黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

山海の恵み

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「わぁーー!こっちも雨だったんだね!?向こうより振りが強いや。にしても、なんで転移門がこんなギリギリ濡れる所にあるんだい?」
「エリックに言えよ。」

転移の魔法陣がマロニエの木陰が丁度終わる所に固定されているため、門を抜けてきたベルダの肩が濡れてしまった。
持って来たノートを拭きながらベルダがベンチに座ると、すぐに香ばしいコーヒーの香りが漂って来る。

「リディアに怒られちゃったよ。あんまりデイビッド君に迷惑かけないようにって。」
「魔物にそこまで心配されてんのか…」
「それから、彼女にも移住の話をしてみたんだ。そしたら、僕の行きたい所なら何処へでもついて行くから安心するようにって諭されちゃった。」
「良く出来た助手だな!」
「…今度、ここへ連れて来ようと思う。そうしたら彼女に掛けた束縛を解いて、本当の気持ちを聞いてみるんだ…」
「悪いが俺は一切共感できねぇぞ?!」
「もしそれでリディアが僕から離れて行ってしまっても、受け入れる覚悟ができたよ…そしたら僕は、生涯リディアの居るこの森で暮らす事にする。」
「勝手に野放しにすんなよ?!」

野生に還すにしてもここはデイビッドの領内だ。
魔物との異種間恋愛はせめて他所でやって欲しい。


デイビッドは、まだ人肌程の温もりが残る瓶と果実酒をカゴに詰めると、コーヒーとベルダを木陰に残し、空樽を担いで雨足の落ち着いて来た草原へ傘をさして出て行った。
雨に烟る森の中は銀色に輝き、川の水位が少し上がっている。
湖に着くと、靄のかかった湖面に雲が降りてきていて、その隙間から虹が見え、なんとも幻想的な光景が広がっていた。
(ヴィオラにも見せたかったな…)

水辺の岩にカゴを下ろし、仕掛け罠を見に行くとワイヤーが絶えず震えて、何かが掛かっているのが一目でわかった。
引き上げた罠カゴには、大きなウナギと亀、そして再びロブスターが何匹もかかっていた。
陸に引き揚げて獲物を樽に移し、亀だけ水に戻してやると、仕掛けを陸に置いたまま樽を背負い直して立ち上がった。
(カゴがなくなってら…気に入ってもらえるといいな)

いつの間にか岩に置いたカゴが消えていて、ジーナが持って行ったことがわかり、少しだけ嬉しくなって湖水に軽く手を振るとまた来た道を傘を手に帰って行く。
雨に濡れる森の香りが心地良く、少し道を逸れるとあちこちの木の幹にたくさんのキノコが生えていた。
(お!ジロールだ!ヤマドリタケも生えてる!)
キノコは見分けが難しいが、デイビッドはいつもその場でかじって可食の有無を確認している。
(これは間違いなさそうだ!少し採ってくかな…)
常備の縄で小枝を編み、簡易の容れ物を作ると早速キノコ狩りを始め、そのままつい夢中になり気づけば昼近くになっていた。

エビにウナギにキノコと山菜も手に入り、デイビッドはのんびりとひとりの時間を満喫してキャンプへ戻った。

「お帰りなさい。ずいぶん遅かったですね?」
「悪い、途中寄り道してた。今から昼の支度するから、少し待ってくれ。」
「当然のように食事の係になってるんだね。君ホントに貴族なのかい?」
「年中ボロ白衣で魔物にべったりな科学者には言われたくねぇよ!」
「お二人共ですよ!ご自身が高位伯爵家の子息なの忘れないで下さいね?!」
「アハハハ!僕はもう除籍されてないだけの幽霊親族だよ~!」

笑うベルダの横で、嫌なことを思い出したという様な顔のデイビッドが大鍋に湯を沸かし始めた。
竈門の火を強める横でエビの水を替えて汚れを吐かせ、ぬらぬらうごめくウナギを掴む。

「よくつかめますね、そんなの。」
「コツはいるけどな、あとはこうして…」

ウナギをまな板に叩き付けると、動かなくなった瞬間に頭を切り落とし、ヒレと尾を削いで3枚に下ろして良く洗い、キレイに開いてから油を塗った網に挟んで蒸し焼きにしていく。

大鍋の湯は半分を取り分けて採ってきたままのキノコを放り込み、ゴミや汚れを熱い湯で洗い流し、ザルに開ける。
こうする事で繊細なキノコの身崩れを防ぎ、旨味を閉じ込めることができる。
冷水に取ったキノコは改めて流水で洗いながら、ゴミや石付きやヒダを取り除き、分別して水気を切っておく。

