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最終章 軌跡の終着点
第5話 3柱との契約
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8-5
「――よ!」
私を包んだ凄まじい光が収まると、そこは、見覚えのある、どこまでも白が続く空間でした。
およそ四年ぶりの、管理者さんの空間です。
「お久しぶりです」
いつの間にか、本当にいつの間にか、数歩先に黒髪黒目で水に溶かした墨のような肌色をした女性がいました。
「ええ、久しぶり。管理者さん。少し見た目が変わったかしら?」
「この体が本体だからでしょう」
……なるほど。私はどうやら一つ、勘違いをしていたようですね。
「……落ち着いてますね」
「まぁ、予想はしてたから」
肩を竦め、言います。
「それより、いつかの宰相様と副王タイトゥース様はどこかしら?」
「私があのお方ではないということまで気づいておられましたか」
管理者さんが態とらしく驚いたマネをしました。
「気づいたのは今……って事はわかっているでしょう?」
ですから、そう指摘してみると、彼女は楽しげに笑います。
「ふふふ……ええ。はい」
彼女は会う度に人間味が増していきますね。
「さて、質問の答えですが……もうお二方ともこの場に居られますよ」
管理者さんの言った内容を理解し、反応を返そうとした瞬間、その二つの気配に気づきました。
「久しぶりですね、器よ」
まったく、この存在たちに敵対する気にはなれませんね。
「ええ」
いつの間にかそこに居た黒い紳士返事を返しながら思います。
その黒い紳士の、管理者さんを挟んで反対側にいるのは、玉虫色の瞳で人型をしたナニカです。
一見すると女性のような、中性的な顔立ちで、腰の少し下まである銀髪は青味がない以外は私の髪にそっくりです。
「初めまして、副王様」
加護の事を考えると、それしか無いでしょう。
副王様らしきその神は、無言で頷く事で返答します。
どうやら間違いないようで。
「その様子だと、これから自分がどうなるのか、わかっているようですね」
副王様の声は、これまたどちらとも取れる中性的なもの。
まぁ、この目の前の存在たちに性別など関係ないのでしょうが。
「あなた方の父とやらの器にされる、でいいのよね?」
「その通りです」
やはり、そうですよね。
それに気付けるヒントはいくつもありました。
例えば、私が療養中に読んでいたある禁書。絵本の形で記された神話。
初めは、何故あれが禁書とされていたかがわかりませんでした。ただ、ある仮説を基にすると一つの結論へと辿り着きます。
私が転生したその時、管理者さんはこの世界、アーカウラを実験的に作った世界と言いました。
その実験が、もし、私を利用したものであったなら。
私が他の人と違う点と言えば、魂の強度と内包するエネルギー量です。
更に、私の初の『理外スキル』、〈死者の書〉を獲得した『冥獄の檻』の隠し通路に張られた結界や、宰相様が私を『器』と呼んでいること。
これらから導き出されるのは、私の魂を何か強大な存在の器とするという目的を、彼女たちが持っているという推論です。
やたらと私の周りの人間が転生していたり、様々な物や人の名前となっている言語に覚えがあったりしたのも、この世界自体私をその何かの器として完成させるために作ったモノだと考えると、すんなり納得できるのです。
ここまで言えば何となくは予想できるでしょう。
あの絵本の神話が実話であり、呪いをかけられた彼らの父こそ、私を器とする強大な何かなのでは無いか、と。
その辺りを掻い摘んで話してみます。
「概ね、間違っていません。更に言うならば、あなたの魂には、あの超新星爆発の原因となった我らが父の写身と、その者と戦っていた憎き神の因子が混ざっているという事でしょうか」
副王様が澄んだ声で返してくれました。
