3 / 11
仮初めの灯火
しおりを挟む
戦は、火のようなものだ。
燃え盛ればすべてを焼き、静まれば灰を残す。
その灰の上で、人はまた新たな命を営もうとする。
杜若の軍は、一度目の大勝を収めた。
敵軍を森の渓谷に追い込み、ほぼ壊滅状態にしたと報告された。
だが、その勝利の代償は小さくなかった。
特に、杜若の副官・賀清(がせい)が深手を負ったと知ったとき――黎花は、初めて声を荒げた。
⸻
「将軍、なぜ副官の退避をお命じにならなかったのですか!」
「奴は自ら志願した」
「志願したからといって、死なせていいのですか!」
杜若の眉がぴくりと動いた。
「……それが戦だ。誰かが行かねばならぬ。ならば、もっとも信じる者に頼る」
「信じることと、犠牲にすることは違います!」
ふたりの言葉が、冬の刃のようにぶつかる。
だがその夜、黎花は副官・賀清の寝所を訪れた。
彼はまだ眠らず、天井を見つめていた。
「黎花殿……生きている。信じられん」
「まだ、戦は終わっていません。ご自分の命の重さを、どうか……」
賀清はふと、笑う。
「杜若将軍は、情に薄いようでいて、実は誰より情に縛られている男です。
私のような老兵を、“必要な駒”と呼ぶ人間ではない」
「……将軍が」
「ええ。だからこそ、自分を責めているでしょう。今頃はきっと、夜も眠れずに」
黎花はその言葉に、何も返せなかった。
⸻
夜が更けた。
黎花が帳へ戻ると、灯がついていた。
「……将軍?」
「副官の容態は?」
「安定しています。ですが……」
「私の判断は間違っていたか?」
「……あなたがそう思うのなら、間違いなのでしょう」
「黎花、そなたは、私に怒っているか」
「はい。怒っています。誰かが苦しんでいるのに、無表情を装うあなたに」
静寂が落ちる。
杜若は、ふと机上の燭台を見つめた。
細い火がゆらめいている。
「これは、賀清がくれた。戦の前夜、よく眠れぬ私に“せめて明かりだけでも”と」
「……あたたかい方ですね」
「だからこそ、死なせたくなかった」
その声に、黎花は小さく息を呑む。
「将軍」
「黎花。貴女の言葉は、ときに私の鎧を溶かす。
だが、鎧を脱げば、私はただの男だ。剣もなく、盾もなく、守れぬ」
「……私は、そんなあなたを見て、はじめて心が震えます」
沈黙の中、灯火が揺れる。
杜若はゆっくりと、黎花のほうを見た。
「黎花。貴女の記す物語に、私は生きているか」
「はい。将軍は、私の中で――いえ、皆の中で、確かに生きています」
「……ならば、いつか。戦が終わったその時、
私はただの男として、貴女の隣にいても良いか」
黎花は目を見開く。
だがすぐ、微かに頷いた。
「その日が来るなら――私は、あなたの言葉を記す筆を、置きましょう」
⸻
その夜、ふたりは灯のもとで言葉を交わした。
戦火の合間に、確かに灯った小さな温もり。
それは、仮初めのものかもしれない。
けれど――
春は、どこかで確実に近づいていた。
燃え盛ればすべてを焼き、静まれば灰を残す。
その灰の上で、人はまた新たな命を営もうとする。
杜若の軍は、一度目の大勝を収めた。
敵軍を森の渓谷に追い込み、ほぼ壊滅状態にしたと報告された。
だが、その勝利の代償は小さくなかった。
特に、杜若の副官・賀清(がせい)が深手を負ったと知ったとき――黎花は、初めて声を荒げた。
⸻
「将軍、なぜ副官の退避をお命じにならなかったのですか!」
「奴は自ら志願した」
「志願したからといって、死なせていいのですか!」
杜若の眉がぴくりと動いた。
「……それが戦だ。誰かが行かねばならぬ。ならば、もっとも信じる者に頼る」
「信じることと、犠牲にすることは違います!」
ふたりの言葉が、冬の刃のようにぶつかる。
だがその夜、黎花は副官・賀清の寝所を訪れた。
彼はまだ眠らず、天井を見つめていた。
「黎花殿……生きている。信じられん」
「まだ、戦は終わっていません。ご自分の命の重さを、どうか……」
賀清はふと、笑う。
「杜若将軍は、情に薄いようでいて、実は誰より情に縛られている男です。
私のような老兵を、“必要な駒”と呼ぶ人間ではない」
「……将軍が」
「ええ。だからこそ、自分を責めているでしょう。今頃はきっと、夜も眠れずに」
黎花はその言葉に、何も返せなかった。
⸻
夜が更けた。
黎花が帳へ戻ると、灯がついていた。
「……将軍?」
「副官の容態は?」
「安定しています。ですが……」
「私の判断は間違っていたか?」
「……あなたがそう思うのなら、間違いなのでしょう」
「黎花、そなたは、私に怒っているか」
「はい。怒っています。誰かが苦しんでいるのに、無表情を装うあなたに」
静寂が落ちる。
杜若は、ふと机上の燭台を見つめた。
細い火がゆらめいている。
「これは、賀清がくれた。戦の前夜、よく眠れぬ私に“せめて明かりだけでも”と」
「……あたたかい方ですね」
「だからこそ、死なせたくなかった」
その声に、黎花は小さく息を呑む。
「将軍」
「黎花。貴女の言葉は、ときに私の鎧を溶かす。
だが、鎧を脱げば、私はただの男だ。剣もなく、盾もなく、守れぬ」
「……私は、そんなあなたを見て、はじめて心が震えます」
沈黙の中、灯火が揺れる。
杜若はゆっくりと、黎花のほうを見た。
「黎花。貴女の記す物語に、私は生きているか」
「はい。将軍は、私の中で――いえ、皆の中で、確かに生きています」
「……ならば、いつか。戦が終わったその時、
私はただの男として、貴女の隣にいても良いか」
黎花は目を見開く。
だがすぐ、微かに頷いた。
「その日が来るなら――私は、あなたの言葉を記す筆を、置きましょう」
⸻
その夜、ふたりは灯のもとで言葉を交わした。
戦火の合間に、確かに灯った小さな温もり。
それは、仮初めのものかもしれない。
けれど――
春は、どこかで確実に近づいていた。
0
あなたにおすすめの小説
真実の愛は水晶の中に
立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。
しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。
※「なろう」にも重複投稿しています。
雪とともに消えた記憶~冬に起きた奇跡~
梅雨の人
恋愛
記憶が戻らないままだったら…そうつぶやく私にあなたは
「忘れるだけ忘れてしまったままでいい。君は私の指のごつごつした指の感触だけは思い出してくれた。それがすべてだ。」
そういって抱きしめてくれた暖かなあなたのぬくもりが好きよ。
雪と共に、私の夫だった人の記憶も、全て溶けて消えてしまった私はあなたと共に生きていく。
偽りの愛に囚われた私と、彼が隠した秘密の財産〜最低義母が全てを失う日
紅葉山参
恋愛
裕福なキョーヘーと結婚し、誰もが羨む生活を手に入れたはずのユリネ。しかし、待っていたのはキョーヘーの母親、アイコからの陰湿なイジメでした。
「お前はあの家にふさわしくない」毎日浴びせられる罵倒と理不尽な要求。愛する旦那様の助けもなく、ユリネの心は少しずつ摩耗していきます。
しかし、ある日、ユリネは見てしまうのです。義母アイコが夫キョーヘーの大切な財産に、人知れず手をつけている決定的な証拠を。
それは、キョーヘーが将来ユリネのためにと秘密にしていた、ある会社の株券でした。
最低なアイコの裏切りを知った時、ユリネとキョーヘーの関係、そしてこの偽りの家族の運命は一変します。
全てを失うアイコへの痛快な復讐劇が、今、幕を開けるのです。
どんなあなたでも愛してる。
piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー
騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。
どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか?
※全四話+後日談一話。
※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。
※なろうにも投稿しています。
この結婚には、意味がある?
みこと。
恋愛
公爵家に降嫁した王女アリアは、初夜に夫から「オープンマリッジ」を提案される。
婚姻関係を維持しながら、他の異性との遊戯を認めろ、という要求を、アリアはどう解釈するのか?
王宮で冷遇されていた王女アリアの、密かな目的とは。
この結婚は、アリアにとってどんな意味がある?
※他のサイトにも掲載しています。
※他タイトル『沈黙の聖女は、ある日すべてを暴露する』も収録。←まったく別のお話です
悪女の最後の手紙
新川 さとし
恋愛
王国を揺るがす地震が続く中、王子の隣に立っていたのは、婚約者ではなかった。
人々から「悪女」と呼ばれた、ひとりの少女。
彼女は笑い、奪い、好き勝手に振る舞っているように見えた。
婚約者である令嬢は、ただ黙って、その光景を見つめるしかなかった。
理由も知らされないまま、少しずつ立場を奪われ、周囲の視線と噂に耐えながら。
やがて地震は収まり、王国には安堵が訪れる。
――その直後、一通の手紙が届く。
それは、世界の見え方を、静かに反転させる手紙だった。
悪女と呼ばれた少女が、誰にも知られぬまま選び取った「最後の選択」を描いた物語。
表紙の作成と、文章の校正にAIを利用しています。
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる