【完結】王妃はもうここにいられません

なか

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4話

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 前世で歴史を調べていて、もっとも衝撃を受けたのは中世時代だ。
 
 初めに想像していたのは華美な貴族社会。
 花に囲まれて優雅な日常を過ごしている人々や、綺麗な街並みが話では当たり前だもの。
 しかし実際の中世ヨーロッパは、現代の基準から見れば劣悪を極めているのだ。

「ラツィア、なにを言っている! ふざけているのか」

「ま、まって。近づかないでください! クドス様、最後に湯浴みをしたのはいつですか!?」

「はぁ? 湯浴みだと? そんな不健康な事をする必要がどこにある!」

 あぁ、やはりこの世界は、私の知る中世と似た価値観だ。
 中世時代では、頻繫な入浴が健康を乱す原因になると本気で考えられており、入浴は控えられていた。

 それがまさか、この世界でも同様なんて!
 なんなら更に思想が先鋭化して、中世時代より酷いものになっていそうだ。
 私は転生をして、この世界で前世の記憶を思い出したのだと分かるが、今はまともに考えられないほどにここはキツい……

「ラツィア……ふざけた発言で場を乱すな。構ってほしいからと必死だな」

「いえ。違います。うぷ……本当に、廃妃になりたいんです。うっ……この場は耐えられなくて」

 あぁ駄目、吐き気を隠せない。
 確かにここは美男美女ばかり、美しき男女が彩る恋物語のような世界観だ。

 しかし、しかしだ。
 あまりに衛生観念が現代と違うため、耐えられない。
 クドスにいたっては、あれだけ恋焦がれていたけれど……流石に生理的に拒否反応が出る相手に恋などしていられない!

「駄目、本当に……ちょっと外で新鮮な空気を吸ってきてもいいですか」

 体臭が酷い事は貴族の中でも気にする者はいる。
 中世でも、体臭を隠すために香水文化が発展したのだが、現代の記憶と感覚が戻った今は、強い香水と強烈な汗の香りのダブルパンチに、私は失神寸前でもある。

 想像してほしい、真夏の満員電車を……
 あらゆる人々の匂いが凝縮され、それを数日発酵させたような香りを……
 
「本気で侮辱しているというのか? ラツィア……」

「まって、怒りに任せて毎回こっちに近づくのはやめて。本気で」

「なっ!? お前……」

 クドスは私の制止の声を無視して、眉根を寄せながら近づく。
 思わず後ずさりしていると、フッと鼻で笑う声が会場に聞こえた。

「クドス陛下からの寵愛を失い、王妃という座すら奪われる事になったからと……自暴自棄になったのですか。ラツィア様」

「イェシカ」

 イェシカ……彼女は真っ赤な髪を手で撫でながら、翡翠色の瞳でこちらを睨む。
 端正な顔立ちの彼女は、美人という評価を受けるような美貌だ。
 その美貌に備わった両の瞳が、私を射貫き再び鼻で笑う。

「そうやってクドス陛下を困らせて、構ってもらおうとしているのですよね。私は……そういった女の、貴族令嬢のわざとらしい演技、反吐が出るんです」

「いや、違う違う。本当に無理なの。臭いの」

 慌てて否定するが、クドスは話を聞かずにイェシカを抱きしめる。

「イェシカ……君の言う通りだな。ラツィアの見苦しいワガママはうんざりだ」

「陛下。貴方に迷惑をかける彼女が、私は許せません」

 お願い聞いて、私は本気でこの臭気に耐えられないだけなの。
 それに、それにだ。
 そもそも私って、結構酷い扱いを受けていたよね?
 彼らに迷惑をかけているというが……

「迷惑をかけたのはそっちでしょう。誰が貴方達の尻拭いをしていたというの」
 
「なっ!?」

 あっ、思わず私も考えるままに発言してしまった。
 けど、問題ないよね。  
 私は今すぐこんな臭気が漂う場所を抜けるために廃妃になりたいし……愛する気持ちを利用し、好き勝手してきたクドスに尽くす義理は無いもの。