なるほど、だから魂のエネルギー量の計算が合わなかったんですね。
「それらがあったからこそ、あなたは我らが父の器足り得る可能性を得たのです」
運があまりにも悪かった。そう言うべきなのでしょうか。
しかしそれがなければ、二度とスズと会う事が叶わなかったでしょうし、ブランとは出会うどころか、あの子が生まれることすら無かったのです。幸運だったと思いましょう。
さて、ここからです。この一年の準備を無駄にしないためにも、あの子たちと私として再会するためにも、もうひと頑張りしなければなりません。
「さて、そろそろ、その肉体を朽ちさせようとしている我らが父に身を差し出し、永遠の眠りにつく覚悟はできましたかな?」
宰相様が言います。
「いいえ、その気はないわ」
「……それはつまり、私どもと戦うと?」
宰相様のその言葉と共に、三柱の気配が一変し、私を魂ごと押し潰してしまいそうな程の酷い重圧を発し始めます。
「っ……そんなつもりはないわ」
なんとかその圧力に耐えながら、彼らをまっすぐと見て否定しますが、長くは保ちませんね。
それから少しの間私を睨んでいた三柱ですが、私が嘘をついていないのを確認するとすぐに気を収めてくれました。
「……話を聞きましょう」
「ありがとう。副王様、私と賭けをしない?」
「賭け、ですか?」
副王様は契約を司る存在でもあります。きっと、聞いてくれるはず。
「えぇ。今、私の妹たちが私のコピーを持ってここに向かっているわ。あの子たちがここまで来れたら、その私を蘇生させて欲しいの」
この一年、私が準備していたモノの一つです。
〈無形の祖〉のスキルで身体を錬成し、〈無形の祖〉自体を核として空っぽの魂を形成する。口で言うならそれだけですが、もちろん簡単なことではありませんでした。
転生した時と同じように魂自体に記憶を転写し、その表面には私の持つスキルを刻み込む。簡単なはずがありません。
残念ながらその全てのスキルをコピーする事は出来なかったので、一部スキルは劣化版のみです。
加えて、私自身にはその魂にはエネルギーを込めて身体を蘇生する事ができません。つまり、もしこの交渉に失敗すればどうしようもないという事です。ただあの子たちを危険な目に合わせただけになってしまう。
それだけは、絶対に避けたいのです。
この提案に対する、神々の答えは――。
「できない」
という、短い否定でした。
…………どうやら、万策、尽きたようです。全身から力が抜け、座り込んでしまいそうになります。
スズ、ブラン、ごめんなさい……。
私が器となっても、アリスとコスコルは大丈夫なはずですから、そこは心配していません。
でも、あの二人や、アルティカの思いを無駄にすることになります。
ローズにはまた寂しい思いをさせるのでしょう。彼女は立場上、友人を作れませんから……。
ジネルウァ様からのプロポーズには、返事すら出来ていません。私以外の誰かを見つけられたら良いのですが…………。
色々考えても、仕方ありません。
せめて、幸福を祈りましょう。
本当に、ごめ――
「その条件だけでは、な」
……その条件だけでは?
真っ暗に染まりかけた私の視界に、一筋の光が差し込みます。
「……ふぅ」
一度深呼吸をして、全身に力を込め直し、再度問います。
「あと、何を加えればいいの?」
この質問に答えてくれたのは、管理者さん。
「以前、神聖王国の魔道具の破壊を依頼したときの報酬を、覚えていますか?」
「ええ。管理者さんに、一つ、願い、を……それで願えばいいの?」
返ってきたのは、首肯。
「はい。同じ世界内の存在同士ならば兎も角、本来、自然に反する魂への作用を我々が行うのは、禁忌です」
それは何故か、と問う前に管理者さんがその答えを示します。
「私たちの力はあなた達にとって過剰であり、有るべき運命の流れを乱してしまうからです」
その良し悪しを判断する知識は私にはありませんが、それならば私を転生させたことはどうなるのでしょう?
