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三章
90話 魔法の国
カルセイン王国。
アイゼン帝国に並ぶ大国であり、圧倒的に魔法が栄える国。
私もグラナートの王妃時代に数度しか訪れていなかったが、とても綺麗な都だった事を覚えている。
そして、久々にやってきたカルセイン王都は正直に言って……私の記憶を超えていた。
「……」
馬車から外を見つめ、その圧巻の光景に言葉を失う。
街並みはアイゼン帝国とそれほど遜色ないのだが、行き交う人々は皆が魔法の英知を享受しているのだ。
あちこちで、魔法が使用されている。
「お母様、あれ! なに?」
テアが興味を示したのは、見た事のない馬車だった。
いや、馬車といっても馬が引いている訳ではないのだ。
魔法だろうか、浮いた荷台が颯爽と道を滑るように走っていく。
「おかたま……きれ~」
「イヴァ、あれが気になるの?」
時刻は夕刻なのに、いまだに明るさを感じるのはイヴァが見つめる街灯のおかげだろう。
炎ではなく、煌めく光が輝いて昼間と変わらぬ明るさを放っている。
「すごいね……シルウィオ」
「……」
シルウィオは無言だったけれど、はしゃぐ子供達を見て少し悔しそうなのが伝わって来る。
アイゼン帝国としては、やはり対抗心があるのだろうか。
王都の光景に目を奪われながらも、グレインが馬車を走らせて王城へと向かってもらう。
ヒルダが前回に関わった残党達を、シルウィオが制した事を報告するためだ。
名前を告げれば、衛兵達は緊張しながらも私達を通してくれる。
案内された先には、見知った人が待ってくれていた。
「ようこそ来て下さいました、シルウィオ皇帝、カーティア皇后」
「シュルク陛下、わざわざ出迎えてくださり、ありがとうございます」
「久しぶりだな」
「この前会ったばかりじゃないですか」
「……」
「え……本当に忘れてますか? 皇帝。前回の者達について知らせに……」
シルウィオは家族しか興味がないばかりに、会った事も忘れている事にショックを受けている様子のシュルク陛下へと、リルレットが駆け寄った。
「お、お久しぶりです……シュルク陛下」
「ふふ、リルレット姫。もうお師匠とは呼んでくれないのですか?」
「あ、あの……」
もう十歳となったリルレット。
手紙でのやり取りはしているのに、いざ対面すれば子供の頃のようにはいかないらしい。
恥ずかしがりながら、視線を泳がせている。
「あの……あ、会えて嬉しいです」
「僕もだよ、リルレット姫。君には命を救ってもらったよ。ありがとう」
「っ!! はい! よかった……」
シュルク陛下は時間を戻す魔法の代償に、死ぬ運命であった。
それを変えたのはリルレットの魔法学と、帝国の延命治療のおかげだ。
延命治療により時間を稼ぎ、リルレットは見つけたのだ。
シュルク陛下を救う魔法を。
「本当に君の魔法の才能は……カルセイン王国の学者を超えているよ。まさか……魔力によって細胞の動きを止める方法なんてね」
死の運命、には簡単に抗えない。
シュルク陛下の身体の寿命のタイムリミットは確かに迫り、止められる物ではなかった。
だからリルレットは、その身体のタイムリミットを伸ばす方法を選んだ。
魔力を込める事で細胞の活性を止め、身体が歳を取ることを封じる魔法を編み出した。
おかげでシュルク陛下の身体の寿命は止まり、寿命を迎える前の状態を維持している。
もちろん誰でも出来る訳ではない。
シュルク陛下の膨大な魔力を注ぎこみ、ようやく維持できるものだ。
加えて細胞の動きを止めた事で怪我等の治癒はできず、傷つけば致命傷にもなってしまう。
そんな、代償も大きい魔法でもある。
「ありがとうね。お姫様」
「は、はい……私も……お師匠が無事で、良かった」
幼少の頃に抱いていた、憧れや初心な恋心が照れを生むのだろう。
リルレットは、嬉しそうにしつつも視線を逸らして頷いていた。
「はじめまして! テアです!」
「あーう。いヴぁ」
テアがニコニコと挨拶して、私が抱っこしていたイヴァも釣られて手をあげる。
二人はシュルク陛下と会うのは初めてだけど、そこに緊張は無く、いつも通りだ。
「はじめまして、二人共」
「あのね、テア。お城の中を見て回りたいです! いいですか!」
