『春よ、君を守りたし ―中華恋絵巻―』前日譚

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第二十一章

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書かれざる罠

文政庁の朝は晴れていた。
だが、晴れやかな空気とは裏腹に、官舎の奥には目に見えぬざわめきが広がっていた。

「……彼女の筆が、制度を変えかけている。放っておけば、我らの地盤にまで影響が及ぶ」

薄暗い部屋の中で、老筆官たちがひそやかに言葉を交わしていた。

「景融殿の改革案はすでに通った。正攻法では止めきれぬ」

「ならば、“筆そのもの”を折るしかあるまい」

その言葉に、ひとりの男がうなずいた。
名は――裴俊(はい・しゅん)。
かつて杜若が文政庁へ入る前、筆録職を強く拒絶していた筆頭官僚のひとりであり、景融の昇進にも表立って反対していた男である。

「彼女が過去に関わった“記録”――それを洗い出せ。瑕疵が一つでも見つかれば、筆録官としての信頼は地に落ちる」



一方その頃、杜若は庁舎の奥、資料室にいた。
景融が手配してくれた新しい筆録室は、彼女にとって静かな拠り所でもあった。

「……筆録とは、“いま”を記すもの。だけど、“過去”もまた、見直される日が来るのですね」

彼女は手元に置かれた一冊の旧帳面を開く。
そこには、まだ研修生として記した頃の拙い筆があった。

(あの頃、私はただ“真実を書くだけ”で精一杯だった)

その帳面の一部に、ふと違和感を覚える。

(……あれ?)

記録の中に、見覚えのない文言が加筆されている。しかも、筆跡が微妙に異なる。

(これは……私の書いたものじゃない)

背筋が冷たくなった。

(誰かが、記録を“改ざん”している?)

それは、彼女の筆録人生を揺るがす一大事だった。



夕刻、景融のもとへ駆け込む杜若。

「景融さま、記録の中に……私の知らぬ“言葉”がありました。しかも、筆跡が――違うのです」

景融は即座に表情を引き締めた。

「改ざんされた記録が見つかれば、君の“筆の信頼性”そのものが問われる。証拠が揃えば、解任どころか、官籍の抹消にもつながる可能性がある」

「……そう、でしょうね」

杜若の顔には、怯えよりも静かな怒りがあった。

「でも、逃げません。私の筆に傷があるというなら、私は自ら、それを正します」

景融は、しばし沈黙ののち、静かに言った。

「ならば、私が盾になろう。君が記した“本当の記録”を守るために」

「盾にならないでください。私は、もう守られるだけの筆録官ではありません」

その瞳に、迷いはなかった。

(第二十一章 了)
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