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二巡「変化」
18話
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私の手を掴み、指先が肌に食い込む力でレオンは引き込む。
「ガデリス。護衛騎士ごときがセレリナに寄るな」
「なにを言っているの、レオン。もう貴方に私を縛る権利はない!」
拒絶した言葉に、レオンは苦しそうな表情を浮かべた。
「逃げることは許さん。俺は……お前の罪を償わせるため……」
「同じ問答を繰り返す気はないの。離しなさい」
だが、レオンの指がさらに肌に食い込む。
ジンとした痛みが走り、思わず顔をしかめた。
「王妃を降りたとて、周囲の見る目は変わらん。すぐに王宮を出るなど認めない、ましてや他の男を傍に置くなど許すはずもない!」
思い出した。
この人の前回の記憶では、私への憎しみの他に僅かながら恋情が残っていた。
それが愛憎となり、葛藤を生む種でもあったのだ。
その気持ちが、私が繋ぎ止めようとしているの?
「何をしようと私の自由です。貴方をもう支える気はありません」
「っ!! まて……せめて、暫く王宮から離れることは許さん。俺の目の届く場所に居ろ!」
「あれだけ拒絶しておきながら残ってほしいのですか? 意味が分かりません。離して!」
振り払うように手を勢いよく引くが、レオンの力に敵わない。
無理やり連れていかれようとした時。
「……セレリナ様の御身に傷がつく。離せ」
「っが!!?!」
淡々と呟かれた言葉と同時に、ガデリスがレオンの首を掴んだ。
絞まった首で呼吸にあえいだレオンは力が抜け、私の手をするりと離す。
途端、ガデリスが彼を壁へと押し当てた。
「セレリナ様が望まぬなら、その肌に触れるのも許さん」
「あ……ぐっ……貴様、護衛騎士の分際で、こんな事をして許されると思っているのか!!」
「守るべきセレリナ様のためだ」
ガデリスは冷たい無表情でレオンを睨む。
そのまま私の前に立ってくれた。
「貴様の行為は、王家への侮辱と同じだぞ」
咳き込みつつ、レオンは威勢を失わずに私とガデリスを睨みつける。
愛憎が渦巻く瞳で、ジッと私から視線を外さない。
「ガデリス、貴様は近衛騎士として王宮に立ち入る事を許可していたが……その権利を剝奪する。王家の騎士への推薦も取り消しだ」
「……」
「こんな事をして、ただで済むと思っていたか? もうセレリナに関わる事も許さん!」
「レオン、貴方にそのような権利があると思っているの?」
「黙れ! 王家に手を挙げた護衛騎士など、お前の父に掛けあえば幾らでも処罰は下せる!」
今度は私からガデリスを離すつもり?
レオンの気持ちは、理解できぬほど愛憎にまみれている。
憎しみながら、私が誰かと共にいるのは耐えられないなど……厄介極まりない。
「セレリナ様……王妃を降りるというのは、本当ですか?」
だが、ガデリスはレオンの言葉に反応を示さず問いかけを漏らす。
その眼差しに、首を縦に振った。
「えぇ、もう決定しており、意思は変わりません」
「……そう、ですか」
ガデリスは何かを考え込み、暫し沈黙する。
レオンのまくしたてる雑言も意に介していない。
一体、どうしたの……?
