64 / 145
第3章 二つの輝き
幕間③
しおりを挟む「法王様! 勇者さまが帰還されましたが、様子がおかしいのです!」
慌てたように報告する聖騎士に、法王カリオストルは眉根を寄せる。
「わかった。行こう」
法王が【勇者】の『帰還用魔法陣』のある部屋に行くと、なるほど。【勇者】が頭をおさえ、苦しそうに蹲っている。
その部屋にいるのは法王と【勇者】の他、供につけた聖騎士二人と彼らの長である騎士団長、それから【勇者】専属にした侍女アリスのみだ。
「あ、法王様! どうか……! 勇者さまの様子がおかしいのです! [精神浄化]を掛けても治らず、どころか法王様が勇者さまにお与えになった腕輪が砕け散ってしまいました! 【魔王】めに精神攻撃をされたに違いありません!」
「おい、侍女でありながら法王様に無礼だぞ!」
常になく取り乱し、捲したてるアリス。
法王にすがり寄ろうとしたところを、側に控えていた騎士団長に遮られる。
「改造で耐久度が落ちていたようだな。侍女程度の[精神浄化]にも耐えられないとは。いや、それだけ【勇者】の加護が強力だったのか……。どちらにせよ、もうひと押しのようだな」
わかった。任せなさい。
その言葉を期待していたアリスと、そして彼女へ心配げな視線を向けていた騎士は、訳がわからず一瞬思考を停止してしまう。
「ふむ……。その侍女と【勇者】は仲が良かったそうだな?」
「はい」
こんな時に何を言っているのか。
アリス達には理解が及ばない。
「その侍女を殺せ」
「御意に」
騎士に、立場でも実力でも上の上司を止めることは叶わなかった。
騎士団長の剣が侍女の細い首を切りとばす。
その歪な球体は、宙を舞い、勇者と騎士の間に落ちた。
アリスだったものの目は、もはや何も見ていない。困惑した表情のまま、時を止めてしまった。
「……ア、リス?」
か細い声を漏らしたのは、勇者だったのか、騎士だったのか。
「う、ぁ、あ……。あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
騎士は、剣を抜いた。
自らの最愛を奪った、元上司へと。
そして、一歩を踏み出す……ことは叶わなかった。
彼の腹からは、よく見慣れた剣が生えていた。
「なぜ、だ……」
首だけを傾けた騎士の視線の先、剣を握る仕事仲間は、黙して語らない。
代わりに答えたのは、哀れに思ったのか、現実を教えて絶望させたかったのか、法王だった。
「何も知らなかったのはお主だけだった、ということだ。端から余らに【勇者】を敬う気持ちなどない。ただ道具として利用するのみよ。そこの者は監視役として余が選んだものだ」
もう、その目に光は無かった。
同僚を手にかけた無口の騎士は剣の血糊を拭き、鞘に収めた。
騎士団長は再び法王のそばに控える。
そして、騎士が倒れ伏した時、勇者の何かが砕ける音がした。
「間違いなく、【勇者】は隷属状態になりました」
「うむ。何も知らぬ者達に勘付かれぬようにせねばな。【勇者】よ、人前ではこれまで通り振る舞うのだ」
【勇者】は無言で頷く。
その顔に色はない。
その事に満足した三人は気づかなかった。
いつのまにか、二人の死体が消えていた事に。
◆◇◆
「姉様!」
突然倒れた姉を、ブランは焦って支える。
そしてその原因らしき人物へ殺気を向けた。
「落ち着いて、ブランちゃん。強制的に眠ってもらっただけだから」
これだけ魔力量が一気に増えるなんて、どんな無茶をしたのかしら? 圧が強すぎよ…! なんてぶつくさ言いながらも、優しげに、そして哀しげに王女は友人を眺める。
「……スプーファー、客間に運んであげて」
「はい、わかりました」
スプーファーと呼ばれたその男に運ばれるアルジェを、ブランもまた見つめる。
その顔には、ローズにははっきりと分からないが、悔しさが浮かんでいるような気がした。
「それで、ブランちゃんはアルジェからどこまで聞いてるの?」
アルジェの眠る横でローズが問う。
「……なにも」
「一週間前、何があったかも?」
「うん…」
しゅんっとするブランを見て、ローズは思わす盛大にため息を漏らしてしまった。
「まったく、どれだけ焦ってたのよ……」
「ローズ様は聞いてるの?」
「少しだけね。戻ったら話を聞かせてもらうって言ったのに、聞かなきゃ答えないんだから」
もう、とローズは頬を膨らませる。
「私が知ってることだけでも、教えてあげる」
「……うん。お願い、します」
コテンとお辞儀をするブランをみてローズは思った。
「……この子、持って帰っちゃダメかしら?」
「ダメです。姫様。お気持ちはわかりますが」
「あなたがわかっちゃダメでしょ」
「えー。姫様ひどくないですか?」
何を言っているのだこの諜報員は。
男がやったら犯罪臭十割増しである。ロリコンなのだろうか?
「んっん。それでだけど……」
「ってことみたいよ?」
「姉さまの、前の世界での妹……。……新しいお姉ちゃん?」
ブランはコテンっと首を傾げた。
「……ねえ、やっぱりお持ち帰りしちゃダメかしら?」
「…………いいんじゃないですか?」
「……ブランちゃんも泊まっていきなさい。宿は引き払っとくから」
「? うん。わかった」
ローズはコメントを控えることにしたようだ。
いや、実行の責任をスプーファーになすりつけられると思ったのかもしれない。
ともかく、ブランのお持ち帰り……ではなく今夜の宿が王城に決まった。
ブランは待つ。“最愛”の目覚めるその時を。
そして、アルジェが次に目を覚ましたのは二日後だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる