黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

異変の始まり

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「おや、お2人共寝てしまいましたか。」

呑気に戻って来たエリックがカウチに座り自分の食事を始める頃、ヴィオラとシェルリアーナはそのままクッションにもたれかかったまま眠ってしまっていた。

「しばらくそういう生活だったからなぁ…」
「布団が真横にあってご飯でしたからねぇ。どうします?このままにしときましょうか?」
「寮にはなんて言うんだ?」
「確か、まだ外泊の届けの期間内のはずですよ?」
「仕方ねぇなぁ…」

洗い物を済ませ、明日の仕込みを保冷庫に寝かせると、デイビッドは2人に布団をかけてやり、自分は外に出た。

「あ、そっち行っちゃうんですか?」
「ったりめーだろ!!」

ファルコもムスタも各々自分の寝床でくつろぎ、大砂鳥達も仲間と合流して巣の中で落ち着いている。

家馬車の中へ入ると窓辺にヴィオラのノートと髪留めが置いてあった。ここが特等席だったヴィオラは、この窓辺に日が当たるとうたた寝をしながら風に当たっていた。
デイビッドがその反対側に座り、明かりを消すと、ロフトのベッドに淡い光が灯って再びエリックが寝転がる。
こうしてデイビッドは、この日初めて自分の馬車の中で一夜を過ごす事になった。


次の日、いつも通りオーブンに火を入れて朝の支度をしていると、シェルリアーナが飛び起きた。

「え?なんで?!私寝ちゃった!?ここで??」
「よぉ、よく寝てたな。」

馬車のロフトと違い、カウチソファの上では寝姿から何から丸見えで、流石に乙女としての恥じらいはあるのかシェルリアーナが顔を真っ赤にしてデイビッドに掴みかかった。

「忘れろぉぉぉ!!記憶から無くせぇぇぇ!!」
「包丁持ってる人の首いきなり絞めるな!!ここで寝るの何回目だよ!お前が寝てるとこなんざ別段珍しくもねーよ!」
「なんでよぉぉ!!アンタ自分の研究室で女の子が寝てて何とも思わないの!?」
「つい昨日までほぼ同空間で寝泊まりしてたクセによく言うな!?」
「存在感薄っすいアンタのせいよ!!」
「存在感薄くねぇだろ!!」
「アリス様も言ってたじゃない!なんか別のそういう生物にしか見えないのよ!異性って認識が希薄になるの!これで変な噂でも立ったらどうしてくれんのよ!」
「理不尽!落とす落とす!包丁落ちる!手ぇ離せ!」 

「仲いいなぁ…」

朝から騒ぐ2人を、同じく目覚めたヴィオラがぼんやり見つめていた。

「今朝のスープは~キノコと海藻だ!卵足しちゃえ…ハーブティーも淹れて、ベーコンは…もうないのかぁ、ソーセージ茹でちゃお…へへ…私茹でる派~…」
「朝から和やかにカオスですねぇ。」

気にせずどんどん朝ご飯を作り出すヴィオラと、その後ろでまだ騒いでいる2人をエリックが引き気味に眺めている。

「今日こそ課題仕上げてテスト勉強しないと…」
「僕も今日は授業の方へ出る予定なんですよ。実技の多い学科なので教員も大変です。」

アツアツのソーセージをパンに挟み、いい音をさせながらヴィオラが朝食を楽しんでいると、デイビッドもようやく解放されてソファに座った。

「今日はあちこちやる事があるから、昼は簡単なもんになるぞ?」
「わかりました!私はずっとここで課題をするつもりなので、お留守番してます!」
「よろしくな。」

そうして皆がいなくなると、研究室はヴィオラだけとなった。


デイビッドがまず向かったのは魔法学棟。ベルダの第七研究室の扉を開くと、嗅ぎなれた薬品と薬草の匂いに包まれる。
しばらく来られなかったたため、駄目になってしまった素材を廃棄し、新しく作り直していると外からドタバタと足音がしてドアが乱暴に開いた。

「デイビッド君!おかえり、君を待ってたんだよ!」
「よぉエド、なんか用か?」
「イヴェットがストレスで猫化したままもう3日も戻らないんだ…」
「3日…?」
「聖霊教が今勢力を伸ばしてるのは知ってるだろ?その流れで妖精血統も注目を浴びててね。お見合いの申込みが山程来てて、逃げ出して来たんだって。」
「それで猫に?」
「エリザベスが下宿先で匿ってくれてるけど、いずれは連れて行かれちゃうかも知れないって…」
「イヤイヤ嫁がされて妖精は嫌じゃねぇのかな?そういう欲にまみれた繋がりこそあの手の類が喜ぶとは思えねぇけど…」
「だよねぇ?!なんか矛盾してるよね!」

