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第4章 輝きは交わり繋がる
幕間④
しおりを挟むおよそ千年前のフィルディア王国、現グロスフィルデ神聖王国で、彼らの全ては始まろうとしていた。
フィルディア王の執務室、そこで数名の男女が王と向き合っている。
「『人族』は弱い。このままでは、いずれ滅びるやもしれぬ」
王の言葉に、それぞれが神妙に頷いた。
「いらぬ心配かもしれぬ。それでも余は、憂えてならぬのだ。
我々『人族』は確かに数は多い。数は力だ。 しかし、『鬼神の系譜』や獣人たちとの力の差は、そのようなモノの無いに等しいほど大きく、魔と知は、エルフを筆頭とする妖精種に劣り、技術もドワーフなどとはとても比べられない。加えて、『吸血族』のような多彩な特殊能力だってない。主らには、この弱い種族を生かす知恵を貸して欲しいのだ」
それぞれが真剣に頷き、考える。
やがて、一人の男が口を開いた。
「まずは、心の拠り所となるべきものが必要です。王という国単位の拠り所ではなく、全『人族』共通の拠り所が」
オスティア、後に法王カリオストルと呼ばれる男の言だ。
「私もオスティアの意見に賛成です。やはり、宗教を起こすのがよろしいでしょう」
オスティアの横に立つ長く癖のない金髪の女が追随する。
「ふむ、だが、人々はそれぞれの神を崇めておる。『人族』全ての心の拠り所にするのは難しいのではないか?」
「創世の神々や、それに準じる神々であれば、あるいは……」
その女はそう返すが、難しいことはわかっているのだろう。それ以上、何かを続けることはない。
しばらくの間、沈黙が部屋の中を支配する。
「……私に、考えがあります。おそらく、いえ、確実に上位の神々と意思を疎通できます!」
「本当か!?」
その男の言葉に、オスティアを含めそれぞれが強く確認する。
「ああ、本当だ」
「……お主は、〈神聖魔法〉がレベル8であったな。それを使うのか?」
「はい、陛下」
暫し、王は目を瞑った後、
「わかった。信じよう」
そう、告げた。
「ありがとうございます。術式を完成させるので、三日ほどお待ちください。それまでに高レベルの〈神聖魔法〉の使い手を、余裕を持って十人ほど用意していただければ」
「わかった。手配しておこう」
一度、気を沈めて次を促す。
「では、何か『人族』が優位になれるものはないだろうか」
これが一番大事だと、王は考えている。
例え、上位の神に縋れたとしても、それは『人族』の発展には繋がるとは限らないのだから。
「やはり、数を利用したものになるのではないでしょうか」
方ほどの長さでやや癖のある金髪の女が言う。
「大量生産と、軍事面では斉射による面制圧です」
「それは、兵器の開発から始めねばならないな」
「ええ、そこが問題で……」
オスティアの指摘には、その女も同様のことを考えていたようで素直に認める。
「だが、一考の価値はある。他にないか?」
再度王は問うたが、それ以降、何か案が出ることはなかった。
◆◇◆
三日後、儀式用の塔の最上階に、あの執務室にいた顔ぶれと集められた十人の神聖魔法使いが集まっていた。
床には緻密に書き込まれた魔法陣がある。
「それでは、儀式を始めます。貴方達は魔法陣の外周にある円に一人ずつ立って、私が合図したら陣に神聖属性の魔力を注いでください」
そういって、自らは魔法陣の中心にある円に立った。
「おい、気をつけろよ」
「ああ、オスティア。心配するな、任せてくれ」
オスティアはこの時、言い知れぬ不安を抱いていた。
しかし、ここまで準備しておきながら敬愛する王の望みを妨げるわけにはいかない。そう思って、声を掛けるに留めたのだ。
「それでは、始めます。制御は私がやりますので、貴方達は全力で魔力注いでください」
十人分の魔力を制御すると無茶を言う男だが、その場にいたもの達はその実力を疑っていなかった。
そして、儀式が始まった。
白金色に輝く魔力光は、魔法陣を満たし、どんどん強まっていく。
螺旋を描くように増幅され、彼に注がれる。
「なるほど、たしかにこれなら可能であろうな」
神降ろしの知識を多少持っていた王は呟いた。
(……おかしい。たしかに王の言うように、神降ろしには十分な魔力だろう。顕現頂くことすら可能かもしれない。だが、これでは術式が魔力の増幅に偏りすぎていてすぐに霧散してしまう。何か核がなければ……核?)
