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二巡「変化」
19話
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思わぬ形で、王宮を即日に出る事ができ……私の実家であうフォンド公爵家へと馬車を走らせる。
ここまではいいのだが、ガデリスの変貌ぶりに思考が追いつかない。
彼は普段表情を表に出さず、生真面目で無口。
それが私の知る姿だ。
だけど、今は……輝きすら感じる笑みを浮かべる。
「セレリナ様、寒くはありませんか?」
「だ、大丈夫よガデリス。気にしないで……」
「いえ、そうはいきません。貴方の御身が最優先です」
呟き、凛々しい顔立ちで私を見つめる姿に、嫌でも鼓動が高鳴る。
普段から馬車での二人きりはよくある事だが、今日の彼は隣に居り、息遣いすら聞こえた。
「そこまで……私に想いを抱いてくれたのですか」
問いかけに、彼は迷いなく頷いた。
「えぇ……貴方への気持ちを押し殺す事、どれだけ辛かったか」
今までの悲壮感を漏らしつつ。
ガデリスはそれらを振り払い、淫靡な頬笑みを漏らして私の手を握る。
「……でも、もう我慢しなくていいなら。セレリナ様の視線が俺に向くまで、これからは惜しまず想いを伝えます」
「そ…れは、いきなりすぎです。それに……私にはやる事が……」
「では、せめて貴方の視線が他の男に向いてしまわぬよう、この身を尽くす許可をください」
驚くほどに素直で直接的な言葉に、動揺と混乱が抑えられぬ。
頬が熱くなるのは、これほど情熱的な視線を送る人と会った事がないから。
「ですが、いきなり横抱きなどは……控えてくださいね」
「っ……嫌でしたか?」
「そうではありませんが……羞恥というものが……」
連れ出した時のことを思い出し、ガデリスは顔を火照らせた。
そして、勢いよく土下座までし始めた。
「申し訳ありません。セレリナ様の御身に許可なく触れ……羞恥を味合わせるなど」
「い、いいから。顔をあげて……ガデリス」
私が彼の頬に触れた瞬間、ガデリスは潤んだ瞳を私に向ける。
まるで拾ってきた犬のように、怯えつつ、私へ許しを懇願するのだ。
「うっ……セレリナ様、俺などを許し、触れてくださるのですか……?」
「今まで同じような事はあったでしょう?」
「諦めていた時とは……違うのです」
肥大している愛情とは裏腹に、その内は思った以上に初心らしい。
むしろ今までよりも表情を表に出すガデリスは親しみやすい。
レオンと対峙していた時は恐ろしい表情だったのに。
私の前に居る姿は、人に慣れ始めた犬のように喜びの笑みを絶やさない。
ムトもこれぐらいに愛らしさがあれば……
「……お前、今俺のことみたか?」
「いえ」
ジッと睨んだムトを無視し、ガデリスとも落ち着いて話をする。
父––フォンド公爵の元へ向かうのだ。
優しかった父なら、きっと事情を聞いて受け入れてくれるはず……
◇◇◇
しかし、淡い希望は砕かれた。
呼び出された書斎で、父は執筆の筆を止めて拳を握って叫んだ。
「王妃を降りただと、セレリナ……それがフォンド公爵家にどれだけ損害を与えると思っている。ガデリス、セレリナを止めるのはお前の仕事だろう!」
父は声を荒げて、私とガデリスを叱咤する。
いつも優しくて……どんな時だって心配の言葉をくれていた父だが。
今は……レオンの記憶で見たように、怒りを瞳に灯していた。
「お父様、報告を先に送っていたはずです。私が不当に疑われていて……」
「だとしても、王妃を降りる選択など許すはずがない。私がどれだけお前が王妃となる事を望んでいたか分かるか?」
「お父様は、私が苦しんで生きろと?」
「あぁ……お前は貴族に産まれた身なら、家のために耐える事も必要だ」
父は、私とアンネッテとの交友も否定していた人だった。
政略のため、王妃の座に一番固執していたともいえる。
しかし、その判断は公爵家としては当然のこと。
娘が王妃となれば、貴族派閥の中では飛躍して立場を得る。
家の発展と存続を最優先する当主としては、当たり前の判断に違いない。
ましてや、父は私が我慢の末に殺されるなど知る由もなく、考えは変わる事は望めない。
「今すぐに王家に謝罪し、王妃の座に戻れ」
「……いえ、できません」
父の判断を受け入れられるはずもない。
変えた未来が全て戻ってしまうのだから。
「セレリナ、もしもお前が断るのなら。私も無理強いしなくてはならん」
「っ!!」
父が手を叩けば、多くの私兵達が私とガデリスを囲った。
「父として、娘を捕えて王家に差し出す真似はしたくない。大人しく聞け」
