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第二十九章
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筆の影に潜むもの
杜若は、震える指先で帳を閉じた。
「これ……誰が……」
記録には、彼女の行動を予測する内容が克明に記されていた。
霜澄村への出立、明の記録帳の提出、文政庁での発言。
すべてが“事前に想定されていた行動”として書かれていたのだ。
「まるで……誰かが、私の思考や動きを知っているように……」
景融も無言で帳を見つめる。
「……“第二段階・制御”というのが気になる。
この書き方では、ただの監視ではなく、“計画の一環”としか思えない」
杜若は息を詰めた。
「政庁の中に……“筆録官”の動きさえ利用しようとする者がいる。
しかも、それは――私の“内部”にまで入り込んでいる」
*
翌朝、都に戻った二人は、まず文政庁内の“筆管理局”へと足を運んだ。
筆録官が記録を残す際には、必ず「記録ログ」が残る。
誰が、いつ、どの帳に筆を入れたか――筆跡の鑑定記録だ。
「……この帳に書かれていた筆跡の鑑定をお願いしたいのです」
そう申し出た杜若に、局吏は少し首を傾げたが、程なくうなずいた。
「承りました。結果は明朝にお伝えします」
その夜、杜若は珍しく眠れなかった。
(私を知っている者、私に近い者……いや、むしろ、“味方を装っている誰か”)
ふと、ひとつの顔が脳裏をよぎる。
(……まさか……)
その瞬間、帳台の扉が微かに軋んだ。
「誰――?」
影が差す。
「久しぶりだね、杜若」
現れたのは――かつての筆録同期、**暁斎(ぎょうさい)**だった。
「……あなた、死んだと聞いたはず……」
「そう思わせたかっただけさ。
僕は“記録する者”をやめ、“予測する者”になったんだ」
杜若は声を失った。
「……“帳に記された私の行動”、あなたの仕事……?」
暁斎は静かにうなずいた。
「君は記録を信じすぎる。
だが記録は、“操作”されることもある。
筆とは、未来を記すこともできる――それを、僕は証明したかった」
「それは……筆の否定よ……!」
「いや、進化さ。記録はもはや、観察や記述の道具じゃない。
“管理”と“導き”のために使うものだ」
「……あなたはもう、“記す者”じゃない……!」
そう叫んだその時――
暁斎は帳を一冊、杜若の足元に放り投げた。
「記録官・杜若、令和筆式“第六式”習得済――」
「……第六式? そんな記録……どこにも――!」
暁斎は、ふっと笑った。
「君が知らないうちに、筆は進化している。
そして君はもう、古い“筆の正義”では守りきれないところに立っている」
そう言い残し、彼は闇に紛れて消えた。
*
翌朝。筆管理局から届いた筆跡鑑定は、たった一行だった。
「本記録の筆跡、記録官・杜若本人のそれに極めて類似」
(第二十九章 了)
杜若は、震える指先で帳を閉じた。
「これ……誰が……」
記録には、彼女の行動を予測する内容が克明に記されていた。
霜澄村への出立、明の記録帳の提出、文政庁での発言。
すべてが“事前に想定されていた行動”として書かれていたのだ。
「まるで……誰かが、私の思考や動きを知っているように……」
景融も無言で帳を見つめる。
「……“第二段階・制御”というのが気になる。
この書き方では、ただの監視ではなく、“計画の一環”としか思えない」
杜若は息を詰めた。
「政庁の中に……“筆録官”の動きさえ利用しようとする者がいる。
しかも、それは――私の“内部”にまで入り込んでいる」
*
翌朝、都に戻った二人は、まず文政庁内の“筆管理局”へと足を運んだ。
筆録官が記録を残す際には、必ず「記録ログ」が残る。
誰が、いつ、どの帳に筆を入れたか――筆跡の鑑定記録だ。
「……この帳に書かれていた筆跡の鑑定をお願いしたいのです」
そう申し出た杜若に、局吏は少し首を傾げたが、程なくうなずいた。
「承りました。結果は明朝にお伝えします」
その夜、杜若は珍しく眠れなかった。
(私を知っている者、私に近い者……いや、むしろ、“味方を装っている誰か”)
ふと、ひとつの顔が脳裏をよぎる。
(……まさか……)
その瞬間、帳台の扉が微かに軋んだ。
「誰――?」
影が差す。
「久しぶりだね、杜若」
現れたのは――かつての筆録同期、**暁斎(ぎょうさい)**だった。
「……あなた、死んだと聞いたはず……」
「そう思わせたかっただけさ。
僕は“記録する者”をやめ、“予測する者”になったんだ」
杜若は声を失った。
「……“帳に記された私の行動”、あなたの仕事……?」
暁斎は静かにうなずいた。
「君は記録を信じすぎる。
だが記録は、“操作”されることもある。
筆とは、未来を記すこともできる――それを、僕は証明したかった」
「それは……筆の否定よ……!」
「いや、進化さ。記録はもはや、観察や記述の道具じゃない。
“管理”と“導き”のために使うものだ」
「……あなたはもう、“記す者”じゃない……!」
そう叫んだその時――
暁斎は帳を一冊、杜若の足元に放り投げた。
「記録官・杜若、令和筆式“第六式”習得済――」
「……第六式? そんな記録……どこにも――!」
暁斎は、ふっと笑った。
「君が知らないうちに、筆は進化している。
そして君はもう、古い“筆の正義”では守りきれないところに立っている」
そう言い残し、彼は闇に紛れて消えた。
*
翌朝。筆管理局から届いた筆跡鑑定は、たった一行だった。
「本記録の筆跡、記録官・杜若本人のそれに極めて類似」
(第二十九章 了)
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