「おい! お前、まさか……!」
突然叫ぶオスティアに、周囲はギョッとして彼を見る。
詠唱中の男は返事を返せない。否、返さない。
「まさか、自らの命を核として神降ろしをする気か!?」
続いたオスティアの言葉は、一同を絶句させるには十分すぎた。
自らを生贄にした男は、何も言わずに、オスティアを、親友を見て微笑む。
あとは任せた。そう言うように。
止めようにももう、儀式は止められない。オスティアは涙を堪え、その最期を記憶に焼き付けようと刮目する。
そして、ソレが親友の身体に降ろされた。
あれほどの魔力を持ってしても、顕現させることの叶わぬ、最高位の神の一柱を。
『我を呼んだのは、貴様らか?』
親友の口から発せられる、威圧感を伴った女の声に、オスティアは息を飲む。
「はい。本日はお願いがあって、神降ろしさせていただきました。どうか、話をお聞きいただけませんか?」
王の気圧されながらも堂々と問う姿に、周囲も気を持ち直す。
「……よかろう。願いを叶えるかは対価次第だが、話は聞いてやろう』
話のわかる神で、オスティアたちは安堵する。中には問答無用でその場の命全てを喰らう者もいるのだ。
王は、その神に『人族』の拠り所となり、『人族』のみを守護して欲しい旨を伝える。
『……対価は、〈神聖魔法〉を『人族』のみに使えるようにし、我に信仰を捧げさせることだ』
対価、と聞いた時点で希望を感じた次の瞬間、王たちは絶望する。
「そ、そんな、無茶でございます。我々にはそのような知識も、魔力もございません!」
オスティアたち配下も、同様に頷く。
『わかっておる。その知識は、我が伝えよう』
「……それならば、承知いたしました」
『契約を結ぶ。我、ディアスとの約束を確実に履行せよ!』
その言葉に、一同が膝をつき、頭をたれた。
◆◇◆
それから三ヶ月後、城の地下室におよそ千人の奴隷が集められた。これから行う儀式の生贄だ。
「『人族』のためとはいえ、これは酷い光景だな」
「ええ」
王の言葉に、生き残ったオスティアと二人の女は同意する。
「余を軽蔑するか?」
「いえ、貴方を罪人とするならば、我らとて同様です」
「はい、オスティアの言う通りです。その覚悟に敬服する事はあれど、私どもが貴方様を軽蔑するなどあり得ません」
「強いて言うなれば、彼の神を呼び出してしまった、運が悪かっただけなのです」
神に対して不遜な言葉を漏らしたくせ毛の同僚に、オスティアはまた、不安を覚える。
「……成功させねばならぬな」
三人は頷いた。
オスティアは、あの神を呼び出した時と同じような状況にひどく不安をおぼえていた。親友を失った時のような、言いようのない不安を。
しかし手は止めず、黙々と準備を進める。
そして、準備が整った。
あとは神ディアスに与えられた知識で作った儀式魔導具を起動するだけだ。
癖のある金髪の女が、魔道具を起動する。
魔道具は、生贄から魔力をどんどん吸い上げ、一つの立体魔法陣とも言うべきものを形成した。
魔法陣が放つ光は、神々しくもあり、同時に不気味でもあった。
光はどんどん強まっていく。
ここで、オスティアは異変に気付いた。
魔道具を起動し、魔法陣が完成したらすぐに戻ってくるはずだった女が未だ魔道具に手を添えたまま、その内に残っているのだ。
見れば、様子がおかしい。
「まさか……」
女は、魔法陣の中で慌てて何か叫ぶように口を動かしている。しかし何も聞こえない。
「どうして……」
やがて光は、生贄と、その女を覆い隠すほどになった。
その直前、彼女は、何か諦めたように、オスティアたちに微笑んだ。
「っーーーーーーーーーーー!!!」
