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第5章 時は隔てる
閑話 スズネの思い
しおりを挟む多くの観衆、三カ国の王と女王が見下ろす中、スズネは考える。
前方に立つ姉は、兄は鬼才だった、と。
実際、中学の頃には師範代に準じる強さを持っていたのだ。
紗音も弱かった訳ではない。寧ろ、彼女も周囲からは同様に見られていた。
それでも彼女にとって、弘人は鬼才で、自分は天才に過ぎなかった。
それほどに才能の差を感じていた紗音だったが、それは兄を嫌う要因ではなかった。大好きで、憧れてもいた。優しく、才能に奢ることなく誰よりも努力する兄を、紗音が嫌うはずもなかった。
そんな二人に向ける周囲の評価が変わり始めたのは、紗音が中二になり、弘人が高校に入った頃だ。
その頃になると、二人の模擬戦の勝敗は半々になっていたのだ。技の完成度は、弘人の方が圧倒的に上であるのにも関わらず。
原因は弘人のある体質。
川上流では、特殊な鍛錬方法と食事によって常人では考えられない身体能力、筋力を身につける。瞬発力の速筋と持久力の遅筋両方の性質を併せ持った、高密度の筋肉に鍛え上げるのだ。
しかし弘人の体質では、この筋肉を殆ど身につけられなかった。
普通よりは強い。その辺りのプロレスラーとなら腕相撲で勝てない事もないくらいの筋力は身についた。それでも、常識の範囲内。
川上流の中では非常に非力と言える弘人よりも、紗音を次期師範に推す声が増えてきていた。
(まぁ、お祖父ちゃんはお兄ちゃん以外に継がせる気は無かったみたいだけどね)
改めてスズネは前方の姉を見る。
あの頃には無かった、強い身体と、あの頃以上の技を携えて立つ、自らの憧れを。
きっと、二人の実力差は、今立っている二人の距離よりも大きい。
今戦って勝てるかと聞かれたら、難しいと即答する。
だが、だからこそ、スズネは望む。
「お姉ちゃん、本気で戦おう!」
「……ええ、勿論よ!」
スズネの身体が震える。全身で感じる、姉の実力に。
この姉に勝てるのか。
何度聞かれても、やはり難しいと答える。
(そう。難しい、だよ。無理だなんて、絶対に思わない!!)
これ以上、大好きな姉を孤独にしない為。
アルジェはまだまだ強くなる。強く、なり過ぎる。
例えその永い時を共に出来る様になっていたとしても、この頑固な姉とジネルウァをくっつけられたとしても、強くなり過ぎた孤独を癒す事はできない。
スズネはそんな事を望まない。
何がなんでも姉の横に並び続ける。その為に、挑み続ける。
それが、幼い頃からの彼女の願いだから。
そして、亡き祖父から託された願いだから。
それなのに、独りにしてしまっていた。例えそれが人の身ではどうしようも無い理由だったのだとしても、スズネには許せない。
(もうどんな意味でも、絶対にお姉ちゃんを独りにはしない!)
改めて決意したその思いを込めて、スズネはその剣を振り下ろした。
◆◇◆
「はぁ~~疲れた!」
「スズ姉様、おつかれ」
試合を終え、別室で王たちの会談に参加する姉を思いながらスズネはため息を漏らす。
三人は今、ここ数日泊まっていた宿の一室に居る。ベッド脇の棚に置いてあるのは、アルジェが置いていった優勝トロフィーだ。
「どうぞ、スズネ様」
「ん、ありがとアリス!」
「凄まじい戦いでしたね」
受け取った果実水を飲むスズネに、そんな感想を告げるコスコル。対してスズネは、悪戯っぽい笑みを返す。
「コスコルもあれくらいのレベルにはなって貰うからね?」
「はは……精進します」
頬を若干引きつらせたコスコルにクスクスと笑うブランだったが、続く言葉で凍りついた。
「ブランちゃんには勿論、私たちに並んでもらうつもりだからね!」
「えっ……」
ブランも自分の実力くらいは把握している。その上でアレに並べと言われると、いくら姉の言葉でもブランは戦慄を禁じ得ない。
その様子にケラケラと笑ったスズネだが、次の瞬間その表情を曇らせた。
「……私一人じゃ、十分かわかんないからさ」
確かに、【調停者】と呼ばれる者たちならば将来の姉と同等の強さを持つだろう。
この世界における祖母を思い出しながら、スズネは考える。
だけど、そのアルティカは言った。アルジェは自分以上に強くなるだろう、と。
そうなった時、姉の隣に並べるのは『血約』によって魂を結ばれたスズネとブラン、そして眷属である二人だけだと。
その事をブランも思い出し、強く頷く。
ブランの様子に満足したスズネは、少ししんみりした空気を変える事にする。
「そしたら後は、ジル義兄さんに任せるしか無いんだけど……ねぇ?」
茶化す様な言い方をしたスズネの意図を読み取り、態と頬を膨らませてブランが返した。
「姉様、頑固……」
「私共もアルティカ様の仰ったように努力はしているのですが……」
「努力って、二人は絶対素でしょ?」
「否定はしません」
さらっと言ってのけるのもアリスの意図したところだが、それは承知の上でスズネとブランは笑った。
全員の思いは変わらない。
大好きな姉のため。その恩に報いるため。
理由は違えど、目的は同じだ。
「うん? もう終わったみたいだね。お姉ちゃんを迎えに行って、外で何か食べよっか」
姉が近づく気配を感じたらしいスズネのその一言で、四人は移動を始める。
部屋を出る直前、スズネは魔道具の明かりを反射する優勝トロフィーを振り返って立ち止まった。
(お姉ちゃん。お姉ちゃんは、独りじゃないからね)
「スズネ様?」
「何でもないよ。ほら、急がないとお店がしまっちゃう! 今日は鬼畜ゴミ流を潰せた記念だから、パーティだよ!」
「相変わらず酷い言いようですね」
「そりゃ、お祖父ちゃんの名前を汚しまくってくれたからね!」
許せる訳ないじゃん。その声を最後に、スズネはドアの向こうへと消えた。
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