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第四十一章
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旅の始まり、口伝の地へ
春の気配が、わずかに南から届きはじめた頃。
筆録庁の瓦礫の下で再び目を覚ました杜若は、景融とともに“中原”の地を離れる決意をしていた。
「帳の力は……もう、戻らないの?」
「一度、力を放ちすぎた。君の筆は“静寂”を選んだのかもしれない」
景融の言葉に、杜若はゆっくりとうなずく。
“沈黙した筆”――
それは、まだ何も書かれていない白紙の帳のようだった。
しかし、それでも彼女の目には迷いがなかった。
「……わたしは、新しい言葉を探したいの」
「言葉?」
「記される文字じゃない。誰かの声で、誰かの心に届く――“口伝”。
帳に記されずとも、心に残る物語があるなら、それを……」
彼女の言葉に、景融は小さく笑った。
「いいね。筆を失っても、君はまだ語ろうとするんだな。
なら――行こう。東南の“言葉の里”へ」
「……そこに、“口伝の守人”がいるって?」
「昔、祖母が言ってたよ。帳に頼らず、人が“声”で真実を紡ぐ里があるってな。
そこに、君の次の筆が待ってるかもしれない」
かくして、杜若と景融は筆録庁の廃墟を後にし、新たな旅路へと踏み出した。
東南の山岳地帯――“語りの谷”。
古くから帳を持たぬ者たちが住まうとされるその地は、記録に残らぬ土地だった。
地図にも記されず、誰に聞いても「聞いたことがない」と言う。
それでも、杜若たちは歩き続けた。
彼女の足取りは迷いなく、まるで帳がない代わりに“風が言葉を導いてくれる”ようだった。
そして――数日後。
霧の深い峠を越えたとき、ふたりの前にひとりの老婆が現れた。
「……ようやく来たね、言葉を探す娘よ」
その声は、深く、どこか懐かしく、そして温かかった。
老婆は腰を曲げており、手には古びた笛のような道具を持っていた。
「お婆さん……あなたは?」
「この谷の“語り部”。帳は持たぬが、物語を知っておる。
さあ、お入り。そなたの声に“重ねる物語”がある」
杜若は一歩、谷の中へと足を踏み入れた。
言葉の響きが、霧の中から微かに聞こえてくる。
それは帳とは違う、誰かが誰かに語りかける“声の連なり”。
それが、新たな旅の始まりだった。
(第四十一章 了)
春の気配が、わずかに南から届きはじめた頃。
筆録庁の瓦礫の下で再び目を覚ました杜若は、景融とともに“中原”の地を離れる決意をしていた。
「帳の力は……もう、戻らないの?」
「一度、力を放ちすぎた。君の筆は“静寂”を選んだのかもしれない」
景融の言葉に、杜若はゆっくりとうなずく。
“沈黙した筆”――
それは、まだ何も書かれていない白紙の帳のようだった。
しかし、それでも彼女の目には迷いがなかった。
「……わたしは、新しい言葉を探したいの」
「言葉?」
「記される文字じゃない。誰かの声で、誰かの心に届く――“口伝”。
帳に記されずとも、心に残る物語があるなら、それを……」
彼女の言葉に、景融は小さく笑った。
「いいね。筆を失っても、君はまだ語ろうとするんだな。
なら――行こう。東南の“言葉の里”へ」
「……そこに、“口伝の守人”がいるって?」
「昔、祖母が言ってたよ。帳に頼らず、人が“声”で真実を紡ぐ里があるってな。
そこに、君の次の筆が待ってるかもしれない」
かくして、杜若と景融は筆録庁の廃墟を後にし、新たな旅路へと踏み出した。
東南の山岳地帯――“語りの谷”。
古くから帳を持たぬ者たちが住まうとされるその地は、記録に残らぬ土地だった。
地図にも記されず、誰に聞いても「聞いたことがない」と言う。
それでも、杜若たちは歩き続けた。
彼女の足取りは迷いなく、まるで帳がない代わりに“風が言葉を導いてくれる”ようだった。
そして――数日後。
霧の深い峠を越えたとき、ふたりの前にひとりの老婆が現れた。
「……ようやく来たね、言葉を探す娘よ」
その声は、深く、どこか懐かしく、そして温かかった。
老婆は腰を曲げており、手には古びた笛のような道具を持っていた。
「お婆さん……あなたは?」
「この谷の“語り部”。帳は持たぬが、物語を知っておる。
さあ、お入り。そなたの声に“重ねる物語”がある」
杜若は一歩、谷の中へと足を踏み入れた。
言葉の響きが、霧の中から微かに聞こえてくる。
それは帳とは違う、誰かが誰かに語りかける“声の連なり”。
それが、新たな旅の始まりだった。
(第四十一章 了)
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