「おいおい、妃を降りたお前じゃ……きっと護る価値がないと思ったんじゃないか?」
「……」
私の肩にのっていた悪魔のムトが、面白がった声を漏らす。
いつの間にか子犬の姿から、以前の目玉に戻っている……
喜色を孕む声色は、発した言葉が実現するのを望んでいるようだ。
「お前を護るメリットが無くなれば離れるに決まってる。お前を護ってくれる者なんてどこにも」
「うるさい」
「あぶね! おま!」
小声で呟き、ムトの目玉に指を刺そうとすれば慌てていた。
黙ってくれたようで良かった。
「なにし……」
「可愛くと、言ったはずよ」
「……」
ムトは怯え、また元の子犬に戻った。
これでいい。
「い、いくら強がっても護衛騎士は以前のようにお前を護ってくれるか? そんなはずが……」
いや、レオンの記憶を知る私なら分かる。
前回、ガデリスは死すら厭わずに怒りを示していた。
その感情は損得で決めていたことではないはず。
「セレリナ様……妃を降りるのは本当なのですね?」
「……はい」
だがそれでも、ムトの言葉が脳裏にちらつき。
続くガデリスの言葉を警戒させた。
「なら…………俺は、もう我慢しなくていいのですね」
「…………え?」
途端、ガデリスは笑みを浮かべて私の身体を軽々と抱き上げた。
そのまま、レオンに背を向け歩き出す。
「お、おい! 待て! なにをしている! お前……セレリナに触れるな! 聞いているのか!」
「ガデリス……なにを……」
「セレリナ様。貴方がようやく陛下を見放してくれたなら、俺はもう自由にしていいですよね?」
「それは、どういう……」
「俺は、これからは我慢せず貴方に尽くします。幼少より諦めていた想い……貴方に振り向いてもらう機会が、ようやく来たのですから」
そう言って、周囲の視線やレオンの言葉も意に介さずにガデリスは歩き出す。
当然ながら、レオンがその肩を掴んだ。
「待て! セレリナをどこに連れ行く、触れるな! はな––」
言葉の途中で、レオンの身体が地に伏せた。
鳩尾を抑え、嗚咽しながら咳き込んでいる。
「陛下、貴方に俺を止める権利はない。俺が従うのはセレリナ様だけだ」
ガデリスの片手が、拳を握っている。
見えない速さで……彼がレオンを力で黙らせたのだろうか。
ガデリスが力を振るった姿は、誰も見えてはおらず……レオンすらも訳が分からずに呆然と苦しんでいた。
「もう、セレリナ様の傍には俺がいる。この方にはこれから、俺が尽くす」
「な……待て。セレリナを……置いて……いけ。触れる……な」
呟くレオンの瞳は、憎しみでは無かった。
まるで、別れを惜しむかのように苦し気に嗚咽を漏らしながら、私の名を呼び続けていた。
「さて、セレリナ様。まずはご実家に帰りましょう。お荷物や、妃を降りるための必要な手続きなどは、俺の部下が持ってまいります……どうか、今はごゆっくりとお身体をお休みください」
「ガデリス……」
「もう俺は、我慢せずに貴方に尽くしますから」
ゆるんで少し開いた唇が、頬に笑みを浮かべる。
その視線には今まで見た事がない熱を帯び、恍惚という言葉がよく似合う表情で私を抱きかかえて歩き続けるのだ。
正直、想定外だ。
予想の上の上、ガデリスのタガを外してしまった事を悟る。
どうやら彼は、私と同じく気持ちを我慢し続けていた。
それが……解放されてしまったのだ。
「おい……俺の期待がことごとく外れてるんだが……」
ムトは、色々と諦めたようなか細いため息を吐いた。
「ガデリス。護衛騎士ごときがセレリナに寄るな」
「なにを言っているの、レオン。もう貴方に私を縛る権利はない!」
拒絶した言葉に、レオンは苦しそうな表情を浮かべた。
「逃げることは許さん。俺は……お前の罪を償わせるため……」
「同じ問答を繰り返す気はないの。離しなさい」
だが、レオンの指がさらに肌に食い込む。
ジンとした痛みが走り、思わず顔をしかめた。
「王妃を降りたとて、周囲の見る目は変わらん。すぐに王宮を出るなど認めない、ましてや他の男を傍に置くなど許すはずもない!」
思い出した。
この人の前回の記憶では、私への憎しみの他に僅かながら恋情が残っていた。
それが愛憎となり、葛藤を生む種でもあったのだ。
その気持ちが、私が繋ぎ止めようとしているの?
「何をしようと私の自由です。貴方をもう支える気はありません」
「っ!! まて……せめて、暫く王宮から離れることは許さん。俺の目の届く場所に居ろ!」
「あれだけ拒絶しておきながら残ってほしいのですか? 意味が分かりません。離して!」
振り払うように手を勢いよく引くが、レオンの力に敵わない。
無理やり連れていかれようとした時。
「……セレリナ様の御身に傷がつく。離せ」
「っが!!?!」
淡々と呟かれた言葉と同時に、ガデリスがレオンの首を掴んだ。
絞まった首で呼吸にあえいだレオンは力が抜け、私の手をするりと離す。
途端、ガデリスが彼を壁へと押し当てた。
「セレリナ様が望まぬなら、その肌に触れるのも許さん」
「あ……ぐっ……貴様、護衛騎士の分際で、こんな事をして許されると思っているのか!!」
「守るべきセレリナ様のためだ」
ガデリスは冷たい無表情でレオンを睨む。
そのまま私の前に立ってくれた。
「貴様の行為は、王家への侮辱と同じだぞ」
咳き込みつつ、レオンは威勢を失わずに私とガデリスを睨みつける。
愛憎が渦巻く瞳で、ジッと私から視線を外さない。
「ガデリス、貴様は近衛騎士として王宮に立ち入る事を許可していたが……その権利を剝奪する。王家の騎士への推薦も取り消しだ」
「……」
「こんな事をして、ただで済むと思っていたか? もうセレリナに関わる事も許さん!」
「レオン、貴方にそのような権利があると思っているの?」
「黙れ! 王家に手を挙げた護衛騎士など、お前の父に掛けあえば幾らでも処罰は下せる!」
今度は私からガデリスを離すつもり?
