黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

夜に語る

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「そもそも!なんでこんな平野のど真ん中のそれも湖にリヴァイアサンが出るのよ!!」
「湖の底に穴があいてて、海と繋がってるんだ。だからエビも育ってたんだよ。」
「魔素も水質も安定していて、良い湖でしたからね。活用できるならありがたいですけど…」
「頭の魔石、外してくれたんだ。それ持ってりゃ大丈夫だって、ジーナが…」
「あの時抱えてた奴ですよね?ちょっと見せて下さいよ。」

エリックに言われて、デイビッドはふらふら立ち上がると、馬車のキャビネットから魔石と真珠を取り出して見せた。
シェルリアーナは布から覗く紺碧の夜空のような魔石に触れ、溜息をついた。

「わぁ…すごくキレイ…まるでラピスラズリみたい…」
「こんなデッカイ物、どこにしまっとく気ですか!?」
「ん…どっかに入れとく…」

桃色の真珠は、取り出しただけで2人共仰け反った。

「あ、ダメ!強過ぎる…コレは私と相性が悪いわ…引き込まれちゃう…」
「これは魅入ってしまいますね。神経を逆撫でされてるみたい、ザワザワします。」
「大変だな、変わった血筋ってのも。」
「アンタにだけは言われたくないわ!!」
「こんなのがあるってバレたら、国とかに目ぇ付けられちゃいますね。」
「…確か、エルム帝国の海洋側に、海神の末裔が統べる国があったわよね。海を治める代わりに自治を許された小国で…そこの国宝がリヴァイアサンの魔石だってなにかの本で読んだことがあるわ。」
「どのくらい大きいんでしょうね。」
「王族が式典で身につけるって書いてあったから、少なくともコレの半分以下でしょうね!」
「東にある水の都の宝物殿に祀られているのも、初代の国王が川の精霊から授かったと言う宝石でしたね。」
「アンタ国でも興す気?!」
「しないしない…いらねぇよそんなもん…」

エリックはデイビッドが魔石を片付けている間に、タンブラーにもう一杯、今度は薄青色の酒を注いだ。
席に戻ったデイビッドは、酔いが回ったまま、2杯目に口を付けた。

「どうするんです?この土地、もう精霊と妖精の住処になっちゃってますよ?」
「ん~?…ちゃんと領域は分けるよ。街道に面した所を居住区にして、湖や河川の利用も必要な範囲だけに留める。」
「居住区ということは、今後領民を抱えるつもりですか?」
「移民とか難民の受け入れで躓いてる所があってロドム会頭に相談されてんだ。なんか助けになれないかと思って、手前のとこに小さくてもいいから町と、村をいくつか作りたい。」
「それだってたいぶ大きな夢よね。」

シェルリアーナがカナッペに手を伸ばしていると、エリックに軽くつつかれた。
(なによ。)
(今なら本心ダダ漏れで、なんでも話してくれますよ?好きな事聞いてみて下さい。)
(何ソレ!?)
(妖精は相手の本音を引きずり出すのが得意なんで。)
(まさか、使ったの?!魅了魔法!)
(お酒にほんの少し掛けただけですけどね。反魔性体質でも、霊質に頼る魔法は効くんです。欲望と本能に忠実な人間程、からかい甲斐があるんですよ。)
(質の悪い奴…)
(妖精と近縁なもので!)

その向かいで、デイビッドの思考はどんどん深みに沈んでいた。
シェルリアーナは好奇心に負け、つい話を先に進めてしまった。

「ね…ねぇ、アンタこの先どうするつもりなの…?」
「んー?商会任されるから、どこも行けないし、行き場もないから、学園辞めたらとりあえずにいる…」
「そう…いわゆる私領の経営者になるってことよね。それならヴィオラも安心ね。」
「ヴィオラが…その時まで居てくれたらいいな。」
「なんで逃げられてる前提で話すのよ!」
「愛想尽かされて捨てられてる方が現実的だろ?」
「そんな寂しい未来しか思い描けないで、何が楽しみで生きてんでしょうねこの人…」
「本当は、あんな婚約話、断らなきゃいけなかったんだ。それを、俺が目先の誘惑に負けて無理やり掴もうとしたから、人ひとりこんなめちゃくちゃな人生に巻き込んじまった。馬鹿な事したなとは思ってる…」
「めちゃくちゃな人生って所は合ってるわね。」
「たかが1年ちょいでここまで中身が濃いと、この先が不安ってのはわかりますね。」
「何かが欲しいと思った途端、目の前から消えていくんだ。昔からそうだった。」