隣で声にならない声が上がるのを感じた。
光に飲まれた女と、隣の彼女は姉妹だった。
世界が光に飲まれる。
そして、収まった。
だが、誰一人、王でさえ、声を発しない。
どれほどの間、そこに立っていたのか。
やがて彼らは、慌ただしく石段を降りる足音で我に返った、
「報告します! 儀式は成功です! 捉えていた亜人の奴隷たちから〈神聖魔法〉が消えました! ……どうかなさいましたか?」
興奮冷めやらぬと言った様子で報告してきた兵士が告げる。
そこで兵士も、儀式を見届けた者たちの様子に気付いたようだ。
「いや、なんでもない」
王はそう告げ、一人、部屋へと帰っていった。
オスティアと長髪の姉は、魔道具がある場所を暫く、眺め続けていた。
◆◇◆
『我、ディアス。原初の神の一柱なり。フィルディア王国との盟約により、『人族』を守護せん。これより〈神聖魔法〉は、『人族』のみのものである』
その日、世界中に響いた声は、世界を混乱の渦に叩き込んだ。
それから数日後、フィルディア王は『ディアス教』の創立と、国名を“グロスフィルデ神聖王国”に改めた声明を出し、自らを初代法王に定めた。
一部、『人族』に怒りをぶつける者もあったが、世界は徐々に馴染んでいった。
◆◇◆
二十年が経った。
「オスティアよ、我らの夢は叶った。しかし残ったのはお主と余、二人だけ。そして、余ももう逝く。余は跡取りに恵まれなんだが、代わりにお主が娘の婿となってくれた。親友を失ってからも余を支えてくれたお主を、ただ一人残していくことはすまなく思う」
光に飲まれた女の姉は、あれからすぐに神聖王国を出奔した。
風の噂では、各地の奴隷を解放して国を興した者の妻となり、その初代王妃になったと聞く。
「王よ。それが私の望んだ道でございます。アイツが命をささげ、彼女を犠牲に叶えた夢、必ずや、私めが守っていきます。ですから、どうか安心して、お逝きください」
「……頼んだぞ」
王は微笑んだ。
その夜、初代法王はその生涯に幕を下ろした。
その最後の言葉が、オスティアの、カリオストルの運命を決定付けてしまったことには気付かずに。
そしてオスティアは、後に発見した『転生の秘術』により幾度もの転生を繰り返し、千年の時の間法王として『ディアス教』を見守った。
だが、いつのまにか自分の目的が『人族』繁栄ではなく、『ディアス教』そのものの繁栄になってしまっていることに、死ぬその時まで気づくことはなかった。
◆◇◆
真っ白な光溢れる場所。そこに一人の美しい女性が立っていた。
いや、彼女こそが溢れ出る光の源だ。
身に纏うのは溢れ出る光と同じ色をしたローブ。手に持っているのは槍だ。
「……落ちたか」
ぼそりと呟いたのは、彼女が加護を与えた国の事。
彼女は気配を感じてゆっくり振り返る。
「目的は達成されました。協力感謝します」
視線の先にいるのは、アルジェに管理者と名乗った存在。
「なら、あの装置は残しておいて欲しかったな」
忌々しい思いを隠そうともせず、彼女は管理者へ返答する。
「ご冗談を」
ここまでなんの感情も読み取れなかった管理者の表情に、侮蔑の色が浮かんだ。
「もっとも、放置したところであなた方の目的が達成できるとは思いませんが」
「……契約さえなければ今ここでお前を打ち砕いてやると言うのに」
管理者はその言葉に答えることなく、もう用は済んだとばかりに踵を返す。
残された彼女、ディアスは、管理者の消えた場所をただ睨みつけるのだった。
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