 うん、そう思えば気楽に事が進められそうだ。
 もう恋情も臭さで消えたもの。

「クドスは散々、私に政務を押し付けてきたではないですか。イェシカと会う時間だと言って責務を放棄していたのは誰ですか?」

 私の言葉に、イェシカは額に青筋を浮かべて口を開く。
 激情に駆られているのか、瞳がカッと見開いていた。

「押し付けた? 違うわ……クドス陛下は私と共に、この国の未来のためになる建設的で、意義のある話をしていたのよ。教養のある会話をね」

「あらそう、ご立派ね。でも実益にもなっていない、実現もできていない机上の空論を……何年も続けてこれたのは私のおかげだと、教養のあるお二人は理解できないかしら?」

「っな……」

「反論するなら、言ってみてくださいよ。貴方達が一つでも実らせた実績をね?」

 イェシカは視線をクドスへ向ければ、彼も戸惑いながらも反論を述べた。

「こ、これから実現していくだけだ。イェシカと話し合った、新たな税収制度などはきっとこの国を豊かにする」

「その結果が出ぬうちに、人に散々迷惑をかけておいて私を責める道理はないのでは? 結果も出ていない意識が高いだけの会話を続けられたのは、紛れもなく私のおかげよ」

 たたみかけた反論に、クドス達は口を閉ざす。
 周囲で事の成り行きを見守っていた貴族達も、戸惑いつつ私とクドスへと交互に視線を送る。
 嘲笑の瞳が多かった場が、この一連のやり取りでクドス達へ不信感に近い瞳を向ける貴族の方が多くなっていく。


「と……いうわけで、もう付き合ってられないので廃妃にでもしてください。側妃なんて受け入れるはずがないわ」

「待て、落ち着けラツィア。何をそこまで意地になってい……」

「近づかないで! やっとえずかない距離にこっそり移動していたのに!」

 慌てて逃げながら、私はクドスを睨む。
 もう恋情を捨てた今、こんな場所に未練はない。
  
 あと臭いからはやく逃げたい……

 そもそも、これだけ虐げられてなお、これ以上を耐えろなんて無理な話だ。
 前世の記憶を思い出した今なら分かる。
 愛を利用する男性に恋焦がれたって、いい事があるはずがなく、恋情は消えるのは当然だ。

 あと臭いから……

「ふざけるな……」

 ふと、クドスが拳を握って私を睨んだ。
 憤怒に染まった瞳を向けて、その声が会場に響く。

「ふざけるなよ、ラツィアッ!  僕とイェシカは、本気でこの国のために、民達のために真剣に話し合っていたんだ。馬鹿にするな!」

「……」

「お前が引き受けていた政務など、僕達が話し合った政策論に比べれば意味がない! それでも僕は君を愛しているからこそ、今までは王妃として置いていたのに。その厚意を無下にするのか?」

「意味がない……ですか」

 あぁ、本当に下らない。
 私の働きが意味がないと、本気で言っているなら……


「……少し待ってなさい」

「っ、どこへ行く気だ!?」

 私は咄嗟に会場を出て、一目散に自らの執務室へ向かう。
 そして、クドスが任せてきていた政務の書類をありったけ腕に抱いて、再び会場へと戻り––––
 それを思いっきり、クドスの前で破り捨てた。

「なにを!?」

「意味がないのでしょう? ならいいじゃない」

「ふ、ふざけるな。ふざけるなよ、ラツィア! こんな事をして……」

「ええ、そうよ。こんな事までしたの。だから……」

 私はもう、貴方に恋情など抱かない。
 こんな場所、耐えられない。

「さっさと廃妃を決定してくれないかしら? クドス陛下?」
 
 舞い散る紙吹雪と共に、私は彼を睨みつける。
 
「ここまでされて、まだ私を手放せないと見苦しく喚くつもり?」

 私に反論すらできぬ状況を見ていた貴族から、クドスへと嘲笑の瞳を向ける者が増えていく。
 彼もそれに気付いたのか、悔しげに表情を歪めた。
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