「だ、だめだよテア! お師匠は忙しいから」
テアの要望にリルレットが慌てるが、シュルク陛下は嫌な顔せずに微笑んだ。
「もちろん、ついておいで。おすすめを教えるよ」
子供達の相手は手慣れた様子で、シュルク陛下はテアやリルレットの手を引いて歩き出す。
向かった先は、王城内の庭園であった。
帝国の庭園程ではないが、広く……手入れされた花々が美しい。
「この庭園、実は……子供達がいつ来てもいいようにしていてね」
「?」
シュルク陛下が庭園に備えられた鈴を鳴らせば、驚いたことにおもちゃの木馬が走って来る。
可愛らしい顔が描かれた木馬が、魔法によって空をゆっくりと漂うのだ。
その他にも、クマやうさぎのぬいぐるみが動いて手招きまでしている。
「さぁ、良かったら遊んでおいで。他にも魔法の遊具がいっぱいあるから」
「っ!! 行って来る!」
「あ! 待って、テア! …………リ、リルも行きますね!」
「うん、行っておいで」
テアは真っ先に走り出し、リルレットは照れつつも楽しみが抑えられずに走り出す。
そして、シュルク陛下はイヴァにもニワトリのおまるを用意してくれた。
他と比べて、ゆっくりと走ってくれるようだ。
「イヴァくんも、良かったらどうぞ」
「あー! こーこだー!」
イヴァもそのおまるに興味を示し、ちょこんと乗るとふわふわと揺れるように庭園を飛んでいく。
魔法で遊べる遊具とは……これまた凄い。
「安全性は心配しないでくださいね。万が一に落ちても、我が城の庭園は魔法によって地面もクッションのように柔らかいので」
「凄い……」
「こんな方法が……」
シルウィオが本気で悔しそうにしているのが少し面白い。
加えてグレインに至っては、子供達に混ざって魔法の木馬に乗って共に遊んでくれていた。
凄くはしゃいでいる……あれは少し、本気で童心に返って遊んでいる所もあるのかも。
「聞きましたよ、ヒルダの残党を処分してくれたと」
子供達が遊ぶ光景を見て居れば、シュルク陛下が呟く。
報告するために来ていたが、もうとっくに知っていたようだ。
「知っていたのですね。シュルク陛下」
「まぁ、聞いた時は少し寝込むぐらいには驚きましたが」
彼が驚く様が目に浮かぶ。
まさか、シルウィオ達が僅か一日で全て片付けてしまうなんて誰が思っただろうか。
「感謝しています。シルウィオ皇帝……貴方のおかげで世界は平和を維持できる」
「俺は、カティ達のためにやっただけだ」
「なら、カーティア皇后にも永遠の感謝を」
「い、いえいえ。そんな……」
その後、暫しの間、お互いの国について話し合う。
時間が流れ、シュルク陛下が思い出したように踵を返した。
「失礼。そろそろ政務の時間で……どうか気にせず楽しんでいてください」
「ありがとうございます。シュルク陛下」
「はい、どうか……楽しんでくださいね」
何故か、彼が私達を見つめる姿は……どこか寂しそうに見えた。
その真意は分からないまま、カルセイン王国に滞在して数日が経った。
◇◇◇
あれから、シュルク陛下は忙しいようで会う事はなかった。
子供達は変わらず庭園で遊び、それに付いていくようにグレインも走っていく。
確実に子供達と同じ目線で遊んでくれている。どうやら、彼も珍しい魔法にはしゃいでいるのだろうと、苦笑してしまった。
私とシルウィオも、子供達と庭園で遊びながら時間を過ごしている時。
ふと、私を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、あの……すみません……皇后様!」
「?」
声に振り返れば、シュルク陛下によく似た少女が私を見つめていた。
まだ、幼さを残した少女が私へと近寄って丁寧な礼をする。
「はじめまして、カルセイン第八王女のテニアと申します」
第八……カルセイン王国も王位継承争いがあったと聞くが、まさか王女ですらそんなに多いなんて。
若干の驚きを隠しつつ、私は彼女へと微笑んだ。
「はじめまして、アイゼン帝国皇后。カーティア・アイゼンです。いかがいたしましたか?」
「お願いがあるのです。お兄様を……救ってください」
「……?」
突然の言葉に困惑していれば、私達に気付いたシルウィオもやって来る。
テニアと名乗った王女はシルウィオに怯えつつも、彼私へと事情を話し出した。
「シュルクお兄様は……もう何年も休んでおられません。いくら言っても、休んでくれないのです」
「シュルク陛下が?」
「いつも……笑ってくださいますが、お兄様は無理をしておられます。前も……幾つもの薬を飲んで働いておられました。止めても、大丈夫としか言わなくて……」
テニアが涙ぐむ様子に、本気で心配しているのが伝わってくる。
妹として、兄の無理を心配しているのだろう。
私もどうしてシュルク陛下がそこまで無理をしているのか気になり、テニアへと頷いた。
「分かりました、私達からも話をしてみますね」
「っ!! ありがとうございます!」
「シルウィオも、付いて来てくれる?」
「あぁ」
テニアが感謝をしたい言うので、子供達と遊んでもらう事にした。
彼女もカルセイン王家として魔法が得意なようで、珍しい魔法をリルレット達に見せてくれている。
グレインも、膝を抱えて座りながら子供達と見ているようだった。
「グレイン……童心に返り過ぎだ」
「ふ、ふふ。せっかくの旅行だからはしゃぐように、私が言っておいたの。子供達も喜んでくれてるわ」
「……あいつらしいな」
シルウィオと会話つつも、心配されていたシュルク陛下の元へ向かう。
彼の執務室へと訪れれば、山のような書類や報告書の束が積み重なっていた。
「シルウィオ皇帝? 皇后も……なにかありましたか?」
「シュルク陛下……執務室を見て分かりました、貴方は働き過ぎです。無理はしないでください」
「え……え? いきなりどうして」
「テニア王女が、貴方を心配していましたよ」
「……そうか、妹から聞いたんですね」
忙しいのを隠そうと思っていたのだろう。
テニア王女の名前を聞いたシュルク陛下は、諦めたように大きく息を吐く。
「僕は、無理を……しないといけないんです。」
「カルセインの王としての執務は、それほど多いのですか?」
「いえ、執務の手伝いを僕が断っているだけです。ただその他にも、他国の調査や……危険分子の徹底弾圧のために動いています。休んでいられません」
「シュルク陛下……自身の幸せも優先してください」
私の言葉に、シュルク陛下は乾いた笑いをあげながら。
静かに視線を落として、小さく呟いた。
「僕は、幸せになったらいけないんですよ」
「え?」
「……」
戸惑いの言葉を述べた私と、無言のままのシルウィオ。
私達の反応を無視して、シュルク陛下は言葉を続ける。
「僕はあまりに多くの人を殺し過ぎました。だから幸せになってはいけない」
「っなにを……言って……」
「前回の人生。逆行魔法を使う直前……カルセイン王国は多くの国から進軍を受けていました」
思い出す事が辛いのか、彼の言葉は震えながらも話をしてくれた。
「僕が儀式の場へ向かう際、多くの者が……僕の代わりに身を挺して死んでいきました」
「……」
「足を止めれば救えた。共に戦えば……きっと生きていました。それを……僕は全て見て見ぬふりをして突き進むしかなかった」
彼の行動に間違いなんてない。そう言葉で伝えるのは簡単だ。
だけど……実際に多くの命を見捨ててた事実に、心が耐えられる者はそういない。
「心配してくれたテニアも、前回の人生……僕を庇って無数の剣に貫かれました」
「っ……」
「それでも……僕は見捨てる選択をした。お兄様と叫び、僕を見つめていたテニアを置いて……」
話し終えた彼は、いつもの笑みと違い。
瞳を潤ませ、悲しそうな表情で言葉を紡ぐ。
「だから、僕は幸せになんてなってはいけないんです。前回の人生……見捨てた皆が、幸せな僕を許してはくれるはずがない」
「……」
「忙しくするのは、贖罪でもあるんです。前回で見捨てた皆を幸せにするため、もう二度と……戦争など起こさせない」
私には、どのような言葉をかけるべきか分からなかった。
前回の人生の悲劇は、私が亡くなった後のこと。
その悲惨な光景も知らぬ私に……簡単に励ます事などできない。
暫しの沈黙が流れた時。
……隣で無言で立っていた彼が、ゆっくりと口を開いた。
「俺も、同じだ。シュルク……」
「えっ!?」
「っ!?」
「前回の人生、儀式を成功へ導くため……多くを犠牲にした。何百、何千人もの命を捨てた」
シルウィオが……前世の記憶を思い出している?