レオンの気持ちは、理解できぬほど愛憎にまみれている。
憎しみながら、私が誰かと共にいるのは耐えられないなど……厄介極まりない。
「セレリナ様……王妃を降りるというのは、本当ですか?」
だが、ガデリスはレオンの言葉に反応を示さず問いかけを漏らす。
その眼差しに、首を縦に振った。
「えぇ、もう決定しており、意思は変わりません」
「……そう、ですか」
ガデリスは何かを考え込み、暫し沈黙する。
レオンのまくしたてる雑言も意に介していない。
一体、どうしたの……?
「おいおい、妃を降りたお前じゃ……きっと護る価値がないと思ったんじゃないか?」
「……」
私の肩にのっていた悪魔のムトが、面白がった声を漏らす。
いつの間にか子犬の姿から、以前の目玉に戻っている……
喜色を孕む声色は、発した言葉が実現するのを望んでいるようだ。
「お前を護るメリットが無くなれば離れるに決まってる。お前を護ってくれる者なんてどこにも」
「うるさい」
「あぶね! おま!」
小声で呟き、ムトの目玉に指を刺そうとすれば慌てていた。
黙ってくれたようで良かった。
「なにし……」
「可愛くと、言ったはずよ」
「……」
ムトは怯え、また元の子犬に戻った。
これでいい。
「い、いくら強がっても護衛騎士は以前のようにお前を護ってくれるか? そんなはずが……」
いや、レオンの記憶を知る私なら分かる。
前回、ガデリスは死すら厭わずに怒りを示していた。
その感情は損得で決めていたことではないはず。
「セレリナ様……妃を降りるのは本当なのですね?」
「……はい」
だがそれでも、ムトの言葉が脳裏にちらつき。
続くガデリスの言葉を警戒させた。
「なら…………俺は、もう我慢しなくていいのですね」
「…………え?」
途端、ガデリスは笑みを浮かべて私の身体を軽々と抱き上げた。
そのまま、レオンに背を向け歩き出す。
「お、おい! 待て! なにをしている! お前……セレリナに触れるな! 聞いているのか!」
「ガデリス……なにを……」
「セレリナ様。貴方がようやく陛下を見放してくれたなら、俺はもう自由にしていいですよね?」
「それは、どういう……」
「俺は、これからは我慢せず貴方に尽くします。幼少より諦めていた想い……貴方に振り向いてもらう機会が、ようやく来たのですから」
そう言って、周囲の視線やレオンの言葉も意に介さずにガデリスは歩き出す。
当然ながら、レオンがその肩を掴んだ。
「待て! セレリナをどこに連れ行く、触れるな! はな––」
言葉の途中で、レオンの身体が地に伏せた。
鳩尾を抑え、嗚咽しながら咳き込んでいる。
「陛下、貴方に俺を止める権利はない。俺が従うのはセレリナ様だけだ」
ガデリスの片手が、拳を握っている。
見えない速さで……彼がレオンを力で黙らせたのだろうか。
ガデリスが力を振るった姿は、誰も見えてはおらず……レオンすらも訳が分からずに呆然と苦しんでいた。
「もう、セレリナ様の傍には俺がいる。この方にはこれから、俺が尽くす」
「な……待て。セレリナを……置いて……いけ。触れる……な」
呟くレオンの瞳は、憎しみでは無かった。
まるで、別れを惜しむかのように苦し気に嗚咽を漏らしながら、私の名を呼び続けていた。
「さて、セレリナ様。まずはご実家に帰りましょう。お荷物や、妃を降りるための必要な手続きなどは、俺の部下が持ってまいります……どうか、今はごゆっくりとお身体をお休みください」
「ガデリス……」
「もう俺は、我慢せずに貴方に尽くしますから」
ゆるんで少し開いた唇が、頬に笑みを浮かべる。
その視線には今まで見た事がない熱を帯び、恍惚という言葉がよく似合う表情で私を抱きかかえて歩き続けるのだ。
正直、想定外だ。
予想の上の上、ガデリスのタガを外してしまった事を悟る。
どうやら彼は、私と同じく気持ちを我慢し続けていた。
それが……解放されてしまったのだ。
「おい……俺の期待がことごとく外れてるんだが……」
ムトは、色々と諦めたようなか細いため息を吐いた。
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