清水で洗ったロブスターは塩をたっぷり入れた湯でガラガラ湯掻き、今日捕れた分は全て茹で上げてしまうと、殻はまた出汁用に取り分け、今日はトマトベースのスープに仕立てる。

昼は竈門の火だけで作るのでメニューにはピザをチョイス。
薄切りのキノコにロブスターもたっぷり乗せて焼き上げる。
他のキノコと山菜をバターで炒めたら茹で上げたパスタと和え、これまた森の旨味を閉じ込めた一品が出来上がった。

「わぁ、豪華だね!」
「獲物がある時は使わねぇとだからな。ヴィオラ…まだ寝てんのか。目ぇ覚ますかな…?おーい、昼メシできたぞ?」

窓辺で軽い寝息を立てているヴィオラを起こそうと、窓枠をコンコンと叩いてみると、飛び起きたヴィオラが弾みで後ろへひっくり返ってしまった。

「うわぁっ!あぁぁ!!」
「びっくりした…こっちも。」
「もっと優しく起こして下さい!」
「これ以上ない程優しく声掛けたんだけどな…?」
「もっと耳元とかで囁いてキスとかして!!」
「しないし、こっからじゃ届かねぇよ?」

馬車の中と外でやいやいやっていると、騒ぎでシェルリアーナも目を覚ます。

「もう…うるさいわねぇ、何時だと思…って今何時よぉ!起こしてよぉぉー!もぉーー!!」
「大丈夫、寝起きの顔もかわい、ア゙ッ!!」

顔面に肘を食らい、ロフトから落ちるエリックを無視して、猛スピードで身支度を整えたシェルリアーナは馬車の窓から外へ飛び出した。

「お腹減ったわ!」
「私も!お勉強したのでペコペコです!」
「(ほとんど寝てたのに…?)丁度並べるとこだ、手伝ってくれるか?」
「はぁーいっ!!」

エビを山程使ったサラダに、ピザにも丸まった大振りのエビが乗っているのを見て、ヴィオラはウキウキと食器の用意をしている。

「あ、キノコですか?見分けとか大丈夫なんです?」
「選別できる種類しか採らねぇよ。毒見もしてきたし、補償する。」
「まぁ、僕達なら自分の解毒くらいならできますからね。」
「当たる時は俺ひとりって事か…」
「大丈夫ですよ!私はデイビッド様を信じてますから!」
「そう言いながらアミガサタケははじいてる…」
「これ食感がモニョモニョするので嫌いなんです!」
「高級食材なんですけどねぇ?」

(なによ、心配して損したわ…)
シェルリアーナは目覚ましのハーブティーを飲みながら、婚約者の隣でニヤけているデイビッドを眺めていた。
(幸せそうにして…間違っても別れようなんて考え起こすんじゃないわよ、まったく!!)
余計な事を考えている時のシェルリアーナは、絶えず口が動いて良く食べる。
キノコのパスタを余程気に入ったらしく、大皿の半分も平らげて更にピザに手が伸びていた。

ヴィオラは昨日の今日で再び出会えたエビ料理を、じっくり味わって食べている。

「デイビッド様の食べてるのは何ですか?」
「ウナギだよ。開いて蒸し焼きにしてから軽く炙って塩振ってあるんだ。」
「ゼリー寄せとかしか知りませんでした!その方がさっぱりして食べやすそうですね!」
「そっちの…うねうねしてるのは…?」
「ウナギの内臓。消化管の部分をよく洗って湯通ししてあるんだ。まぁ、珍味だな。」
「君は本当に変なものばっかり食べるんだね!」
「これが普通に流通してる所で覚えたんだよ!悪ぃか!」

賑やかな昼食の後に、マロウの花茶と取り分けておいたスモモのワイン煮を楽しんでいると、日が差して雨が止んだ。

「わぁぁぁ!!デイビッド様、虹です!おっきな虹が出ましたよ!?」
「あら、素敵ね!色もはっきり見えるわ!」
「キレイですねぇ!ヴィオラ様、せっかくですので写真撮りませんか?」

皆が虹に夢中になっている後ろで、デイビッドは再び馬車の跳ね戸を開き、風を通してキッチンを展開していた。

その時、転移門が光ってまた誰かが現れた。

「ずいぶん素敵な隠れ家だねぇ、シェリー…」

やって来たのはエリザベス。しかしいつもと様子が違う。
薄汚れた作業着の上半身を腰に縛り、髪はボサボサで疲れ切った顔には煤汚れまでついている。
いつもはにこやかなタレ目が、今日は鋭くシェルリアーナを捕えて睨みつけていた。
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