『春よ、君を守りたし ―中華恋絵巻―』の番外編

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燃ゆる誓い、凛と咲く花

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春が過ぎ、砦の周囲は緑に包まれていた。
戦の火種は遠ざかり、静かな日々が続く――そう、誰もが思っていた。

だが、静けさの裏で動いていたのは、王都に仕える宦官たちだった。

「黎花殿が王命を拒んだと……?」

「はい。しかも、将軍の命を盾にしているようです」

「ならば、将軍ごと排除せよ――と?」

王宮に集う老臣たちの表情は険しい。
筆で戦を止めた才女など、彼らにとっては目障りだった。

「公に動けば、民が騒ぐ。だが“事故”であれば、誰も声を上げぬ」

暗殺――
それが、都が選んだ次なる一手だった。



その夜、杜若はふとした違和感で目を覚ました。
風がないのに、襖がかすかに動いている。

「……誰だ」

次の瞬間、黒装束の男が床から跳び上がり、刀を振るう。

火花が散る。
杜若の反応は速く、すぐさま太刀で受け止める。

「都の手先か……!」

男は無言のまま襲いかかる。
その動きには、迷いも感情もなかった。

杜若の動きが徐々に鋭さを増していく。
だが、敵は一人ではなかった。
次々と現れる刺客たち――そのすべてが、同じ刺繍を袖に持っていた。

「……王の勅使か」

杜若の眉が僅かに動く。

「この私を、“夜の帳”で討とうとは……民を守るために刃を抜くならまだしも、策を恐れて筆を折るか!」

怒りに燃える声が、部屋の中に響く。

だがそのとき――

「将軍!」

黎花が駆け込んできた。

「戻っていろ、黎花!」

「いいえ――これは、私の罪です。私が都の命に背いたばかりに、あなたまで……!」

彼女は刀を持ってはいない。
だが、その瞳は怯えていなかった。

「聞きなさい。あなた方に告げる――この杜若将軍は、戦で民を殺さず、私の命を守るために戦ったのです!」

「それが罪というのなら、まず筆で我が身を裁け!」

彼女は懐から、あの王命の文を取り出し、火灯に投げ入れた。

紙は瞬く間に燃え上がる。
その炎が、部屋を一瞬赤く染めた。

敵の足が止まる。

「お前たちの王命は、もうこの世に存在しない。……ならば、ここで戦う理由も消えた」

杜若の声が低く響く。

黒装束の男たちは、しばし躊躇ったのち、刀を引き――そして闇へと溶けていった。



「どうして……あんな危険なことを……!」

戦が終わり、杜若は黎花の肩を強く抱いた。

「あなたを失いたくなかった。ただ、それだけです」

黎花の言葉に、彼の腕から力が抜けた。

「……私はもう、ただの将軍では済まされぬ。都に逆らった男として、追われることになるかもしれない」

「ならば――逃げましょう。都を捨て、名を捨て、どこか遠くで生きましょう。あなたと共に」

杜若は、しばらく何も言わなかった。
ただ、彼女を抱きしめ続けていた。

「黎花……ありがとう」

その夜、ふたりは再び、静かな誓いを交わす。

剣と筆では守れぬものがある。
だが心と心が寄り添う限り、どんな運命も切り開けると、信じたのだった。
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