デイビッドはベルダの本棚から妖精に関する資料を引き抜いて開いた。

「“妖精は霊質が森羅万象に宿り、魂と意志を持った超常的存在の総称である”…」
「え?君もしかしてそこから?!」
「悪かったな!見えも触れもしねぇモンなんざ普通は知らねぇんだよ!」

目の前に現れるから仕方なく対応しているだけで、決して好きで関わっているわけではない。
ルーチェくらい身近になって初めて仲間意識が生まれる存在だ。
なるべくなら関わり合いにはなりたいとは思っていない。(その辺は手遅れだが…)

「うーん…なんかイマイチ掴みきれねぇな…アリーに聞いてみるか!」
「アリー?アリーって、ベルダ先生のとこのあのアリー?なんで?」
「昨日まで精霊と妖精に遊んでもらってたらしい。」
「なんで!??」
「話すと長くなるんだけどよ、俺のもらった領地が精霊界と繫がっちまって、アリーはずっとそこで遊んでたんだと。」
「それ…バレたら領地没収とかされちゃわない?」
「んなことしたら…しっぺ返しがおっかねぇな…」

あの土地には、既にデイビッドと名前の契約を果たしたジーナや、精霊界の入り口の番人、鹿角の精霊など強大な力を持つ精霊や妖精が大勢いる。
それを私利私欲のため取り上げようなどとなったら、王都どころか国が崩壊しかねない。
(よく考えたら怖ぇよなぁ…)

薬草の蒸留には時間がかかる。その間に温室へ向かい、別館へ入ると部屋の中に何か変な物がぶら下がっていた。

「なんだこりゃ?」
「やぁデイビッド君。ずいぶん早く来てくれたね、どうかしたのかい?」
「アリーに少し話があって…それよりなんだアレ?」
「ああ、アリーが君の馬車を真似て作ったツリーハウスだよ。中を見てご覧?君の使ってる道具とかも再現しておままごとみたいで面白いよ?」
「へぇ…?」

ツタのはしごを登って中を覗くと、アリーがベッドやクッションをツルやツタで作りゴロゴロしていた。

「フカフカ シテナイ…」
「木だからな。」
「アリーモ フカフカホシイ」
「後でやるから、少し話し聞いてくれるか?」
「ワカッタ ヤクソクナ!」

アリーはツタ小屋から出てくるとデイビッドの前に木のコップを差し出した。中には金色の蜜が揺れている。

「なんだこれ…」
「アリーモ ミツ ダセタ!」
「あぁ…甘露アムリタか……アルラウネの…」
「アリーモ ドウゾスル」
「いや!飲まねぇよ?!」
「ドウゾスル!」
「人間やめろってか?!ドライアドでさえひっくり返るかと思う程強いのに、この上アルラウネの蜜なんざ飲めるか!!」
「アリーモ ドウゾ シタカッタ…」
「しょんぼりして見せてもダメだからな!?」
「チッ」
「舌打ちすんな!!」

なんとか本題に入り、デイビッドはアリーに妖精との交流について相談してみた。

「ヨウセイハ スグチョウシニノル」
「アリーみたいだな。」
「ヨワイヨウセイハ ツヨイヤツニ クッツイテル ツヨイヤツノ イウコト ナンデモキク」
「それは…少し厄介かも知れねぇ…」
「ツヨイヤツガ ヤサシイト ヨウセイモヤサシイ デモ イジノワルイヤツニ ツイテルヨウセイハ セイカクワルイ」
「それじゃ、人間についてりゃその人間の意思に引っ張られちまうってワケか…」
「デイビッド ナニカ アッタ?アタマノナカニ ヴィオラガイナイ デモ スゴク ナヤンデル」
「四六時中ヴィオラのこと考えてる訳じゃねぇからな!?今日はイヴェットの事で色々あったんだよ!」
「ウワキカ?」
「なんでそうなるんだよ!?イヴェットが家の都合で好きでも無いヤツと結婚させられそうなんだと。何とかならねぇか相談受けたんだよ。」
「イヴェット コマッテル? ダッタラアリーガ チカラニナル!」
「力に…なるかも知れねぇなぁ!アルラウネが出てったらよ!街中パニックだわ!それどころじゃなくなるよな!絶対ヤメてくれ!!」
「アハハハ全っ然話が進まなくて面白いね!?」

ゲラゲラ笑うベルダは、アリーの蜜を回収し、リディアに預けると少し考えて分厚い本を引き出して来た。
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