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第二十一章
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書かれざる罠
文政庁の朝は晴れていた。
だが、晴れやかな空気とは裏腹に、官舎の奥には目に見えぬざわめきが広がっていた。
「……彼女の筆が、制度を変えかけている。放っておけば、我らの地盤にまで影響が及ぶ」
薄暗い部屋の中で、老筆官たちがひそやかに言葉を交わしていた。
「景融殿の改革案はすでに通った。正攻法では止めきれぬ」
「ならば、“筆そのもの”を折るしかあるまい」
その言葉に、ひとりの男がうなずいた。
名は――裴俊(はい・しゅん)。
かつて杜若が文政庁へ入る前、筆録職を強く拒絶していた筆頭官僚のひとりであり、景融の昇進にも表立って反対していた男である。
「彼女が過去に関わった“記録”――それを洗い出せ。瑕疵が一つでも見つかれば、筆録官としての信頼は地に落ちる」
*
一方その頃、杜若は庁舎の奥、資料室にいた。
景融が手配してくれた新しい筆録室は、彼女にとって静かな拠り所でもあった。
「……筆録とは、“いま”を記すもの。だけど、“過去”もまた、見直される日が来るのですね」
彼女は手元に置かれた一冊の旧帳面を開く。
そこには、まだ研修生として記した頃の拙い筆があった。
(あの頃、私はただ“真実を書くだけ”で精一杯だった)
その帳面の一部に、ふと違和感を覚える。
(……あれ?)
記録の中に、見覚えのない文言が加筆されている。しかも、筆跡が微妙に異なる。
(これは……私の書いたものじゃない)
背筋が冷たくなった。
(誰かが、記録を“改ざん”している?)
それは、彼女の筆録人生を揺るがす一大事だった。
*
夕刻、景融のもとへ駆け込む杜若。
「景融さま、記録の中に……私の知らぬ“言葉”がありました。しかも、筆跡が――違うのです」
景融は即座に表情を引き締めた。
「改ざんされた記録が見つかれば、君の“筆の信頼性”そのものが問われる。証拠が揃えば、解任どころか、官籍の抹消にもつながる可能性がある」
「……そう、でしょうね」
杜若の顔には、怯えよりも静かな怒りがあった。
「でも、逃げません。私の筆に傷があるというなら、私は自ら、それを正します」
景融は、しばし沈黙ののち、静かに言った。
「ならば、私が盾になろう。君が記した“本当の記録”を守るために」
「盾にならないでください。私は、もう守られるだけの筆録官ではありません」
その瞳に、迷いはなかった。
(第二十一章 了)
文政庁の朝は晴れていた。
だが、晴れやかな空気とは裏腹に、官舎の奥には目に見えぬざわめきが広がっていた。
「……彼女の筆が、制度を変えかけている。放っておけば、我らの地盤にまで影響が及ぶ」
薄暗い部屋の中で、老筆官たちがひそやかに言葉を交わしていた。
「景融殿の改革案はすでに通った。正攻法では止めきれぬ」
「ならば、“筆そのもの”を折るしかあるまい」
その言葉に、ひとりの男がうなずいた。
名は――裴俊(はい・しゅん)。
かつて杜若が文政庁へ入る前、筆録職を強く拒絶していた筆頭官僚のひとりであり、景融の昇進にも表立って反対していた男である。
「彼女が過去に関わった“記録”――それを洗い出せ。瑕疵が一つでも見つかれば、筆録官としての信頼は地に落ちる」
*
一方その頃、杜若は庁舎の奥、資料室にいた。
景融が手配してくれた新しい筆録室は、彼女にとって静かな拠り所でもあった。
「……筆録とは、“いま”を記すもの。だけど、“過去”もまた、見直される日が来るのですね」
彼女は手元に置かれた一冊の旧帳面を開く。
そこには、まだ研修生として記した頃の拙い筆があった。
(あの頃、私はただ“真実を書くだけ”で精一杯だった)
その帳面の一部に、ふと違和感を覚える。
(……あれ?)
記録の中に、見覚えのない文言が加筆されている。しかも、筆跡が微妙に異なる。
(これは……私の書いたものじゃない)
背筋が冷たくなった。
(誰かが、記録を“改ざん”している?)
それは、彼女の筆録人生を揺るがす一大事だった。
*
夕刻、景融のもとへ駆け込む杜若。
「景融さま、記録の中に……私の知らぬ“言葉”がありました。しかも、筆跡が――違うのです」
景融は即座に表情を引き締めた。
「改ざんされた記録が見つかれば、君の“筆の信頼性”そのものが問われる。証拠が揃えば、解任どころか、官籍の抹消にもつながる可能性がある」
「……そう、でしょうね」
杜若の顔には、怯えよりも静かな怒りがあった。
「でも、逃げません。私の筆に傷があるというなら、私は自ら、それを正します」
景融は、しばし沈黙ののち、静かに言った。
「ならば、私が盾になろう。君が記した“本当の記録”を守るために」
「盾にならないでください。私は、もう守られるだけの筆録官ではありません」
その瞳に、迷いはなかった。
(第二十一章 了)
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