「それが、お父様の判断なのですか? 娘が……不当に扱われるのが望みだと!」
「っ……我が公爵家の繁栄のためだ! それが出来ぬなら、お前を娘とも思わん!」
残念だ。
父の答えは期待通りにはいかなかった。
だが……決して想定外という訳ではない。
「お父様、それが……公爵家に尽くしてきた私への判断ですか?」
「っ!! ……何が言いたい」
「私は王妃として公爵家に対し、数え切れぬ恩恵を生んだはずです」
「そ、それは認めている。だが……」
「お父様が喜んでくれるならと、尽力しておりました。そんな私が苦痛から抜け出したのに、お父様は連れ戻すというのですね?」
「……」
父は暫し、苦悶の表情を浮かべて考え込む。
額に汗が流れる程に時間が流れ、その眼差しを私に向けた。
「やはり、王妃を降りるという判断は認可できん。今すぐに王家へと連れ戻す!」
「っ!」
父が手を挙げれば、私兵達が押し寄せて私へ手を伸ばす。
だが……
「頼めますか、ガデリス」
「承知いたしました」
指示を飛ばした瞬間、ガデリスがその私兵達を次々と体術によって気絶させる。
相変わらず、容赦ない仕事ぶりだ。
「な……なにを……」
「決めていたのです。もしもお父様が私の選択を受け入れてくれないなら、この公爵家すらも出ていくと」
「な……ま、待て! セレリナ! 王妃の座は必要なんだ……どうか聞け! 出て行くな!」
「行きましょう。ガデリス」
「はい、セレリナ様」
叫ぶ父の言葉を聞く事は出来ない。
最悪の未来、同じ末路は辿れないのだから。
「ま……待て! セレリナ! 待ってくれ! どうか話を……」
ごめんなさい、お父様。
たとえ認められなくとも、私は最悪の未来を回避する選択をとるしかない。
制止の声を背に受けながら、私達は邸を去った。
暫し歩き。
夜闇の中に隠していた馬車へと乗り込む。
「セレリナ様……約束通り、来て下さいますね」
「……お願い、できますか?」
「はい!」
良くない結果だが、予想はしていた。
だから、公爵家以外に身を隠して暮らす場所を事前に決めていた
向かう先に緊張は残るが……
それでも、今はそこが安全だと信じる。
「向かってくれますか、ガデリスの邸へ」
「分かりました」
ガデリスが御者に指示を出し、走り出す。
レオンの考えを改めさせるため……前回と同じく、私の居ない王家を堪能してもらう。
それまでは、身の安全が保証された生活が最善だ。
ここまではいいのだが、ガデリスの変貌ぶりに思考が追いつかない。
彼は普段表情を表に出さず、生真面目で無口。
それが私の知る姿だ。
だけど、今は……輝きすら感じる笑みを浮かべる。
「セレリナ様、寒くはありませんか?」
「だ、大丈夫よガデリス。気にしないで……」
「いえ、そうはいきません。貴方の御身が最優先です」
呟き、凛々しい顔立ちで私を見つめる姿に、嫌でも鼓動が高鳴る。
普段から馬車での二人きりはよくある事だが、今日の彼は隣に居り、息遣いすら聞こえた。
「そこまで……私に想いを抱いてくれたのですか」
問いかけに、彼は迷いなく頷いた。
「えぇ……貴方への気持ちを押し殺す事、どれだけ辛かったか」
今までの悲壮感を漏らしつつ。
ガデリスはそれらを振り払い、淫靡な頬笑みを漏らして私の手を握る。
「……でも、もう我慢しなくていいなら。セレリナ様の視線が俺に向くまで、これからは惜しまず想いを伝えます」
「そ…れは、いきなりすぎです。それに……私にはやる事が……」
「では、せめて貴方の視線が他の男に向いてしまわぬよう、この身を尽くす許可をください」
驚くほどに素直で直接的な言葉に、動揺と混乱が抑えられぬ。
頬が熱くなるのは、これほど情熱的な視線を送る人と会った事がないから。
「ですが、いきなり横抱きなどは……控えてくださいね」
「っ……嫌でしたか?」
「そうではありませんが……羞恥というものが……」
連れ出した時のことを思い出し、ガデリスは顔を火照らせた。
そして、勢いよく土下座までし始めた。
「申し訳ありません。セレリナ様の御身に許可なく触れ……羞恥を味合わせるなど」
「い、いいから。顔をあげて……ガデリス」
私が彼の頬に触れた瞬間、ガデリスは潤んだ瞳を私に向ける。
まるで拾ってきた犬のように、怯えつつ、私へ許しを懇願するのだ。
「うっ……セレリナ様、俺などを許し、触れてくださるのですか……?」
「今まで同じような事はあったでしょう?」
「諦めていた時とは……違うのです」
肥大している愛情とは裏腹に、その内は思った以上に初心らしい。
むしろ今までよりも表情を表に出すガデリスは親しみやすい。