「よほどの事が有れば別ですが」
……父であるあの神を復活させられるなら、それは確かに余程のことですか。まぁ、転生させられたこと自体に対して、私に不満はありません。
「そこで、あなたが提示した条件。人の身でありながら、あなたの妹たちがこの場に到達するという偉業に加え、管理者である私の依頼をこなした報酬、そして、あなた自身の力で真実にたどり着いた事を加えれば、ギリギリ、あなたのコピーを蘇生するに足るでしょう」
これは、迷う余地などありません。
「わかったわ。管理者さんへの『お願い』も対価の一部にする」
「わかりました。良いでしょう。契約を司るモノとして、ここに誓約を交わします」
あぁ、良かった……。あの子たちを、哀しませずに済んだ……。
あの子たちがこの場に来れるかどうかは、初めから疑っていません。
だから、本当に、良かった……。
「――よ!」
私を包んだ凄まじい光が収まると、そこは、見覚えのある、どこまでも白が続く空間でした。
およそ四年ぶりの、管理者さんの空間です。
「お久しぶりです」
いつの間にか、本当にいつの間にか、数歩先に黒髪黒目で水に溶かした墨のような肌色をした女性がいました。
「ええ、久しぶり。管理者さん。少し見た目が変わったかしら?」
「この体が本体だからでしょう」
……なるほど。私はどうやら一つ、勘違いをしていたようですね。
「……落ち着いてますね」
「まぁ、予想はしてたから」
肩を竦め、言います。
「それより、いつかの宰相様と副王タイトゥース様はどこかしら?」
「私があのお方ではないということまで気づいておられましたか」
管理者さんが態とらしく驚いたマネをしました。
「気づいたのは今……って事はわかっているでしょう?」
ですから、そう指摘してみると、彼女は楽しげに笑います。
「ふふふ……ええ。はい」
彼女は会う度に人間味が増していきますね。
「さて、質問の答えですが……もうお二方ともこの場に居られますよ」
管理者さんの言った内容を理解し、反応を返そうとした瞬間、その二つの気配に気づきました。
「久しぶりですね、器よ」
まったく、この存在たちに敵対する気にはなれませんね。
「ええ」
いつの間にかそこに居た黒い紳士返事を返しながら思います。
その黒い紳士の、管理者さんを挟んで反対側にいるのは、玉虫色の瞳で人型をしたナニカです。
一見すると女性のような、中性的な顔立ちで、腰の少し下まである銀髪は青味がない以外は私の髪にそっくりです。
「初めまして、副王様」
加護の事を考えると、それしか無いでしょう。
副王様らしきその神は、無言で頷く事で返答します。
どうやら間違いないようで。
「その様子だと、これから自分がどうなるのか、わかっているようですね」
副王様の声は、これまたどちらとも取れる中性的なもの。
まぁ、この目の前の存在たちに性別など関係ないのでしょうが。
「あなた方の父とやらの器にされる、でいいのよね?」
「その通りです」
やはり、そうですよね。
それに気付けるヒントはいくつもありました。
例えば、私が療養中に読んでいたある禁書。絵本の形で記された神話。
初めは、何故あれが禁書とされていたかがわかりませんでした。ただ、ある仮説を基にすると一つの結論へと辿り着きます。
私が転生したその時、管理者さんはこの世界、アーカウラを実験的に作った世界と言いました。
その実験が、もし、私を利用したものであったなら。
私が他の人と違う点と言えば、魂の強度と内包するエネルギー量です。
更に、私の初の『理外スキル』、〈死者の書〉を獲得した『冥獄の檻』の隠し通路に張られた結界や、宰相様が私を『器』と呼んでいること。
これらから導き出されるのは、私の魂を何か強大な存在の器とするという目的を、彼女たちが持っているという推論です。
やたらと私の周りの人間が転生していたり、様々な物や人の名前となっている言語に覚えがあったりしたのも、この世界自体私をその何かの器として完成させるために作ったモノだと考えると、すんなり納得できるのです。
ここまで言えば何となくは予想できるでしょう。
あの絵本の神話が実話であり、呪いをかけられた彼らの父こそ、私を器とする強大な何かなのでは無いか、と。
その辺りを掻い摘んで話してみます。
「概ね、間違っていません。更に言うならば、あなたの魂には、あの超新星爆発の原因となった我らが父の写身と、その者と戦っていた憎き神の因子が混ざっているという事でしょうか」
副王様が澄んだ声で返してくれました。
なるほど、だから魂のエネルギー量の計算が合わなかったんですね。
「それらがあったからこそ、あなたは我らが父の器足り得る可能性を得たのです」
運があまりにも悪かった。そう言うべきなのでしょうか。
しかしそれがなければ、二度とスズと会う事が叶わなかったでしょうし、ブランとは出会うどころか、あの子が生まれることすら無かったのです。幸運だったと思いましょう。
さて、ここからです。この一年の準備を無駄にしないためにも、あの子たちと私として再会するためにも、もうひと頑張りしなければなりません。
「さて、そろそろ、その肉体を朽ちさせようとしている我らが父に身を差し出し、永遠の眠りにつく覚悟はできましたかな?」
宰相様が言います。
「いいえ、その気はないわ」
「……それはつまり、私どもと戦うと?」
宰相様のその言葉と共に、三柱の気配が一変し、私を魂ごと押し潰してしまいそうな程の酷い重圧を発し始めます。
「っ……そんなつもりはないわ」
なんとかその圧力に耐えながら、彼らをまっすぐと見て否定しますが、長くは保ちませんね。
それから少しの間私を睨んでいた三柱ですが、私が嘘をついていないのを確認するとすぐに気を収めてくれました。
「……話を聞きましょう」
「ありがとう。副王様、私と賭けをしない?」
「賭け、ですか?」
副王様は契約を司る存在でもあります。きっと、聞いてくれるはず。
「えぇ。今、私の妹たちが私のコピーを持ってここに向かっているわ。あの子たちがここまで来れたら、その私を蘇生させて欲しいの」
この一年、私が準備していたモノの一つです。
〈無形の祖〉のスキルで身体を錬成し、〈無形の祖〉自体を核として空っぽの魂を形成する。口で言うならそれだけですが、もちろん簡単なことではありませんでした。
転生した時と同じように魂自体に記憶を転写し、その表面には私の持つスキルを刻み込む。簡単なはずがありません。
残念ながらその全てのスキルをコピーする事は出来なかったので、一部スキルは劣化版のみです。
加えて、私自身にはその魂にはエネルギーを込めて身体を蘇生する事ができません。つまり、もしこの交渉に失敗すればどうしようもないという事です。ただあの子たちを危険な目に合わせただけになってしまう。
それだけは、絶対に避けたいのです。
この提案に対する、神々の答えは――。
「できない」
という、短い否定でした。
…………どうやら、万策、尽きたようです。全身から力が抜け、座り込んでしまいそうになります。
スズ、ブラン、ごめんなさい……。
私が器となっても、アリスとコスコルは大丈夫なはずですから、そこは心配していません。
でも、あの二人や、アルティカの思いを無駄にすることになります。
ローズにはまた寂しい思いをさせるのでしょう。彼女は立場上、友人を作れませんから……。
ジネルウァ様からのプロポーズには、返事すら出来ていません。私以外の誰かを見つけられたら良いのですが…………。
色々考えても、仕方ありません。
せめて、幸福を祈りましょう。
本当に、ごめ――
「その条件だけでは、な」
……その条件だけでは?
真っ暗に染まりかけた私の視界に、一筋の光が差し込みます。
「……ふぅ」
一度深呼吸をして、全身に力を込め直し、再度問います。
「あと、何を加えればいいの?」
この質問に答えてくれたのは、管理者さん。
「以前、神聖王国の魔道具の破壊を依頼したときの報酬を、覚えていますか?」
「ええ。管理者さんに、一つ、願い、を……それで願えばいいの?」
返ってきたのは、首肯。
「はい。同じ世界内の存在同士ならば兎も角、本来、自然に反する魂への作用を我々が行うのは、禁忌です」
それは何故か、と問う前に管理者さんがその答えを示します。
「私たちの力はあなた達にとって過剰であり、有るべき運命の流れを乱してしまうからです」
その良し悪しを判断する知識は私にはありませんが、それならば私を転生させたことはどうなるのでしょう?
「よほどの事が有れば別ですが」
……父であるあの神を復活させられるなら、それは確かに余程のことですか。まぁ、転生させられたこと自体に対して、私に不満はありません。
「そこで、あなたが提示した条件。人の身でありながら、あなたの妹たちがこの場に到達するという偉業に加え、管理者である私の依頼をこなした報酬、そして、あなた自身の力で真実にたどり着いた事を加えれば、ギリギリ、あなたのコピーを蘇生するに足るでしょう」
これは、迷う余地などありません。
「わかったわ。管理者さんへの『お願い』も対価の一部にする」
「わかりました。良いでしょう。契約を司るモノとして、ここに誓約を交わします」
あぁ、良かった……。あの子たちを、哀しませずに済んだ……。
あの子たちがこの場に来れるかどうかは、初めから疑っていません。
だから、本当に、良かった……。
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