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静夜の誓い
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戦は避けられた。
杜若の策と黎花の文が、敵将を退かせ、砦に平穏が戻った。
だが、その静けさは長くは続かなかった。
「都からの勅命です。黎花殿を、今すぐ宮廷へ戻すようにとのこと」
突然の報に、砦は騒然となった。
「なぜ今……」
杜若が呟く。
彼の瞳には、明らかな怒りが宿っていた。
黎花が筆で勝った。
それが都に伝わったのだろう。
だがそれは同時に、黎花という“才”が、王の下で使われるべき存在だと評価された証でもあった。
「黎花を、宮廷に戻す気はない」
「将軍、それは……逆らえば反逆の疑いも」
「かまわん。ここで彼女を失えば、この地は再び戦に沈む」
杜若は静かに言い放った。
⸻
その夜、黎花は一人、部屋の窓から空を見上げていた。
月は満ち、砦を照らしていた。
その光の下で、彼女の心も揺れていた。
「都へ戻れば、筆を以て国を支えることができる」
「けれど――杜若様と離れることになる」
まるで胸に二本の筆を突き立てるような思いだった。
ふと、戸がそっと開いた。
振り向けば、杜若が立っていた。
「……眠れぬのか」
「はい。月が……まぶしくて」
「それは嘘だな。心が揺れている顔をしている」
彼は静かに彼女の隣に座った。
「都へ戻るべきか、それともここに残るべきか」
「……将軍の元にいたい。けれど、それが王命に背くことなら」
「私が守る。貴女がどの道を選ぼうと」
杜若の声は、夜の風よりも柔らかく、確かだった。
「黎花。お前をここに引き止めたい。だが、選ぶのはお前自身だ」
「……わかっています」
「都は、筆を求める。だが、私はお前の“心”が欲しい。筆ではない。言葉ではない。……貴女そのものを」
黎花は瞳を見開いた。
杜若が、こんなにも真っ直ぐに想いを告げたのは初めてだった。
「杜若様……私も、あなたと共にありたい。筆を持つより、あなたの隣で、生きたい」
「……ならば」
杜若は、そっと懐から一枚の小さな札を取り出した。
「これは、都で働く筆の者に与えられる“身分証”だ。実は、王から先日私に届けられた」
「なぜ将軍に?」
「“もし彼女を返さぬなら、代わりにそなたが都で筆を振るえ”と、な」
黎花はくすっと笑った。
「将軍が筆を?」
「それも悪くはないかもな。お前の真似をしてみるのも」
ふたりの笑い声が、月夜の静寂を和らげていく。
⸻
その夜、黎花は決意した。
「私は、ここに残ります。王命に背くことになっても――私は、あなたを選びます」
「……その言葉を聞けて、嬉しい」
「けれど、いつかまた勅命が来たら?」
「そのときは、ふたりで都へ行こう。王に直訴する。筆だけではない、魂で訴える。それが叶わぬなら――都など捨てればいい」
黎花の瞳に涙が光った。
そしてふたりは、そっと寄り添い、指を絡める。
「静夜の誓いです。――私は、あなたと生きます」
「この命が尽きるその時まで、私は君を守り抜く」
月がふたりを照らし、風が花の香を運んでいく。
どんな未来が待とうとも、今夜の誓いだけは、永遠に変わらぬものとして――
杜若の策と黎花の文が、敵将を退かせ、砦に平穏が戻った。
だが、その静けさは長くは続かなかった。
「都からの勅命です。黎花殿を、今すぐ宮廷へ戻すようにとのこと」
突然の報に、砦は騒然となった。
「なぜ今……」
杜若が呟く。
彼の瞳には、明らかな怒りが宿っていた。
黎花が筆で勝った。
それが都に伝わったのだろう。
だがそれは同時に、黎花という“才”が、王の下で使われるべき存在だと評価された証でもあった。
「黎花を、宮廷に戻す気はない」
「将軍、それは……逆らえば反逆の疑いも」
「かまわん。ここで彼女を失えば、この地は再び戦に沈む」
杜若は静かに言い放った。
⸻
その夜、黎花は一人、部屋の窓から空を見上げていた。
月は満ち、砦を照らしていた。
その光の下で、彼女の心も揺れていた。
「都へ戻れば、筆を以て国を支えることができる」
「けれど――杜若様と離れることになる」
まるで胸に二本の筆を突き立てるような思いだった。
ふと、戸がそっと開いた。
振り向けば、杜若が立っていた。
「……眠れぬのか」
「はい。月が……まぶしくて」
「それは嘘だな。心が揺れている顔をしている」
彼は静かに彼女の隣に座った。
「都へ戻るべきか、それともここに残るべきか」
「……将軍の元にいたい。けれど、それが王命に背くことなら」
「私が守る。貴女がどの道を選ぼうと」
杜若の声は、夜の風よりも柔らかく、確かだった。
「黎花。お前をここに引き止めたい。だが、選ぶのはお前自身だ」
「……わかっています」
「都は、筆を求める。だが、私はお前の“心”が欲しい。筆ではない。言葉ではない。……貴女そのものを」
黎花は瞳を見開いた。
杜若が、こんなにも真っ直ぐに想いを告げたのは初めてだった。
「杜若様……私も、あなたと共にありたい。筆を持つより、あなたの隣で、生きたい」
「……ならば」
杜若は、そっと懐から一枚の小さな札を取り出した。
「これは、都で働く筆の者に与えられる“身分証”だ。実は、王から先日私に届けられた」
「なぜ将軍に?」
「“もし彼女を返さぬなら、代わりにそなたが都で筆を振るえ”と、な」
黎花はくすっと笑った。
「将軍が筆を?」
「それも悪くはないかもな。お前の真似をしてみるのも」
ふたりの笑い声が、月夜の静寂を和らげていく。
⸻
その夜、黎花は決意した。
「私は、ここに残ります。王命に背くことになっても――私は、あなたを選びます」
「……その言葉を聞けて、嬉しい」
「けれど、いつかまた勅命が来たら?」
「そのときは、ふたりで都へ行こう。王に直訴する。筆だけではない、魂で訴える。それが叶わぬなら――都など捨てればいい」
黎花の瞳に涙が光った。
そしてふたりは、そっと寄り添い、指を絡める。
「静夜の誓いです。――私は、あなたと生きます」
「この命が尽きるその時まで、私は君を守り抜く」
月がふたりを照らし、風が花の香を運んでいく。
どんな未来が待とうとも、今夜の誓いだけは、永遠に変わらぬものとして――
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