レオンと対峙していた時は恐ろしい表情だったのに。
私の前に居る姿は、人に慣れ始めた犬のように喜びの笑みを絶やさない。
ムトもこれぐらいに愛らしさがあれば……
「……お前、今俺のことみたか?」
「いえ」
ジッと睨んだムトを無視し、ガデリスとも落ち着いて話をする。
父––フォンド公爵の元へ向かうのだ。
優しかった父なら、きっと事情を聞いて受け入れてくれるはず……
◇◇◇
しかし、淡い希望は砕かれた。
呼び出された書斎で、父は執筆の筆を止めて拳を握って叫んだ。
「王妃を降りただと、セレリナ……それがフォンド公爵家にどれだけ損害を与えると思っている。ガデリス、セレリナを止めるのはお前の仕事だろう!」
父は声を荒げて、私とガデリスを叱咤する。
いつも優しくて……どんな時だって心配の言葉をくれていた父だが。
今は……レオンの記憶で見たように、怒りを瞳に灯していた。
「お父様、報告を先に送っていたはずです。私が不当に疑われていて……」
「だとしても、王妃を降りる選択など許すはずがない。私がどれだけお前が王妃となる事を望んでいたか分かるか?」
「お父様は、私が苦しんで生きろと?」
「あぁ……お前は貴族に産まれた身なら、家のために耐える事も必要だ」
父は、私とアンネッテとの交友も否定していた人だった。
政略のため、王妃の座に一番固執していたともいえる。
しかし、その判断は公爵家としては当然のこと。
娘が王妃となれば、貴族派閥の中では飛躍して立場を得る。
家の発展と存続を最優先する当主としては、当たり前の判断に違いない。
ましてや、父は私が我慢の末に殺されるなど知る由もなく、考えは変わる事は望めない。
「今すぐに王家に謝罪し、王妃の座に戻れ」
「……いえ、できません」
父の判断を受け入れられるはずもない。
変えた未来が全て戻ってしまうのだから。
「セレリナ、もしもお前が断るのなら。私も無理強いしなくてはならん」
「っ!!」
父が手を叩けば、多くの私兵達が私とガデリスを囲った。
「父として、娘を捕えて王家に差し出す真似はしたくない。大人しく聞け」
「それが、お父様の判断なのですか? 娘が……不当に扱われるのが望みだと!」
「っ……我が公爵家の繁栄のためだ! それが出来ぬなら、お前を娘とも思わん!」
残念だ。
父の答えは期待通りにはいかなかった。
だが……決して想定外という訳ではない。
「お父様、それが……公爵家に尽くしてきた私への判断ですか?」
「っ!! ……何が言いたい」
「私は王妃として公爵家に対し、数え切れぬ恩恵を生んだはずです」
「そ、それは認めている。だが……」
「お父様が喜んでくれるならと、尽力しておりました。そんな私が苦痛から抜け出したのに、お父様は連れ戻すというのですね?」
「……」
父は暫し、苦悶の表情を浮かべて考え込む。
額に汗が流れる程に時間が流れ、その眼差しを私に向けた。
「やはり、王妃を降りるという判断は認可できん。今すぐに王家へと連れ戻す!」
「っ!」
父が手を挙げれば、私兵達が押し寄せて私へ手を伸ばす。
だが……
「頼めますか、ガデリス」
「承知いたしました」
指示を飛ばした瞬間、ガデリスがその私兵達を次々と体術によって気絶させる。
相変わらず、容赦ない仕事ぶりだ。
「な……なにを……」
「決めていたのです。もしもお父様が私の選択を受け入れてくれないなら、この公爵家すらも出ていくと」
「な……ま、待て! セレリナ! 王妃の座は必要なんだ……どうか聞け! 出て行くな!」
「行きましょう。ガデリス」
「はい、セレリナ様」
叫ぶ父の言葉を聞く事は出来ない。
最悪の未来、同じ末路は辿れないのだから。
「ま……待て! セレリナ! 待ってくれ! どうか話を……」
ごめんなさい、お父様。
たとえ認められなくとも、私は最悪の未来を回避する選択をとるしかない。
制止の声を背に受けながら、私達は邸を去った。
暫し歩き。
夜闇の中に隠していた馬車へと乗り込む。
「セレリナ様……約束通り、来て下さいますね」
「……お願い、できますか?」
「はい!」
良くない結果だが、予想はしていた。
だから、公爵家以外に身を隠して暮らす場所を事前に決めていた
向かう先に緊張は残るが……
それでも、今はそこが安全だと信じる。
「向かってくれますか、ガデリスの邸へ」
「分かりました」
ガデリスが御者に指示を出し、走り出す。
レオンの考えを改めさせるため……前回と同じく、私の居ない王家を堪能してもらう。
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