黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

王族組のそれぞれ

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「お兄様!見て下さい、こんなに大きなボンボンの瓶詰めですよ?!」
「ああ、良かったなアリスティア。私の所にもさっき届いたよ。お前の程大きくないけどな!」

デイビッドが休暇中、王族2人は国の一大事を何とか収拾せんと、日々駆けずり回っていた。

アリスティアは茶会や夜会に顔を出し、自陣に引き込める貴族家を増やしながら貴族子女達と顔を繋ぎ、情報交換と注意喚起、必要ならばチクリと釘を刺すことを忘れずに日夜奔走していた。

アーネストは下らない貴族達からの陳述を嫌々読みながら、力を削ぐ所は思い切り良く削ぎ落とし、今後の国の在り方を共に考えてくれる家を取り立て、過去の栄光にしがみつくだけの年寄り達からその椅子を取り上げた。
協会と結界が消え、王都を支えるの柱のなんと心許ない事か、アーネストは自分の目で見た足元の危うさを嘆き、なかなか動こうとしない父親を急かして地盤を固める準備を進めている。

強力な4大公爵の内ふたつの家が勢力を失い、8大侯爵は内三家は代替わりで王家への口出しを控える立場になり、ニ家が消え、新たな侯爵を選定する準備を整えているところだ。
降って湧いた昇格の機会に社交界はざわつき、誰が次の侯爵になるか既に探り合いが始まっているようだが、そこは王家でも意見が割れてまとまっていない。

日々政務に追われ、疲れた2人の所へやって来た嬉しい贈り物。
アリスティアへはボンボンの大瓶と、蕩けるほどやわらかなシフォンケーキ。
アーネストへは酒入りのボンボンとミントの効いたキャンディ。
そして“極秘”と書かれた缶の中にはハーブティーが入っていた。
念の為(というか好奇心で)魔術師のミス・アンジェリーナに分析を頼むと、顔を引き攣らせながら「安全ではあるが大変貴重な物のため、他者への提供は極力控える事」という言葉を添えて返された。
試しに飲んでみると、上品な花の香りと清々しく清冽なハーブの味わいが心身の疲れを一気に癒してくれた。

「良い茶だな!アイツ、こんな物まで作るのか!」
「う~~ん!デイビッド様のお部屋で頂く物と似ておりますので、ご自分でブレンドされたのでしょうね。私コレ大好きなんです!」
「そうか…お前は学園でこんな物まで飲ませて貰ってるのか…」
「美味しいでしょう?頭もスッキリして、身体がとても軽やかに感じるんです。」
「どっっ…かで嗅いだことのある匂いな気がするんだよなぁ…どこだったか…」
「たまにデイビッド様からも似た香りがしますからそれでは?」
「アイツ花の香がするのか!?あの顔で?!」
「温室などに籠もられる事もありますし、薬の調合もされますから、当然では?」
「当然なのか?!次期辺境伯当主でそれは本当に当然なのか?」
「だってデイビッド様ですもの。」

アーネストは妹のその一言にまた無理矢理納得させられてしまい、唇を噛んだ。



「なんだこりゃぁ!!!??」

「わぁぁーーー!!すごい、パドルシップだぁっ!!」
「これは…またすごい物を贈って来たなアイツめ…」
「まぁ、なんて素敵な船でしょう!皆があんなに集まって眺めておりますわ。直ぐにでも進水式を致しませんと!」


アデラへ着いた象牙と金細工に飾られた豪奢な馬車は、他国へ赴いていた王太子の帰還を知らせながら街を練り歩き、人々の視線を集めている最中、港へ隣国より婚約の祝いの品が届けられたと知らせを受けて王家の船を預かる船着き場までやって来ていた。

そこには、従来型より更に大きく、頑丈そうなパドルを両脇に備えた魔導式の客船があった。
中が広く美しい事はもちろん、白い船縁にはアデラ特有の文様が細かに施され、ドアノブや腰板の細部にまで細工が生える、正に王に相応しい船であった。
機能性と遊び心を兼ね備えた豪華船に、馬車に乗っていた王族一行は大いに感嘆し、心を躍らせていた。ただ一人を除いて…

「兄上、早く!早く乗ってみたい!」
「落ち着きなさいジャファル、コレは他でもない王太子夫妻への贈り物だぞ?」
「嫌ですわカミール様ったら、正式な婚儀はまだ先ですのに。」
「そうだ、いっそこの船で式を挙げられては?パレードの後にこの船で港をぐるり周回してそのままハネムーンなんていかがですか?」 
「まぁ!なんて素晴らしいアイデアかしら!ねぇ、サラム様、お聞きになりまして?とっても素敵じゃありませんこと?!」