突然の事実に驚くが、彼が伝えなかった理由も分かった。
悲惨な事実を、わざわざ聞かせたくなかったのだろう。
「シルウィオ皇帝……それなら、なぜ……貴方は……」
「お前を庇った者は、お前が不幸となる事を望んだのか?」
「……」
「あの時……皆が一つの意志を元に集っていた。時間を戻して悲惨な末路を変えてくれると信じて、身を投げていたのだろう」
「皇帝……」
「その覚悟を、お前が無駄にしてやるな。誰もお前の不幸を願って死んでなどいない、そんな軽い覚悟で……誰もあの時間を生きてはいない」
「僕は……それでも、幸せになんて」
瞳を潤ませ、躊躇う彼。
シルウィオが私の背を押して、小さく頷く。
好きにしろと言われた気がして、彼に答えるようにシュルク陛下の肩を叩いた。
「付いて来て下さい、シュルク陛下」
「……」
彼を連れて行ったのは、子供達のいる庭園が見える場所。
楽しそうに遊ぶ子供達や、魔法を見せてくれているテニア。
そこには一切の不幸なんてなく、幸せな光景であった。
「私は……前回の悲惨な光景を知りません。だから……貴方の気持ちに共感ができない」
「……」
「それでも、貴方が居てくれたから。私もシルウィオも……庭園に居るみんなが、幸せになれたのです」
「カーティア……皇后」
「だから、幸せになってください。それを私は願っております」
「僕は……」
彼が抱える罪悪感、見捨てた者達の悲鳴や叫び。
それが簡単に幸せになる事を許してはくれないのだろう。
だけど。シルウィオが彼の背を強く叩いた。
「お前のおかげで、皆が生きている」
「っ!!」
「だったら、後ろを向いてないで前を向け。王たるお前が、胸を張らずにいてどうする」
「……」
「誇れ、お前は俺やカティだけでなく……皆を救ったのだから」
「……っ」
シルウィオの言葉に、シュルク陛下は堪えながらも涙を流す。
幸せそうな子供達やテニア王女を見ながら、彼は確認するように呟いた。
「僕が……幸せになっても良いと?」
「あぁ、当然だ」
「皆を見捨てた僕が?」
「見捨てていない、救っただろう。目の前で笑っている者を」
シュルク陛下の罪悪感。
それを払拭するように、シルウィオは彼の背を叩いた。
「それに、お前は幸せになる義務がある。昔……言ったはずだ、リルを悲しませるなと」
「…………は、ははは。そうですね……そうでしたよ」
涙を流しながら朗らかに笑ったシュルク陛下は、今まで見たどの笑顔よりも、憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていた。
「ありがとうございます。シルウィオ皇帝……カーティア皇后」
その笑みを見れば分かる。
彼はようやく。前回の人生から、前を向けたのだと。
◇◇◇
その後は三日ほど、カルセイン王国を観光させてもらった。
その間、シュルク陛下は執務を皆にも頼り、よく眠るようになったとテニアからお礼を告げられた。
そして、別れの時がきた。
「本当にお世話になりました。皆さん」
「お師匠! また来るからね!」
「うん、待ってるよ。お姫様」
シュルク陛下の見送りを受けながら、私達は次の国へ向かうために馬車へ乗り込む。
魔法で出来たおもちゃ類は、山のように頂いた。
今もテアやイヴァが、馬車の中で魔法のぬいぐるみを動かしている。
「ありがとう! シュルクおにいさん!」
「あーう!」
「はは、次はもっと楽しいおもちゃを考えておくよ。いつでもおいで」
シュルク陛下は子供達に笑いかけながら、最後に馬車に乗り込む私達へと深くお辞儀をした。
「感謝します。貴方達のおかげで……幸せになろうと改めて思えました」
「シュルク陛下、私達はずっと貴方の幸せを祈っておりますよ」
「リルのためにも幸せになれ……いいな」
「はい! それでは……アイゼン帝国に永遠の繁栄を」
「さようなら、シュルク陛下。カルセイン王国へ……永遠の安寧を」
別れを済ませて、私達は次の国へ向かう。
前を向き始めたシュルク陛下ならば……きっともう大丈夫だろう。
「陛下……カルセインって、いいところでしたね……」
「そうだな」
「動くぬいぐるみ、俺も一ついいですか? 家族に見せたくて」
「ふ……好きにしろ」
童心に返って遊んでいたグレインは、えらくカルセインが気に入った様子だった。
そんな満足した子共達やグレインを見て、シルウィオと私は微笑みを漏らす。
そして、次の国へと馬車が走った。
アイゼン帝国に並ぶ大国であり、圧倒的に魔法が栄える国。
私もグラナートの王妃時代に数度しか訪れていなかったが、とても綺麗な都だった事を覚えている。
そして、久々にやってきたカルセイン王都は正直に言って……私の記憶を超えていた。
「……」
馬車から外を見つめ、その圧巻の光景に言葉を失う。
街並みはアイゼン帝国とそれほど遜色ないのだが、行き交う人々は皆が魔法の英知を享受しているのだ。
あちこちで、魔法が使用されている。
「お母様、あれ! なに?」
テアが興味を示したのは、見た事のない馬車だった。
いや、馬車といっても馬が引いている訳ではないのだ。
魔法だろうか、浮いた荷台が颯爽と道を滑るように走っていく。
「おかたま……きれ~」
「イヴァ、あれが気になるの?」
時刻は夕刻なのに、いまだに明るさを感じるのはイヴァが見つめる街灯のおかげだろう。
炎ではなく、煌めく光が輝いて昼間と変わらぬ明るさを放っている。
「すごいね……シルウィオ」
「……」
シルウィオは無言だったけれど、はしゃぐ子供達を見て少し悔しそうなのが伝わって来る。
アイゼン帝国としては、やはり対抗心があるのだろうか。
王都の光景に目を奪われながらも、グレインが馬車を走らせて王城へと向かってもらう。
ヒルダが前回に関わった残党達を、シルウィオが制した事を報告するためだ。
名前を告げれば、衛兵達は緊張しながらも私達を通してくれる。
案内された先には、見知った人が待ってくれていた。
「ようこそ来て下さいました、シルウィオ皇帝、カーティア皇后」
「シュルク陛下、わざわざ出迎えてくださり、ありがとうございます」
「久しぶりだな」
「この前会ったばかりじゃないですか」
「……」
「え……本当に忘れてますか? 皇帝。前回の者達について知らせに……」
シルウィオは家族しか興味がないばかりに、会った事も忘れている事にショックを受けている様子のシュルク陛下へと、リルレットが駆け寄った。
「お、お久しぶりです……シュルク陛下」
「ふふ、リルレット姫。もうお師匠とは呼んでくれないのですか?」
「あ、あの……」
もう十歳となったリルレット。
手紙でのやり取りはしているのに、いざ対面すれば子供の頃のようにはいかないらしい。
恥ずかしがりながら、視線を泳がせている。
「あの……あ、会えて嬉しいです」
「僕もだよ、リルレット姫。君には命を救ってもらったよ。ありがとう」
「っ!! はい! よかった……」
シュルク陛下は時間を戻す魔法の代償に、死ぬ運命であった。
それを変えたのはリルレットの魔法学と、帝国の延命治療のおかげだ。
延命治療により時間を稼ぎ、リルレットは見つけたのだ。
シュルク陛下を救う魔法を。
「本当に君の魔法の才能は……カルセイン王国の学者を超えているよ。まさか……魔力によって細胞の動きを止める方法なんてね」
死の運命、には簡単に抗えない。
シュルク陛下の身体の寿命のタイムリミットは確かに迫り、止められる物ではなかった。
だからリルレットは、その身体のタイムリミットを伸ばす方法を選んだ。
魔力を込める事で細胞の活性を止め、身体が歳を取ることを封じる魔法を編み出した。
おかげでシュルク陛下の身体の寿命は止まり、寿命を迎える前の状態を維持している。
もちろん誰でも出来る訳ではない。
シュルク陛下の膨大な魔力を注ぎこみ、ようやく維持できるものだ。
加えて細胞の動きを止めた事で怪我等の治癒はできず、傷つけば致命傷にもなってしまう。
そんな、代償も大きい魔法でもある。
「ありがとうね。お姫様」
「は、はい……私も……お師匠が無事で、良かった」
幼少の頃に抱いていた、憧れや初心な恋心が照れを生むのだろう。
リルレットは、嬉しそうにしつつも視線を逸らして頷いていた。
「はじめまして! テアです!」
「あーう。いヴぁ」
テアがニコニコと挨拶して、私が抱っこしていたイヴァも釣られて手をあげる。
二人はシュルク陛下と会うのは初めてだけど、そこに緊張は無く、いつも通りだ。
「はじめまして、二人共」
「あのね、テア。お城の中を見て回りたいです! いいですか!」
