婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~

ダルい

文字の大きさ
2 / 8

第二話

しおりを挟む
 翌朝、午前六時半。
 目覚ましのアラームが鳴るよりも早く、鼻腔(びこう)をくすぐる匂いで目を覚ますのが、ここ数年の私の日常だ。
「……んぅ……」
 重たい瞼(まぶた)を持ち上げると、そこには見慣れた天井と、見慣れすぎて家族同然になった背中があった。
「あ、起きた? おはよう、結衣姉」
 私の部屋のキッチンに立ち、エプロン姿で味噌汁の味見をしている湊だ。
 合鍵を持っている彼は、私の親公認で朝の身支度を手伝ってくれている。
 ……というか、低血圧で朝が弱い私が、いつの間にか彼に「介護」されているのが実情だ。情けない。
「おはよ、湊ぉ……。今日のご飯なに……?」
「焼き鮭と、豆腐とワカメの味噌汁。あと卵焼き。甘いやつにしたから」
「神か……」
 よろよろとベッドから這い出し、ダイニングへ向かう。
 テーブルには、旅館の朝食のような完璧な和食が並んでいた。
 湊のご両親は早朝から出勤しているため、彼は自分の弁当を作るついでに、私の朝食まで作ってくれているのだ。
「ほら、寝癖ついてる」
 椅子に座った私の頭に、湊の大きな手が伸びる。
 長い指が髪を梳(す)き、跳ねた毛先を丁寧に直していく。
 その手つきがあまりに慣れていて、そして心地よくて、私はされるがままになっていた。
「……湊の手、おっきくなったねぇ」
「いつの話してんの。結衣姉が縮んだんじゃない?」
「うるさい。三十路手前は骨密度が下がるのよ」
「はいはい。冷めないうちに食べて」
 エプロンを外した湊の姿を見て、私はふらふらと現実に引き戻される。
 詰め襟の学ラン。
 私が通っていた頃とはデザインが変わった、地元の名門進学校の制服。
 身長百七十五センチの体躯(たいく)に、それが恐ろしいほど似合っている。
 眩(まぶ)しい。
 朝日のせいだけじゃなく、彼の存在そのものが、これから始まる未来への希望に満ちていて、直視できないほどに眩しいのだ。
 これから会社という戦場に向かう、くたびれたOLとは生物としての鮮度が違う。
(……こんなキラキラした男の子に、ご飯作らせて世話焼かせて。私、いつかバチが当たるんじゃないかな)
 罪悪感と、温かい味噌汁の味。
 その矛盾を噛み締めながら、私は今日も「社会人」の仮面を被る準備をした。
 ***
 午前十時。都内オフィス街。
 中堅商社の営業事務フロアは、今日も電話の音とキーボードを叩く音で満ちていた。
「早川さん! 例の請求書、先方から数字が違うって連絡が!」
「貸して。……あ、これ先月のレートで計算してるわね。すぐ修正版作ってPDFで送るから、後輩くんは電話で謝罪入れておいて」
「あ、ありがとうございますぅ! やっぱ早川先輩がいないと回んないっすわ!」
 泣きついてくる入社二年目の後輩を適当にあしらい、私は高速でキーボードを叩く。
 早川結衣、二十九歳。
 社内での評価は「仕事が早くてミスのない、頼れる中堅社員」。
 上司からは重宝され、後輩からは頼られ、同僚からは「しっかり者」だと思われている。
 でも、本当の私はそんなに出来た人間じゃない。
 ただ、失敗して怒られるのが怖くて、必死に先回りしているだけ。
 本当は誰かに甘えたいし、責任なんて負いたくないし、一日中布団の中でゴロゴロしていたい。
「……はぁ。疲れた」
 給湯室で一人、泥のようなコーヒーを流し込む。
 ふと、スマホの画面を見た。
 待ち受け画面は、当たり障りのない風景写真。
 でも、メッセージアプリには湊からの通知が入っていた。
『今日の弁当、卵焼き入れすぎたかも。結衣姉の分、夜に調整するからリクエストある?』
 そのたった一行のメッセージを見た瞬間、張り詰めていた肩の力が、ふっと抜ける。
 さっきまでの能面のような仕事用の顔が崩れ、自然と口元が緩んでしまう。
「……ハンバーグがいいな」
 誰にも聞こえないように小さく呟いて、私はまた戦場へと戻っていった。
 ***
 一方その頃、県立北高校、二年三組。
 昼休みの教室は、弁当を広げる生徒たちの喧騒に包まれていた。
「あ、あのっ、瀬戸くん! これ、よかったら使って!」
 おずおずと差し出されたのは、ピンク色のハンカチだった。
 どうやら弁当を食べている最中、湊が箸を落としそうになったのを気遣った女子生徒のようだ。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。替えの箸も持ってるから」