「お前等、頭大丈夫か?!これのどこがステキだって?!よく見ろ!船首がとんでもねぇコトになってんじゃねぇか!!」

アデラの船で船首に人気のモチーフは海竜と人魚、それから海の女神と風の精霊だが、この船の船首にはサラムの黄金像が生えている。

「嫌がらせにも程があるだろ!?どんなナルシストが乗るんだこんな船!?」
「そんな事言って、ついさっきまであんな顔して民に挨拶されていたではありませんか。」
「そうですよ、兄上。それに見て下さいあの集まった人々の嬉しそうな顔を!皆兄上の笑顔の像に喜んでいますよ?!」
「あんなもん堂々掲げてどうやって航海しろってんだ?!初手一発目で大後悔必至じゃねぇか!!」
「明日にも進水式を執り行えるよう、計らいましょう。」
「やるならアタマんトコへし折ってからにしろ!!」
「何を仰るの?民もあんなに喜んでおりますのよ。このまま見せ物にしておいてもよろしいではありませんか。」
「見せ物って言った?シャーリィが俺の顔見せ物って!!」
「本物は滅多に拝めない特別なものとして、せめて偶像くらいはお許しになられたら?」
「そうですよ兄上。今までだって国民向けに出してた肖像も写真も全部あの顔だったじゃないですか。」
「そうそう今更今更!そうだ、ディアナ姉上にも写真撮って送ってあげよ!」

公務の合間にも窓からチラチラ見える黄金像。この返礼をいかにしてやろうかと、この日からサラムは絶えずそんな事を考えるようになった。



「アザーレア様、今日も大変麗しく在られますなぁ!」
「凛々しくて隙の無い身のこなし、なんとお美しい…」
「アザーレア様、こちらが本日のご予定となります。午前中は来期軍事費の各予算案に目を通して頂き、その後干ばつ地域の補助と対策についての会合、夕刻には主要行政地区の首相達と会食とーーー」
(…ヴィオラが足りない…)
「それから、王太子殿下よりお話しがあるとの事で、お時間の調節をーー」
(ヴィオラに会いたい…)
「それと、新たに発見された鉱脈の管理で揉めている件について、王族の介入を要するとーー」
「ラムダに行く用は無いのか?」
「……先日お帰りになったばかりですので、しばらくは…」
「そうか…」

アザーレアは静かに髪留めの石を撫で、寂しそうに微笑んだ。

「あの髪飾りは本当によくお似合いですね。」
「一体どなたからの贈り物でしょう…」
「なんでもラムダのご友人からと言う話でしてよ?」
「王族か貴族の殿方からではなくて?」
「きっと素敵なお相手がいらっしゃるのでしょうねぇ…」

(ヴィオラに会いたい!ヴィオラに会いたい!ヴィオラにヴィオラ!ヴィオラ!ヴィオラァーー!!)

良くもまぁ他人の婚約者(同性)にここまで入れ込んだものだ。
本心を隠すのも王侯貴族の嗜みというが、狂気を感じる程の煩悩に呑まれた内心を抱えて平常を装うアザーレアもまた、兄同様変態じみている。



「殿下、“灰雪の盗賊団”の残党が先程この国に到着いたしました。」
「ご苦労。直ぐ仲間と共に牢へ繋いでやれ。ラムダにはまた借りを作ってしまったな…」
「陛下がお心を砕かれておりました雪の魔石の結晶も、無事商人の手に戻ったとの事でございます。」
「そうか。良かった。しかし、喜んでもらえるだろうか…」
「もちろんでございますよ。大変珍しい性質を持つ魔石の、それも初採掘で王太子殿下自らが手を掛け掘り当てた物ですぞ。家宝にもなり得るかと…」
「そんな大仰な物などではない。ただ、私も少しは変われたのだと彼奴に伝えたかっただけだ。」
「お会いしには行かれないのですか…?」
「合わせる顔が無い。無理に押しつけようとした妹も、結局彼奴の手で良縁に恵まれた。私はここで精進し、誰にも恥じない王になるより他無い。それが彼奴へのせめてもの償いだ。」
「一国の王太子が、他国の、それも一階の貴族に振り回されてはなりませぬぞ。」
「振り回されてなどいないさ。そうじゃない、どんなに前に進んでもあの背中は遠いのだ。私も追いつかねばと必死なだけだ。」

キリフは夏でも雪が残り、日の出る時間も短く、日差しはあっという間に山の彼方へ沈んでしまう。
山間の行き来が洞窟を使う事でぐんと楽になり、薬や物資のやり取りも容易になって、この冬は餓死者や凍死者も少なく済みそうだ。
キリフ国王太子、イェルハルド・ヨハンソン・キリフ三世は、雲間から差す明るい光を眺めながら、まだ見ぬ。ラムダの地に思いを馳せた。
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