「だ、だめだよテア! お師匠は忙しいから」
テアの要望にリルレットが慌てるが、シュルク陛下は嫌な顔せずに微笑んだ。
「もちろん、ついておいで。おすすめを教えるよ」
子供達の相手は手慣れた様子で、シュルク陛下はテアやリルレットの手を引いて歩き出す。
向かった先は、王城内の庭園であった。
帝国の庭園程ではないが、広く……手入れされた花々が美しい。
「この庭園、実は……子供達がいつ来てもいいようにしていてね」
「?」
シュルク陛下が庭園に備えられた鈴を鳴らせば、驚いたことにおもちゃの木馬が走って来る。
可愛らしい顔が描かれた木馬が、魔法によって空をゆっくりと漂うのだ。
その他にも、クマやうさぎのぬいぐるみが動いて手招きまでしている。
「さぁ、良かったら遊んでおいで。他にも魔法の遊具がいっぱいあるから」
「っ!! 行って来る!」
「あ! 待って、テア! …………リ、リルも行きますね!」
「うん、行っておいで」
テアは真っ先に走り出し、リルレットは照れつつも楽しみが抑えられずに走り出す。
そして、シュルク陛下はイヴァにもニワトリのおまるを用意してくれた。
他と比べて、ゆっくりと走ってくれるようだ。
「イヴァくんも、良かったらどうぞ」
「あー! こーこだー!」
イヴァもそのおまるに興味を示し、ちょこんと乗るとふわふわと揺れるように庭園を飛んでいく。
魔法で遊べる遊具とは……これまた凄い。
「安全性は心配しないでくださいね。万が一に落ちても、我が城の庭園は魔法によって地面もクッションのように柔らかいので」
「凄い……」
「こんな方法が……」
シルウィオが本気で悔しそうにしているのが少し面白い。
加えてグレインに至っては、子供達に混ざって魔法の木馬に乗って共に遊んでくれていた。
凄くはしゃいでいる……あれは少し、本気で童心に返って遊んでいる所もあるのかも。
「聞きましたよ、ヒルダの残党を処分してくれたと」
子供達が遊ぶ光景を見て居れば、シュルク陛下が呟く。
報告するために来ていたが、もうとっくに知っていたようだ。
「知っていたのですね。シュルク陛下」
「まぁ、聞いた時は少し寝込むぐらいには驚きましたが」
彼が驚く様が目に浮かぶ。
まさか、シルウィオ達が僅か一日で全て片付けてしまうなんて誰が思っただろうか。
「感謝しています。シルウィオ皇帝……貴方のおかげで世界は平和を維持できる」
「俺は、カティ達のためにやっただけだ」
「なら、カーティア皇后にも永遠の感謝を」
「い、いえいえ。そんな……」
その後、暫しの間、お互いの国について話し合う。
時間が流れ、シュルク陛下が思い出したように踵を返した。
「失礼。そろそろ政務の時間で……どうか気にせず楽しんでいてください」
「ありがとうございます。シュルク陛下」
「はい、どうか……楽しんでくださいね」
何故か、彼が私達を見つめる姿は……どこか寂しそうに見えた。
その真意は分からないまま、カルセイン王国に滞在して数日が経った。
◇◇◇
あれから、シュルク陛下は忙しいようで会う事はなかった。
子供達は変わらず庭園で遊び、それに付いていくようにグレインも走っていく。
確実に子供達と同じ目線で遊んでくれている。どうやら、彼も珍しい魔法にはしゃいでいるのだろうと、苦笑してしまった。
私とシルウィオも、子供達と庭園で遊びながら時間を過ごしている時。
ふと、私を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、あの……すみません……皇后様!」
「?」
声に振り返れば、シュルク陛下によく似た少女が私を見つめていた。
まだ、幼さを残した少女が私へと近寄って丁寧な礼をする。
「はじめまして、カルセイン第八王女のテニアと申します」
第八……カルセイン王国も王位継承争いがあったと聞くが、まさか王女ですらそんなに多いなんて。
若干の驚きを隠しつつ、私は彼女へと微笑んだ。
「はじめまして、アイゼン帝国皇后。カーティア・アイゼンです。いかがいたしましたか?」
「お願いがあるのです。お兄様を……救ってください」
「……?」
突然の言葉に困惑していれば、私達に気付いたシルウィオもやって来る。
テニアと名乗った王女はシルウィオに怯えつつも、彼私へと事情を話し出した。
「シュルクお兄様は……もう何年も休んでおられません。いくら言っても、休んでくれないのです」
「シュルク陛下が?」
「いつも……笑ってくださいますが、お兄様は無理をしておられます。前も……幾つもの薬を飲んで働いておられました。止めても、大丈夫としか言わなくて……」
テニアが涙ぐむ様子に、本気で心配しているのが伝わってくる。
妹として、兄の無理を心配しているのだろう。
私もどうしてシュルク陛下がそこまで無理をしているのか気になり、テニアへと頷いた。
「分かりました、私達からも話をしてみますね」
「っ!! ありがとうございます!」
「シルウィオも、付いて来てくれる?」
「あぁ」
テニアが感謝をしたい言うので、子供達と遊んでもらう事にした。
彼女もカルセイン王家として魔法が得意なようで、珍しい魔法をリルレット達に見せてくれている。
グレインも、膝を抱えて座りながら子供達と見ているようだった。
「グレイン……童心に返り過ぎだ」
「ふ、ふふ。せっかくの旅行だからはしゃぐように、私が言っておいたの。子供達も喜んでくれてるわ」
「……あいつらしいな」
シルウィオと会話つつも、心配されていたシュルク陛下の元へ向かう。
彼の執務室へと訪れれば、山のような書類や報告書の束が積み重なっていた。
「シルウィオ皇帝? 皇后も……なにかありましたか?」
「シュルク陛下……執務室を見て分かりました、貴方は働き過ぎです。無理はしないでください」
「え……え? いきなりどうして」
「テニア王女が、貴方を心配していましたよ」
「……そうか、妹から聞いたんですね」
忙しいのを隠そうと思っていたのだろう。
テニア王女の名前を聞いたシュルク陛下は、諦めたように大きく息を吐く。
「僕は、無理を……しないといけないんです。」
「カルセインの王としての執務は、それほど多いのですか?」
「いえ、執務の手伝いを僕が断っているだけです。ただその他にも、他国の調査や……危険分子の徹底弾圧のために動いています。休んでいられません」
「シュルク陛下……自身の幸せも優先してください」
私の言葉に、シュルク陛下は乾いた笑いをあげながら。
静かに視線を落として、小さく呟いた。
「僕は、幸せになったらいけないんですよ」
「え?」
「……」
戸惑いの言葉を述べた私と、無言のままのシルウィオ。
私達の反応を無視して、シュルク陛下は言葉を続ける。
「僕はあまりに多くの人を殺し過ぎました。だから幸せになってはいけない」
「っなにを……言って……」
「前回の人生。逆行魔法を使う直前……カルセイン王国は多くの国から進軍を受けていました」
思い出す事が辛いのか、彼の言葉は震えながらも話をしてくれた。
「僕が儀式の場へ向かう際、多くの者が……僕の代わりに身を挺して死んでいきました」
「……」
「足を止めれば救えた。共に戦えば……きっと生きていました。それを……僕は全て見て見ぬふりをして突き進むしかなかった」
彼の行動に間違いなんてない。そう言葉で伝えるのは簡単だ。
だけど……実際に多くの命を見捨ててた事実に、心が耐えられる者はそういない。
「心配してくれたテニアも、前回の人生……僕を庇って無数の剣に貫かれました」
「っ……」
「それでも……僕は見捨てる選択をした。お兄様と叫び、僕を見つめていたテニアを置いて……」
話し終えた彼は、いつもの笑みと違い。
瞳を潤ませ、悲しそうな表情で言葉を紡ぐ。
「だから、僕は幸せになんてなってはいけないんです。前回の人生……見捨てた皆が、幸せな僕を許してはくれるはずがない」
「……」
「忙しくするのは、贖罪でもあるんです。前回で見捨てた皆を幸せにするため、もう二度と……戦争など起こさせない」
私には、どのような言葉をかけるべきか分からなかった。
前回の人生の悲劇は、私が亡くなった後のこと。
その悲惨な光景も知らぬ私に……簡単に励ます事などできない。
暫しの沈黙が流れた時。
……隣で無言で立っていた彼が、ゆっくりと口を開いた。
「俺も、同じだ。シュルク……」
「えっ!?」
「っ!?」
「前回の人生、儀式を成功へ導くため……多くを犠牲にした。何百、何千人もの命を捨てた」
シルウィオが……前世の記憶を思い出している?
突然の事実に驚くが、彼が伝えなかった理由も分かった。
悲惨な事実を、わざわざ聞かせたくなかったのだろう。
「シルウィオ皇帝……それなら、なぜ……貴方は……」
「お前を庇った者は、お前が不幸となる事を望んだのか?」
「……」
「あの時……皆が一つの意志を元に集っていた。時間を戻して悲惨な末路を変えてくれると信じて、身を投げていたのだろう」
「皇帝……」
「その覚悟を、お前が無駄にしてやるな。誰もお前の不幸を願って死んでなどいない、そんな軽い覚悟で……誰もあの時間を生きてはいない」
「僕は……それでも、幸せになんて」
瞳を潤ませ、躊躇う彼。
シルウィオが私の背を押して、小さく頷く。
好きにしろと言われた気がして、彼に答えるようにシュルク陛下の肩を叩いた。
「付いて来て下さい、シュルク陛下」
「……」
彼を連れて行ったのは、子供達のいる庭園が見える場所。
楽しそうに遊ぶ子供達や、魔法を見せてくれているテニア。
そこには一切の不幸なんてなく、幸せな光景であった。
「私は……前回の悲惨な光景を知りません。だから……貴方の気持ちに共感ができない」
「……」
「それでも、貴方が居てくれたから。私もシルウィオも……庭園に居るみんなが、幸せになれたのです」
「カーティア……皇后」
「だから、幸せになってください。それを私は願っております」
「僕は……」
彼が抱える罪悪感、見捨てた者達の悲鳴や叫び。
それが簡単に幸せになる事を許してはくれないのだろう。
だけど。シルウィオが彼の背を強く叩いた。
「お前のおかげで、皆が生きている」
「っ!!」
「だったら、後ろを向いてないで前を向け。王たるお前が、胸を張らずにいてどうする」
「……」
「誇れ、お前は俺やカティだけでなく……皆を救ったのだから」
「……っ」
シルウィオの言葉に、シュルク陛下は堪えながらも涙を流す。
幸せそうな子供達やテニア王女を見ながら、彼は確認するように呟いた。
「僕が……幸せになっても良いと?」
「あぁ、当然だ」
「皆を見捨てた僕が?」
「見捨てていない、救っただろう。目の前で笑っている者を」
シュルク陛下の罪悪感。
それを払拭するように、シルウィオは彼の背を叩いた。
「それに、お前は幸せになる義務がある。昔……言ったはずだ、リルを悲しませるなと」
「…………は、ははは。そうですね……そうでしたよ」
涙を流しながら朗らかに笑ったシュルク陛下は、今まで見たどの笑顔よりも、憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていた。
「ありがとうございます。シルウィオ皇帝……カーティア皇后」
その笑みを見れば分かる。
彼はようやく。前回の人生から、前を向けたのだと。
◇◇◇
その後は三日ほど、カルセイン王国を観光させてもらった。
その間、シュルク陛下は執務を皆にも頼り、よく眠るようになったとテニアからお礼を告げられた。
そして、別れの時がきた。
「本当にお世話になりました。皆さん」
「お師匠! また来るからね!」
「うん、待ってるよ。お姫様」
シュルク陛下の見送りを受けながら、私達は次の国へ向かうために馬車へ乗り込む。
魔法で出来たおもちゃ類は、山のように頂いた。
今もテアやイヴァが、馬車の中で魔法のぬいぐるみを動かしている。
「ありがとう! シュルクおにいさん!」
「あーう!」
「はは、次はもっと楽しいおもちゃを考えておくよ。いつでもおいで」
シュルク陛下は子供達に笑いかけながら、最後に馬車に乗り込む私達へと深くお辞儀をした。
「感謝します。貴方達のおかげで……幸せになろうと改めて思えました」
「シュルク陛下、私達はずっと貴方の幸せを祈っておりますよ」
「リルのためにも幸せになれ……いいな」
「はい! それでは……アイゼン帝国に永遠の繁栄を」
「さようなら、シュルク陛下。カルセイン王国へ……永遠の安寧を」
別れを済ませて、私達は次の国へ向かう。
前を向き始めたシュルク陛下ならば……きっともう大丈夫だろう。
「陛下……カルセインって、いいところでしたね……」
「そうだな」
「動くぬいぐるみ、俺も一ついいですか? 家族に見せたくて」
「ふ……好きにしろ」
童心に返って遊んでいたグレインは、えらくカルセインが気に入った様子だった。
そんな満足した子共達やグレインを見て、シルウィオと私は微笑みを漏らす。
そして、次の国へと馬車が走った。
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