴方に告げます」
「……フィリア」
「エリク、ここで貴方と離婚します。以前に貴方が望んでいた通りに」
以前に俺から離婚を告げ、拒否されたが……今になって受け入れられる。
それはもう、彼女にとって俺は復讐をすべき相手でもなく。
もはや共に居る価値すらなくなったのだ。
「フィリア……俺は、俺は……」
間違っていた。
俺は初めから間違っていたんだ。
共に添い遂げると誓ってくれた伴侶を信じるべきだった。
フィリアはこの五年、ずっと俺の傍で……支えてくれたというのに、俺は……
「何を言われても、もう貴方を許す気はない」
愛するべきだった伴侶にすらも見限られたのだ。
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