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第七章
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再会の筆、恋を刻む
文政庁・春期特例試補として、杜若と柳采琳の名が呼ばれた日。
予修館の空気はひときわ張りつめていた。
「この年で外務文案補佐だって……!」
「女でその任は異例中の異例だろう」
囁きと羨望と驚きが交差するなか、当のふたりは静かに荷をまとめ、朝早く都の中心へと向かった。
*
文政庁の庁舎は、南都でも屈指の格式を誇る楼閣であった。
白壁に翡翠を思わせる瓦屋根が連なり、門をくぐっただけで空気が変わる。
案内された部屋で待っていたのは――謝 景融だった。
「ようこそ。初の任務は、明日の議会の筆録と外務文案の見直しだ」
景融は表情を崩さず、淡々と説明を続けた。
だが、杜若の前ではどこか言葉の端に“柔らかさ”が混じっていた。
「君の筆、また見たかった」
その一言に、杜若の胸がわずかに揺れる。
(覚えていてくれた……)
景融の目には、最初に会ったときのような厳しさがない。
どこか、杜若だけを“対等な筆を持つ者”として見ているような――そんな眼差し。
「私は、あなたのように正しい文を書きたいと思っています」
素直に告げた杜若に、景融ははじめて穏やかに微笑んだ。
「……正しさは時に痛むものだ。それでも筆をとるなら、その心を大切にすることだな」
傍らで見ていた柳采琳が、わざとらしく咳払いをした。
「なによ、ふたりとも。まるで古くからの恋人みたいな空気ね」
杜若は思わず赤くなり、景融はふっと吹き出した。
「恋人か……悪くはない比喩だ」
「っ……っ!」
ますます真っ赤になる杜若の顔を、采琳は面白そうに眺めていた。
*
文案修正の仕事は、想像以上に緻密で時間がかかった。
杜若は、景融が記した草案の文字に何度も目を通しながら、小さく首をかしげた。
「この語の使い回し、前段と少し意味がずれています」
「……やはり気づいたか」
景融は軽くうなずき、別の文巻を差し出した。
「これは君にしか見抜けないと思っていた。筆には、癖だけでなく、“信念”が滲む。
この文も、君のように真っ直ぐな者でなければ直せなかっただろう」
その声は静かで、どこまでも温かかった。
(まっすぐな者――)
杜若の心の中で、ひとつの言葉が根を下ろしはじめた。
*
帰り道。
庁舎を出た途端、采琳が肩を並べて言った。
「……あんた、本気であの人に惚れてない?」
「っ!? な、何を……」
「わかるって。あんな眼差し、他の人には向けてないわ」
杜若は視線を落としたまま、しかし否定はできなかった。
ただ、心の奥で、何かが確かに始まりつつあると感じていた。
――筆を通して、誰かと通じ合う。
――それが、こんなにも温かいことだったなんて。
夕暮れの街に、鐘の音が響いた。
その音は、春の終わりと、恋の始まりを告げるように――
(第七章 了)
文政庁・春期特例試補として、杜若と柳采琳の名が呼ばれた日。
予修館の空気はひときわ張りつめていた。
「この年で外務文案補佐だって……!」
「女でその任は異例中の異例だろう」
囁きと羨望と驚きが交差するなか、当のふたりは静かに荷をまとめ、朝早く都の中心へと向かった。
*
文政庁の庁舎は、南都でも屈指の格式を誇る楼閣であった。
白壁に翡翠を思わせる瓦屋根が連なり、門をくぐっただけで空気が変わる。
案内された部屋で待っていたのは――謝 景融だった。
「ようこそ。初の任務は、明日の議会の筆録と外務文案の見直しだ」
景融は表情を崩さず、淡々と説明を続けた。
だが、杜若の前ではどこか言葉の端に“柔らかさ”が混じっていた。
「君の筆、また見たかった」
その一言に、杜若の胸がわずかに揺れる。
(覚えていてくれた……)
景融の目には、最初に会ったときのような厳しさがない。
どこか、杜若だけを“対等な筆を持つ者”として見ているような――そんな眼差し。
「私は、あなたのように正しい文を書きたいと思っています」
素直に告げた杜若に、景融ははじめて穏やかに微笑んだ。
「……正しさは時に痛むものだ。それでも筆をとるなら、その心を大切にすることだな」
傍らで見ていた柳采琳が、わざとらしく咳払いをした。
「なによ、ふたりとも。まるで古くからの恋人みたいな空気ね」
杜若は思わず赤くなり、景融はふっと吹き出した。
「恋人か……悪くはない比喩だ」
「っ……っ!」
ますます真っ赤になる杜若の顔を、采琳は面白そうに眺めていた。
*
文案修正の仕事は、想像以上に緻密で時間がかかった。
杜若は、景融が記した草案の文字に何度も目を通しながら、小さく首をかしげた。
「この語の使い回し、前段と少し意味がずれています」
「……やはり気づいたか」
景融は軽くうなずき、別の文巻を差し出した。
「これは君にしか見抜けないと思っていた。筆には、癖だけでなく、“信念”が滲む。
この文も、君のように真っ直ぐな者でなければ直せなかっただろう」
その声は静かで、どこまでも温かかった。
(まっすぐな者――)
杜若の心の中で、ひとつの言葉が根を下ろしはじめた。
*
帰り道。
庁舎を出た途端、采琳が肩を並べて言った。
「……あんた、本気であの人に惚れてない?」
「っ!? な、何を……」
「わかるって。あんな眼差し、他の人には向けてないわ」
杜若は視線を落としたまま、しかし否定はできなかった。
ただ、心の奥で、何かが確かに始まりつつあると感じていた。
――筆を通して、誰かと通じ合う。
――それが、こんなにも温かいことだったなんて。
夕暮れの街に、鐘の音が響いた。
その音は、春の終わりと、恋の始まりを告げるように――
(第七章 了)
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