柔らかな愛に触れるまで ~冷酷な御曹司は政略結婚から愛を知る~

上乃凛子

文字の大きさ
5 / 7
第三章 怨恨

忘れ得ぬ名前(修史side)①

しおりを挟む
会議を終えて社長室に戻ってきた俺は、手にしていた会議資料を机の上に置くと、椅子に深く座り、大きく息を吐いた。先ほどまでの張りつめていた空気から解放され、やっとひと息つく。
今日の午前中は毎月恒例の経営会議だった。年間計画の進捗確認から、主力医薬品の実績状況、新規事業への展開、そしてリスクマネジメントなど、議題はいつもながら山ほどある。

「主力製品が順調とは言え、来年後発品が出てくれば売り上げもかなり下がってくるだろうし、早めに何か新たな手を打たないとな……」

会議の内容を思い返しながらパソコンに向かい、メールを開こうとして、ふと机の上のカレンダーが目に入った。

「そういえばもうすぐ父さんの一周忌か……」

一年前の七月、IGS製薬の社長だった父が心筋梗塞で倒れ、この世を去った。
それは突然の出来事だった。
特に持病があったわけではなく、毎年必ず人間ドックは受けていたし、本人も仕事柄健康管理には十分気をつけていた。それだけに父の訃報は俺にとってはもちろんのこと、社内外の誰にとっても衝撃だった。
まさかこんなに早く亡くなるとは思ってもいなかったので、俺の中ではまだ信じられない気持ちもあり、ある日突然長い出張から帰ってくるような、そんな気がしてしまう。

だが、後日聞いた話によると、母が三年前に癌で他界したことで、父は今まで以上に仕事に打ち込んでいたようだ。もしかしたら、「母の死」という悲しみを仕事で紛らわせていたのかもしれない。今さら悔やんだところでどうすることもできないが、俺が実家を出ることなく一緒に生活していたら、父は心筋梗塞なんか起こすことなく、まだ元気に仕事をしていただろうかと、ふと考えてしまう。

医者は過労やストレスが原因だったのだろうと言っていたが、おそらくその通りだったのだろう。というのも、こうして父の仕事を引き継いだ今、俺はその大変さを嫌というほど実感している。この一年は休む暇もないほどに、とにかく忙しかった。

俺は大学を卒業後、父の会社であるIGS製薬に入社し、最初の四年間は医療情報担当者、いわゆるMRとして現場を経験した。その後、MRから経営戦略部を経て、グループ会社のOTC部門、薬局やドラッグストアなどで購入できる一般用医薬品を扱うIGSメディカルヘルスケアの社長へと就任した。社長業を経験していたとはいえ、IGS製薬本体の経営は、想像以上に重く、責任の大きいものだった。

「修史、ちょっといいか?」

父のことを思い出していると、社長室のドアがノックされ、秘書の真壁まかべが入ってきた。
真壁は俺の大学時代の友人であり、同期でもある。
俺がIGS製薬の社長に就任することが決まったとき、当時MRだった真壁を秘書として引き抜いた。最初は慣れない秘書業務に戸惑っていたようだが、MRを経験していただけあって業務内容や医薬品についてもよくわかっているし、何よりも仕事ができるやつだ。
すぐに持ち前の順応力と頭の回転の速さで、頼りになる有能な秘書になってくれた。

「遅くなって悪いな。これから昼飯に行くか?」

時計を見ると既に12時半を過ぎている。
出かけようと椅子から立ち上がったところで、真壁が紙袋を差し出した。

「いや、コーヒーとサンドイッチを買って来たんだ。お前のもあるからここで食べていいか?」

真壁は他の社員がいるときには俺にきちんと敬語を使って話すが、こうして二人のときは学生時代と同じように友人として接してくれる。会社で毎日気を張っている俺としては、真壁とのこの時間が唯一ほっとできる瞬間でもあった。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~

有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。 ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。 そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。 彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。 「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。

歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました

上日月
恋愛
人情と江戸の風情が残る下町のたい焼き屋「小濱堂」の看板娘・小濱鈴子(こはまりんこ)。 ひょうきんな父と共に毎日美味しいたい焼きをつくりながら、しっかり者の5歳の弟・湊(みなと)になるべく母の不在を感じさせないよう、どんなときも明るい笑顔だけは絶やさずにいた。 実はその可愛らしい顔立ちから、弟が生まれる前まで"こはりん"と呼ばれる、そこそこ有名なキッズモデルだった鈴子。 でも、それは下町唯一の大衆演劇場だった、今はなき「柳生座」の御曹司。のちに日本の映画界を担う二枚目スターとなった、柳生拓真(やないたくま)の存在が大きく関係していた。 演技の道に進むことを選んだ湊の付き添い人として、一生関わらないと決めていた場所へもう一度戻ることになった鈴子。 そして、いきなり天才子役の片鱗を見せた湊は大役を掴み取る!! ただ、その父親を演じるのが、後味の悪い別れをした元カレ・拓真だとは聞いてないっ!? 可愛い弟の夢を守るため「顔良し!欲なし?元気なし?」な天才俳優のお世話まで引き受ける羽目になる。 小濱 鈴子(こはま りんこ)30歳 たい焼き屋の看板娘 × 柳生 拓真(やない たくま)30歳 天才俳優 cupid👼 小濱 湊(こはま みなと)5歳 天才子役 ※エブリスタ・ベリーズカフェにも掲載しています。

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

処理中です...