 湊はふわりと柔らかく微笑んで、その申し出を丁寧に断った。
 冷たさは微塵もない。
 王子様のようなその笑顔に、女子生徒は「あ、うん……ごめんね!」と顔を真っ赤にして走り去っていった。
「……お前なぁ。またそうやって、無駄にファン増やすなよ」
 一部始終を見ていた前の席の悪友、桐谷(きりたに)翔(しょう)が、呆れたようにパンを齧(かじ)りながら言った。
「増やすつもりはないよ。ただ、好意を無下にするのは失礼だろ」
「その『誰にでも優しいけど、誰のことも特別扱いしない』態度が、一番女子を狂わせるって気づけよなー。罪な男だわ」
 瀬戸湊。
 成績優秀、スポーツ万能。さらに性格も穏やかで優しい。
 誰に対しても平等に接し、困っている人がいればスマートに助ける。
 だが、誰も彼に触れることはできない。
 その優しさは「壁」だ。笑顔で一定の距離を保たれていることに、勘のいい女子たちは気づき始めていた。
「別に。俺は普通にしてるだけだ」
 湊は淡々と弁当の卵焼きを口に運ぶ。
 その視線はどこか遠く、ここにはいない誰かを見ているようだ。
「で? そんな完璧超人様が、唯一デレデレになっちゃうお隣のお姉さんは、今日もお元気ですか?」
 翔だけは、湊の秘密――隣人の年上女性への執着を知っている数少ない人間だ。
 ニヤニヤと笑う翔に対し、湊は一瞬だけ表情を崩し、困ったように、けれど愛おしそうに笑った。
「……朝から寝癖つけてて可愛かったよ。あと、顔色が少し悪かったから心配だ」
「うわ、重っ。学校でのクールな王子様キャラ崩壊してるぞ」
「うるさいな。……俺の本当の顔なんて、結衣姉だけが知ってればいいんだよ」
 そう。学校での優等生な振る舞いは、全て処世術だ。
 子供っぽく振る舞えば、結衣に「やっぱり弟だ」と侮られる。
 冷たく振る舞えば、結衣に「そんな子に育てた覚えはない」と心配される。
 だから湊は、誰よりも早く大人になるために、完璧な紳士の仮面を被り続けているのだ。
「そういや、一年の星野(ほしの)梨花(りか)。またお前のこと探してたぞ。あの子、結構しつこいぜ?」
「ああ、星野さんか。……昨日、数学のノート貸してあげたから、そのお礼かな」
「名前覚えてるだけマシか。でも気ぃつけろよ? あの優しさが誤解を生むんだって」
 湊はスマホを取り出す。
 画面に表示されているのは、SNSでもゲームでもない。
 『絶品・煮込みハンバーグのコツ』という検索結果だ。
「誤解されても困るな。……俺の人生の予定表は、もうとっくに埋まってるんだから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

年下男子に追いかけられて極甘求婚されています

あさの紅茶
恋愛
◆結婚破棄され憂さ晴らしのために京都一人旅へ出かけた大野なぎさ(25) 「どいつもこいつもイチャイチャしやがって!ムカつくわー!お前ら全員幸せになりやがれ!」 ◆年下幼なじみで今は京都の大学にいる富田潤(20) 「京都案内しようか?今どこ?」 再会した幼なじみである潤は実は子どもの頃からなぎさのことが好きで、このチャンスを逃すまいと猛アプローチをかける。 「俺はもう子供じゃない。俺についてきて、なぎ」 「そんなこと言って、後悔しても知らないよ?」

【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。

東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」 ──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。 購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。 それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、 いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!? 否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。 気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。 ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ! 最後は笑って、ちょっと泣ける。 #誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

処理中です...