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第六章
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筆の先に咲くもの
春季筆試の結果が掲示されてからというもの、杜若の名は予修館で静かな波紋を広げていた。
「杜若……村出の娘だろ?」
「いや、どうやら宰相補佐の目にも留まったらしいぞ」
「なにそれ、本当か?」
囁き声はあっという間に廊下を駆け抜け、やがて柳采琳の耳にも届いた。
采琳は口元だけで笑った。
「ふん、筆が少し走ったくらいで、天狗にならなきゃいいけど」
だが、その声にはかつての棘が薄れていた。どこか、自分でも気づかぬままに、杜若を「仲間」として意識し始めていたのかもしれない。
*
予修館の庭に、初夏を告げる芍薬が咲き始めたころ。
欧陽老から次なる課題が出された。
「二人一組で“国を治めるとは何か”を論じる文を作れ。筆は二本あれど、声は一つ。心を通わせぬ者に書けるものではない」
生徒たちに静かなざわめきが広がる中、杜若の前に現れたのは――柳采琳だった。
「……組む相手、決まってないなら、私と組みなさいよ」
「えっ?」
「あんたと組めば、少なくとも恥はかかずに済むでしょう。私は私で、勝ちたいから」
不器用な申し出だったが、杜若は素直に頷いた。
「……わかった。よろしくお願いします」
二人はこうして初めて“同じ机”に向かうことになった。
*
文の構成をめぐり、意見は何度も食い違った。
「人を守るには、まず法を厳しくすべきよ。弱さにつけ込む者が多すぎる」
「でも、法だけでは人は動かない。温かさや信頼がなければ……」
「甘いのよ、杜若。この都じゃ“正しさ”だけじゃ通用しない」
「……でも私は、それでも書きたい」
ぶつかり合いながらも、少しずつ、ふたりは筆を重ねていった。
そして数日後、一つの文が仕上がった。
「国を治めるとは、ただ民を支配することではない。
信じること。学ぶこと。導くこと。
法が剣なら、言葉は灯火だ。
闇夜の中でも、誰かが歩みを進められるように――
その筆を執る者でありたい」
読み上げた後、しばしの沈黙。
やがて、采琳がぽつりと呟いた。
「……悪くないわね。あんたの“柔らかさ”が、ちょっとだけ好きになりそう」
「あなたの“強さ”も、頼もしかったです」
見つめ合い、ふっと笑いあうふたり。
いつのまにか、そこには対立ではなく、奇妙な信頼が芽生えていた。
*
その頃――
謝 景融は、文政庁の一室でその合作文を読んでいた。
「……これは、杜若と……柳采琳か」
彼は小さく唸り、目を細める。
「やはり、“筆”は人を動かす。ふたりとも、見事だ」
そして、机の上に一枚の召喚状を置いた。
『杜若、柳采琳。文政庁・夏季筆使見習いとして選抜する』
『初夏の議会筆録、および外務文案補佐任務に当たらせること』
景融の手が、書面の上で止まる。
「……そろそろ、直接会ってもいい頃だな」
風が吹いた。
都に、季節の境目を告げる風が――
(第六章 了)
春季筆試の結果が掲示されてからというもの、杜若の名は予修館で静かな波紋を広げていた。
「杜若……村出の娘だろ?」
「いや、どうやら宰相補佐の目にも留まったらしいぞ」
「なにそれ、本当か?」
囁き声はあっという間に廊下を駆け抜け、やがて柳采琳の耳にも届いた。
采琳は口元だけで笑った。
「ふん、筆が少し走ったくらいで、天狗にならなきゃいいけど」
だが、その声にはかつての棘が薄れていた。どこか、自分でも気づかぬままに、杜若を「仲間」として意識し始めていたのかもしれない。
*
予修館の庭に、初夏を告げる芍薬が咲き始めたころ。
欧陽老から次なる課題が出された。
「二人一組で“国を治めるとは何か”を論じる文を作れ。筆は二本あれど、声は一つ。心を通わせぬ者に書けるものではない」
生徒たちに静かなざわめきが広がる中、杜若の前に現れたのは――柳采琳だった。
「……組む相手、決まってないなら、私と組みなさいよ」
「えっ?」
「あんたと組めば、少なくとも恥はかかずに済むでしょう。私は私で、勝ちたいから」
不器用な申し出だったが、杜若は素直に頷いた。
「……わかった。よろしくお願いします」
二人はこうして初めて“同じ机”に向かうことになった。
*
文の構成をめぐり、意見は何度も食い違った。
「人を守るには、まず法を厳しくすべきよ。弱さにつけ込む者が多すぎる」
「でも、法だけでは人は動かない。温かさや信頼がなければ……」
「甘いのよ、杜若。この都じゃ“正しさ”だけじゃ通用しない」
「……でも私は、それでも書きたい」
ぶつかり合いながらも、少しずつ、ふたりは筆を重ねていった。
そして数日後、一つの文が仕上がった。
「国を治めるとは、ただ民を支配することではない。
信じること。学ぶこと。導くこと。
法が剣なら、言葉は灯火だ。
闇夜の中でも、誰かが歩みを進められるように――
その筆を執る者でありたい」
読み上げた後、しばしの沈黙。
やがて、采琳がぽつりと呟いた。
「……悪くないわね。あんたの“柔らかさ”が、ちょっとだけ好きになりそう」
「あなたの“強さ”も、頼もしかったです」
見つめ合い、ふっと笑いあうふたり。
いつのまにか、そこには対立ではなく、奇妙な信頼が芽生えていた。
*
その頃――
謝 景融は、文政庁の一室でその合作文を読んでいた。
「……これは、杜若と……柳采琳か」
彼は小さく唸り、目を細める。
「やはり、“筆”は人を動かす。ふたりとも、見事だ」
そして、机の上に一枚の召喚状を置いた。
『杜若、柳采琳。文政庁・夏季筆使見習いとして選抜する』
『初夏の議会筆録、および外務文案補佐任務に当たらせること』
景融の手が、書面の上で止まる。
「……そろそろ、直接会ってもいい頃だな」
風が吹いた。
都に、季節の境目を告げる風が――
(第六章 了)
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