【完結】王妃はもうここにいられません

なか

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2話

 私は自室にて、クドスが告げた言葉を思い出す。
 
『僕は君よりもイェシカの方が妃に相応しく思う』

 イェシカ
 過去、何度もクドスから聞いた彼女の名と共に、私は自身の半生を思い出す。

 私––ラツィアは、シモンズ公爵家生まれの令嬢だ。
 王太子のクドスとは政略結婚にて結ばれた。

 クドスは民のために勉学に励み、その姿に感銘を受けたのを覚えている。
 おちゃめな所もあって、城を抜け出して星を見に行ったり、こっそり城下町で菓子を買って……大臣に見つかり二人で怒られたり。

 彼との思い出は積み重なり、確かに愛が育まれていた。
 この人と一緒になれるのなら、きっと幸せだろう。
 そう思って私も研鑽を積み、未来の王妃として周囲に期待を持ってもらえていた。
 
 彼の傍で、王妃となれる事に希望を抱いていた。
 だがそれは、七年前に大きく変わった。

『ラツィア、彼女はイェシカ。僕の友人だ』

 クドスは十五の歳、子爵家の令嬢であるイェシカを紹介してきた。
 彼女とは学園にて出会ったらしい。
 赤い髪が特徴的で、儚げな表情でクドスを見つめていた。

『イェシカは子爵家という弱い立場のせいか、学園で他生徒から傷害を受けていてね』

『それは大変です。すぐに学園長や講師とかけ合いますね』

『いや、相手は伯爵家や公爵家の令嬢だ。あまり騒動を大きくしてはイェシカが危険だ。だから僕は彼女を守るためにも暫く側に置くよ』

『王太子殿下が他の女性を傍になど、要らぬ噂が立ちます。他貴族にも示しがつきませんので、ここは臣下に任せるべきで……』

『ラツィア。これは僕が決めた事だ。君はただの妃候補に過ぎないのだから、僕の決定に従ってくれ。それにイェシカは学業も優秀だ。共にいる事で学べる事もある』

 王太子として、不用意な行動は謹んでほしい。
 忠告した私の言葉を意に介さず、彼はイェシカと学園で過ごした。
 その日から、違和感が生まれる。

『すまないラツィア、イェシカと勉強をしてくる』
『イェシカといると癒されるよ……』

 クドスの口から、イェシカの名が増えていく。
 彼らが過ごす時間が、一分、一時間、一日と着実に増えていくのだ。
 いつしか婚約者である私よりも、彼らの過ごす時間は長くなった。

 私との茶会にまでイェシカは同席し、クドスの隣席は彼女のものとなった。
 平気でいられるはずがない。
 嫉妬で胸が焼かれるような、妬ましさで胸が痛む。

『クドス、最近は貴方とイェシカの関係に他貴族からも苦言が届いております。襟を正してください』

『僕の不評だって? そもそもイェシカに危害が及んだのは、君の努力が足りないせいなんだよ』

『なにを言って……』

『改めてイェシカに危害を加えていた生徒に問いただせば、皆が答えたよ。全てはラツィア……君に並ぶ成績のイェシカが、君という王妃候補より学園で目立たぬように配慮していたとね』

『っ!』

『だからイェシカに危害が及んだのは、君のせいでもあったんだ』

 私は学園での成績は常に首位を取っていた。
 確かにイェシカの成績も拮抗していたが、それを気にした事はない。
 全ては未来のクドスのため、励んでいただけなのに。

『なんにせよ。君が未熟さゆえに周囲を巻き込み。僕はイェシカを守るしかなかったと皆には伝えるよ』

『私の……責任にするのですか?』

『君が半端な成績を残すせいで、余計な諍いが生まれるんだ。もっと王国のために努力をすべきと反省して、此度の評価は潔く受け入れてくれ。これは僕の王政のためでもある』

『認められません……そんなこと』

『嫉妬で最善な判断を狂わせないでくれ。僕とイェシカは王国のために、未来の税制など画期的な案を議論している。その邪魔をしないでくれ』

 苦言を呈しても、クドスは聞いてくれない。
 背中を見せて、その琥珀色の瞳にもう私を映してくれなくて。
 
 貴族社会ではクドスが流した誤った情報により、私の悪評が広がる。
 私への寵愛が消えているとの噂がたち、社交界では嘲笑、貶す言葉の的。
 なのにクドスは公衆の面前で、イェシカのデビュタントに出席した。

 それを聞いた私はもう嫉妬もなく、惨めで消えたかった。
 前王が若くして亡くなり、クドスが戴冠を終え、国王陛下となってからも状況は変わらない。

『クドス国王陛下は、イェシカ嬢の元へ向かわれたようです』

 王妃と王。
 果たすべき義務でもある初夜の日でさえ、クドスは来なかった。
 寒さを感じる室内で……扉越しに報告を受けて、悔しくて泣き崩れた。

 彼はイェシカの元へ通いつめ、政務作業のほとんどが私へと割り当てられた。
 度重なる行為に、王家や民のためにも襟を正してほしい。
 そういった意味もこめて、彼に忠告をしたが……

『ラツィア、君は今や王妃だろう?』

 クドスはため息を吐き、呆れたように首を横に振った。

『王妃であるならば、君だって相応の働きをすべきだ。僕とイェシカのようにね』

『貴方達のようにですか?』

『あぁ、彼女とは税収や社会学について有意義な議論を交わせている。彼女は博識で、とても建設的な案が幾つもあるんだ』

 その話に見合う成果も、国王陛下としての結果も、まだ彼は何も成し遂げていない。
 だけれど、クドスは私の話を聞かない。

『イェシカが優秀だと分かったかい? 妃に相応しいのはどちらなのか……これ以上は僕に言わせないでくれ。努力を怠った君が悪いんだよ』

 もう彼は私を見ず、イェシカの元へ向かう。
 かつて私に向けられたあの頬笑みは、戻ってくることは、ついぞなかった。


「私……情けないわね」

 昔を思い出しながら、潤む瞳を拭う。
 愛を求めて政務をこなして、今の蔑まれる結果だ。

 そんな現状に情けなさと、悔しさが募る。
 今でもまだ、彼に愛してもらえるかもしれないという未練が残っている自分が嫌だ。

「もうそんな事、あるはずないのに」

 気持ちが落ちていく、考える程に底の無い崖に落ちていくような気分だ。
 暗く、じめっとした気持ちを奮い立たせるため、私はふと思い立つ。

「身を洗おう……かな」

 どうしてか分からないが、そうすれば良い気分転換になるような気がした。
 さっそく使用人に頼み、お湯を入れてもらい布を浸す。
 身を洗うなど病気を呼び込む危険行為だと言われているため、人払いをしてこっそりと布で身体を拭く。

「気持ちいい……」

 布に浸した湯の温度が心地よくて、肌を撫でるたびに汚れが落ちていく感覚。
 こんなに気持ちが良いものなのに……どうして身を洗う事が危険なのだろうか。

「……本当は、違うの?」

 なぜか、数日前から強烈な違和感がある。
 この世界の常識が間違っていると、頭の中にあるおぼろげな記憶が問い質してくるような感覚だ……
 
 それにクドスに会った際も、何故か猛烈に彼から離れたくなるような感覚に襲われるのだ。
 これはいったいなんなのかと、溢れる疑問と共に……
 私は見つからぬように怯えながらも、身を洗う事を止めなかった。


 ––––記憶が戻るまで、あと一日。
 
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