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第三十章
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未来帳と禁じられた六式
「……わたしの筆跡、だって……?」
杜若は、筆管理局から届けられた鑑定書を何度も読み返した。
筆跡の一致率は限りなく100%に近く、偽造では説明できない精度だった。
「まさか、私自身が……記録した?」
「無意識に?」と、景融が静かに呟く。「あるいは、何かの技法で――」
「……“第六式”。」
昨夜、暁斎が言い残した言葉。
“第六式”――それは、彼女の知らぬ筆法だった。
*
筆録官の筆法には段階がある。
通常、官に登用される者が習得するのは第一式から第三式まで。
四式以上は記憶の書写や、裁判文録などの特例に限られる。
しかし“第六式”――それは封印された筆法だった。
景融が、密かに保持していた古文書を開いた。
「“未来帳術”。第六式――観測対象の行動を予測し、記録として定着させる。
予測は現実を拘束し、記録された未来は高確率で現実となる――」
「……そんなの、もう“記録”じゃない……!」
「いや、“予測が記録を超える”とき、それは操作になる。
この技術が政庁に渡れば、“記録された未来”で人を支配できる」
杜若の中に、記憶の断片がよみがえる。
――筆録官としての初任地、ある夜に見た奇妙な夢。
自分が記録していないはずの出来事が、帳に記されていたあの感覚。
「……あのとき、すでに“私以外の何か”が筆を取っていたの?」
景融は頷く。
「おそらく、“未来帳”と呼ばれる組織が、君の観察記録を盗み取り、“予測記録”として記していた。
しかも、君自身の筆跡を模倣することで――」
「じゃあ、私は……記録を守ってきたと思っていたけど、
実際は、“記録される側”にされていた?」
震える指先で、杜若は筆を握った。
「景融、わたし、“第六式”を習得する」
「……本気か?」
「このままでは、記録は操作に飲まれる。
私自身がこの技法を理解しない限り、未来帳には対抗できない。
だから私は――筆録官として、“禁じられた筆”を学ぶ」
景融は一瞬、目を伏せたが、やがて口を開いた。
「なら、俺は君を止めない。
だが、覚えていてくれ。
“第六式”は筆を使う者の精神を蝕むとも言われている」
「それでも、記す。
未来を偽る者に、私は負けたくない」
*
その夜、杜若は再び記録庫へ向かった。
“未来帳”に関する唯一の技法書が封じられている“禁記の間”。
瓦を踏む足音が遠ざかり、やがて静寂の中、木扉が軋んで開いた。
奥の棚には、赤い封で綴じられた一冊――
『未来帳術・第六式 記録と現実の融合法』
杜若は、躊躇なくそれを手に取った。
(第三十章 了)
「……わたしの筆跡、だって……?」
杜若は、筆管理局から届けられた鑑定書を何度も読み返した。
筆跡の一致率は限りなく100%に近く、偽造では説明できない精度だった。
「まさか、私自身が……記録した?」
「無意識に?」と、景融が静かに呟く。「あるいは、何かの技法で――」
「……“第六式”。」
昨夜、暁斎が言い残した言葉。
“第六式”――それは、彼女の知らぬ筆法だった。
*
筆録官の筆法には段階がある。
通常、官に登用される者が習得するのは第一式から第三式まで。
四式以上は記憶の書写や、裁判文録などの特例に限られる。
しかし“第六式”――それは封印された筆法だった。
景融が、密かに保持していた古文書を開いた。
「“未来帳術”。第六式――観測対象の行動を予測し、記録として定着させる。
予測は現実を拘束し、記録された未来は高確率で現実となる――」
「……そんなの、もう“記録”じゃない……!」
「いや、“予測が記録を超える”とき、それは操作になる。
この技術が政庁に渡れば、“記録された未来”で人を支配できる」
杜若の中に、記憶の断片がよみがえる。
――筆録官としての初任地、ある夜に見た奇妙な夢。
自分が記録していないはずの出来事が、帳に記されていたあの感覚。
「……あのとき、すでに“私以外の何か”が筆を取っていたの?」
景融は頷く。
「おそらく、“未来帳”と呼ばれる組織が、君の観察記録を盗み取り、“予測記録”として記していた。
しかも、君自身の筆跡を模倣することで――」
「じゃあ、私は……記録を守ってきたと思っていたけど、
実際は、“記録される側”にされていた?」
震える指先で、杜若は筆を握った。
「景融、わたし、“第六式”を習得する」
「……本気か?」
「このままでは、記録は操作に飲まれる。
私自身がこの技法を理解しない限り、未来帳には対抗できない。
だから私は――筆録官として、“禁じられた筆”を学ぶ」
景融は一瞬、目を伏せたが、やがて口を開いた。
「なら、俺は君を止めない。
だが、覚えていてくれ。
“第六式”は筆を使う者の精神を蝕むとも言われている」
「それでも、記す。
未来を偽る者に、私は負けたくない」
*
その夜、杜若は再び記録庫へ向かった。
“未来帳”に関する唯一の技法書が封じられている“禁記の間”。
瓦を踏む足音が遠ざかり、やがて静寂の中、木扉が軋んで開いた。
奥の棚には、赤い封で綴じられた一冊――
『未来帳術・第六式 記録と現実の融合法』
杜若は、躊躇なくそれを手に取った。
(第三十章 了)
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