最初の冒険はアデラ。行き倒れの井戸掘りを助け、2年掛けてスラムで資金をかき集め、やっとの思いで掘り当てた水脈から明日にも水が出るとわかったその日、母親の手の者に見つかり、仲間にまともな別れも言えず、攫われるように国へ還された。

その後、王宮に連れて行かれ、心を殺して一心不乱で身に付けた作法も剣術も、一番見て欲しい相手には見向きもされず、2年後再び国を飛び出した。

クロノスに付いて国を縦断した時は、部隊と一緒にその足でキリフを目指す予定だった。しかし、国境を目前にして毒蛙の強酸を浴びてしまい、更に浄化魔法が体に合わず気を失った挙句、高熱を出してしまった。一行は仕方なく、行きずりに出会った商隊にデイビッドを託した。

エルムに向かった商隊は、砂漠の地域の復興を目的とした一団だった。そこで砂漠に水道を通し、畑を作り作物を育て、薬が手に入るよう薬草を集め、人材を育てた。商隊の主人はデイビッドを我が子のように可愛がり、あらゆる知識を授けてくれたが、いざ町が栄え流通が可能になる頃、何故か賊徒と間違われ牢に繋がれ、畑の収穫も水道の給水も病院の開業も目の当たりにすること無く、全てが日常になってから人伝てにその様子を聞かされた。

それならばと、アデラでは家の名前と財力に物を言わせ、船を動かし、港の開拓に注力する水運ギルドの後ろ盾になり海へ出た。流石の追手も海の上までは手が伸びず、船を乗り回し悠々計画を進めていた最中、今度は海軍に追われ嵐の海に落ちて遭難し、開港式も進水式もアデラ国王からの感謝を込めた盛大な宴にも参加できず、全てが終わった頃、海賊に助けられ港へ戻った。

キリフでこそ、ただ楽しんで終わりにしようと足を向けたが、思いも寄らない巨大洞窟の発見につい手が出てしまい、間者と疑われ崖から落ちて一命は取り留めたものの強制送還が決まり、結局トンネルの開通には立ち会えず、この辺りでついにデイビッドの心が折れた。

求めるからいけないのだ。関わろうとするから奪われるのだ。望まなければこんなにも辛い思いなどしなくて済む。物事がどう動こうと自分はただの通過地点。追わなければ苦しむ必要もない。
最後の旅が中途半端に終わってデイビッドの気力は底を尽き、その後は物事に執着しなくなり、他者との関係にも深く踏み込まなくなった。


「そう決めたのに、馬鹿は死に掛けたくらいじゃ治らないらしい…また欲しがって手を伸ばして…ヴィオラには本当に悪い事をしたと思ってる…」
「聞いてるだけで泣きそうになるわ!!」
「じゃ、どうなさるつもりなんですか?あんな堂々婚約宣言までカマしといて、あっさり諦めるんですか?」
「誰が諦めるかよ。初めて誰にも渡したくないと思った相手だ。全力で抗うに決まってる。ただ…ヴィオラが望むなら、いつでも終わりにできる様にしときたい。」
「それでやたらと距離を気にされてたワケですか…」
「そんな事いつまで続けるつもりでいるのよ?!」
「せめて婚約が正式に決定するまでは目立たない様にしてる。誰にも邪魔させる気は無い。後はヴィオラの気持ち次第だ…」

気がつけばデイビッドのグラスはまた空になり、 ただでさえ細い目がほとんど開いていない。

「しまった、魔法より酒が回る方が早かった!」
「ヘタに酔わせなくても良かったんじゃない?」
「イヤ~流石にシラフじゃ効かなくて…」

完全に眠ってしまう前に、シェルリアーナはもうひとつ普段は絶対に答えてくれないであろう質問をぶつけた。

「ねぇ…アンタはヴィオラの、どこに惚れたの…?」
「え…どこって言われてもな…もう全部としか…あぁ、でも、一番最初は目…かな?」
「「目…?!」」
「俺を映して笑ってくれたから…」
「それだけ?!!」
「こんな豚似の醜男でも、あの目に映ると人間に見える。後は…そうだな、純粋に好きだと言われて嬉しかったから…」
「重症超えてんなぁ…」
「特別な理由なんかひとつも無いんじゃない!」
「初めてってのは特別だろ?」

仲間はできても、自分を唯一愛してくれる相手など皆無だったデイビッドにとって、ヴィオラからの愛情はそれは特別なものだった。
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