【完結】王妃はもうここにいられません

なか

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君だけは認められない⑩ クドスside

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 詰められた文字の量、多くの参考書に刻まれたメモ。
 堂本がどれだけ努力を重ねてきたのか、一目瞭然だった。
 同時に、心に酷い罪悪感が蘇る。

(俺は……なにをしてるんだ)

 堂本が後輩に階段から突き落とされそうな姿を見た時、俺は助けられる位置にいた。
 走り出せば間に合っていたはずだ。
 だが、俺は……

(このまま堂本が消えてしまえばいい)
 
 そんな考えがよぎり、彼女が階段から落ちていくのを見届けた。

(あいつは、俺なんかよりも。俺の嫉妬など恥ずかしくなる程に、努力を重ねてきていたのに)

 堂本を犠牲にしてまで、評価を得ようとしていた自らの浅ましさ。
 胸の中を埋め尽くす後悔の念が……息をする事すら苦しくさせる。

『田口さんも見ていただけなら、ですよね?』

 だが俺の自責の念に、後輩が発した言葉がこだまする。
 このまま白状すれば俺も罪に問われる、今更……真実を言えば一生を後ろ指を刺されて生きていく事になる。
 それがたまらなく怖い。

(俺は……俺のせいで、おれが……)

 頭に鮮烈に蘇る、頭から血を流した堂本の姿。
 思い出す度に、自らの心の狭さを責めた。
 あの時、助けていれば。
 あの時……俺が嫉妬などしていなければ、こんな結果になってはいなかったはずなのに。

 そんな「もしも」の想いが心を締め付ける。
 情けなくも後悔と自責の念に駆られながら、自己保身で真実を言えぬまま。
 俺は……いつしか、身勝手にも楽になる行動を選んでしまった。

『すまない……俺は……』

 薬を大量に服用して、薄れていく意識の中で呟いた。
 弱く、情けなく。
 最低な自分に後悔をしながら……



   ◇◇◇◇



「クドス、答えなさい」

 告げられた声に、巡っていた記憶から現実に引き戻される。
 同時に、全て思い出してしまった。
 自らの前世、田口として生きて……自らが犯してしまった罪を……

「ラツィア、僕は……」

「このまま嫉妬にまみれて生きていくのなら、王位を退位してください。それが……民のためです」

 その言葉を告げるラツィアを見ながら、僕は押し寄せる後悔の意味を知る。
 ……前世の記憶を思い出した今だからこそ、自らの嫉妬が醜く思えた。
 僕はラツィアに嫉妬していながら、前世同様に他者の努力を見ていなかった。

 思い出す彼女は、いつだって王妃としての重責を一身に背負っていた。
 筆まめが出来る程に政務をこなし、夜遅くまで勉学に励み、民のために邁進していた彼女の姿が脳裏に蘇る。
 自らの嫉妬心で、彼女の生き様を意味のない努力だと吐き捨てていた事が、今になって情けなくなっていく。

「……すまない、ラツィア」

「っ!!」

 胸が締め付けられて、後悔で痛む。
 ラツィアの王妃としての資格を疑い、彼女の功績を否定した自らに嫌悪すら覚えた。
 僕は彼女がどれだけ犠牲を払ってきたのか知りながら、それらを無にして否定していたのだ。

 前世同様、嫉妬心で僕は……誰かを犠牲にしてしまっていた。
 努力の評価を求めながら、誰よりも他者の努力を踏みにじってきたのは僕自身ではないか。

「僕は結局、今も……前世も……同じことをしていたんだな」

「クドス……なにを言って?」

 困惑しているラツィアに、前世の事を説明しても分かるはずがない。
 それよりも今は、この後悔と苦悩の中で……果たすべき使命をやり遂げようと顔を上げる。

「皆……すまなかった」

 集まった貴族家の皆、そして文官達に言葉を投げかける。
 困惑する彼らを置いて、僕はイェシカへと視線を向けた。 

「イェシカ……君にも、謝らねばならない」

「クドス……」 

「一度は無罪にしたが、僕は王としても……君を罪に問わねばならなかった」

「……」

「すまない。やはり君の罪は、消すことはできない」

「……私こそ、ごめんなさい……私が、王命を騙ったから……」

「いや。そうさせてしまったのは……他でもない。僕だ」

 イェシカに頭を下げて、今までの発言を撤回するように衛兵へと声をかける。
「イェシカ……彼女を、王命を騙った罪にて連行せよ」と。

「ごめんなさい……ごめんなさい……私、私のせいで」

 彼女にもずっと、自責の念があったのだろう。
 だからこそ勇気を出して罪を告白してくれたのに、僕が嫉妬心で身勝手にも、まだ彼女に『王妃』を求めてしまった。

 謝罪しながら連行されるイェシカに胸が痛む。
 不幸にしてしまった彼女に心から謝罪しつつ……僕は自らが責任を負う事も決めていた。

「家の秩序を乱し、我が国の信頼を失墜させた罪。全てはこの僕にあると……皆の言葉で理解できた」

「クドス……」

「浅はかだった。嫉妬に狂い……本来大事にすべき民のために生きる事すら出来なかった僕は、やはり王として不出来だったのだろう」

 ラツィアが僕を見つめている。
 貴族家の皆や、文官達が視線を向ける中で……玉座へと王冠を置いた。

「この愚かさを皆に知らしめた王では、王政はままならない。罪滅ぼしにはならないが、王位は王家の遠縁へと移す事に決めた」
 
 こんな決断を、はやくすべきだった。
 多くの間違いを犯した今、こんなものは罪滅ぼしの一歩に過ぎないと分かっている。
 でも僕は……ラツィアへの償い、そして前世と同じ轍を踏まぬために決断する。
 
「すまなかった、ラツィア」

 悔しさで生きていた半生、けれど薄々気付いていた。
 僕が追い求めていた王としての評価は、なにも意味がない。
 ただラツィアを超える事だけを目指して、僕は多くを犠牲にしてきただけだ。

「僕はこれより、王位を退く。王家の秩序を乱した全ての責を負うと誓う」

 声は震えていた。
 長く支えられ、培われてきた王家の信頼を崩した罪。
 どのように裁かれるのかは、僕が判断する事ではなく、後の王や貴族に裁定してもらう他ない。
 
 怖く、苦して、今も嫉妬で悔しくて仕方がない。
 だけど僕は……もうこの後悔で生きる気は無かった。

『心まで汚い人達と、一緒にいられないの』

 ラツィアのかつての言葉通り。
 僕は前世と同じような、心まで汚いまま生きていく事など……もう耐えられなかった。
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