黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

秘密のおつかい

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妖精を見ることができる人間は限られている。
エドワードやイヴェットの様に血筋で視る者や、エリザベスやシェルリアーナの様に感性で捉える者もいるが、妖精に関わりその祝福や寵愛を受けて開眼する者もいる。

そしてもう一つの方法が契約を結ぶ事だ。
双方合意の上で、何かしらのやり取りを行い、妖精の同意を得て契約を結ぶと、その契約者は妖精を見ることができるようになる。

そして最後の手段が、霊質を身体に入れる事。
本来人間の身体に留められる程の霊質を摂取し維持する事は難しい。
ベルダは長年ドライアドの花蜜を口にしている内に、精霊種の存在が捉えられる様になったそうだ。
デイビッドもアルラウネの果実を(無理矢理)食べてから霊質に関わる存在を見ることが出来るようになった。
しかし霊質に富んだ食材は少なく非常に高価なため、定期的に摂取するなど貴族でも容易には出来ない。

(あ、また飛んでる…女神信仰が消えたらいきなり増えたなぁ…妖精かぁ…かわいいけど、飼い方知らないし、見てるだけでいいかなぁ…)
ヴィオラ達のケースは極めて稀なため、恐らくどのテキストにも載ってはいないだろう。


季節は初夏。日に日に暖かさが暑さに変わり、日差しが強くなる。
ヴィオラが育てているツル豆が、とうとう収穫の時期を迎えた。

「豆の形が見えてないやつはサヤごと食べられる。少しでも膨らんでるやつはこの種類じゃ硬くなるから、豆にしちまうといい。」
「あっちのお豆はもうふっくらしてますね!」
「あれは元々サヤごと食べる種類だからもう少し膨らませてから収穫だな。こっちはグリーンピースの種類だから食べるのは豆だけ。他のは実が熟してから収穫する用な。」
「お豆だけでこんなに種類が…」

庭先の菜園の一部をヴィオラの希望で豆畑にしたところ、どれも大豊作となり、そろそろ食べ頃の豆が鈴なりだ。

「こっちは大粒のが採れたな。米に炊き込んでみるか。」
「キッシュもいいなぁ。」
「バターディップは外せませんよね!」
「和えるんじゃなくて付けながら食べるのがいいのよね。ソースの種類増やしてよ。」

何故か豆仕事となると集まって来るエリックとシェルリアーナ。
4人で豆を剥いたり選り分けたりしているとあっという間に時間が経つ。

「シェルはリズと工房に籠もるんじゃなかったのか?」
「忘れ物取りに来たのよ。ついでにお昼も食べてくわ。」
「最早食堂扱い…」
「あとリズにもなんか作って。あの子集中すると工房から出て来ないのよ。」
「食堂って言うより寮母さんみたいな扱いですね!」
「どっちにしろ酷ぇな!!」

今日の昼は豆尽くし。
豆入りご飯に、スープもサラダもメインにもたっぷり豆!
塩茹での豆をスナックの様にポリポリ食べる3人の横で、デイビッドはリズのために残っていたマンドレイクでパイを焼き、濃いめの味付けをしたサヤエンドウのサラダと、豆飯のおむすびをカゴに詰めた。

「あっ、ダメ!食べたら眠くなっちゃった!!」
「食ってすぐ寝る生活してたからな…」
「だってベッドが横にあるんだもの!うぅぅ…もう行くわね、これ以上アンタの顔見てると条件反射で寝そうになっちゃう…」
「人の顔見て眠くなるな!」
「確かに、頑張らなくていいやって気になりますよね、デイビッド様見てると。」
「じゃぁ見るなよ!」

部屋の日陰で眠っていたイヴェットは、賑やかなテーブルを少し疎ましげに一瞥し、背中を丸めて毛繕いをしていた。


午後、ベルダの研究室でデイビッドは再び薬の調合をしていた。そろそろ在庫を増やしておかないと、またいつ注文が入るか分からない。
魔草から抽出した成分の結晶化もだいぶ成功率が上がり、手際もどんどん良くなっている。
そこへまたエドワードがやって来た。

「あ!デイビッド君、イヴェットの事なんだけど…あれからどうしてる?ちゃんと人間に戻れた?」
「いや?猫のまま。」
「なんで!?」
「本人が望んで猫になってるなら俺たちが邪魔してやることもねぇだろ。何も死ぬわけじゃない。ちょっとした息抜きだ。我慢もしてきた分、好きにさせてやれよ。」
「そんな…いや…でも…うーん…」
「それともなんか不都合があるのか?」
「来週から、ベルダ先生と僕等で開発してた魔力抑制剤の治験が始まるんだ。」
「へぇ、もうそんな段階か!?」
「それで、その前に薬学の研究所に認定を受けに行かなきゃいけなくて…そこでベルダ先生の助手として名前が上がる予定だったんだ…」
「本人不在じゃまずいのか?」
「やっぱりその場にいないとね…実績や功績はひとつでも残しておかないと、僕達みたいな家から出ようとしてる者にとって、どこかに名前が上がるって事はすごく重要なんだよ。」
「それなら、別のとこで上げてくしかねぇな。」
「あんまり悠長な事言ってられないんだよ!早くしないと、力のある家に無理矢理婚約させられちゃうかも知れない」
「イヴェットの歳なら婚約期間すっ飛ばして成婚かもな。」
「そんなのダメだ!!」
「そう言われてもな…」

狼狽えるエドワードを前に、恋愛には全く興味が無く、勘も察しも悪いデイビッドが眉間にシワを寄せていた。

「さっさと迎えに行けばよかったな。」
「え!?」
「二の足踏んでる間があったら、さっさと声掛けて返事くらい貰っときゃよかったなってっつってんだよ。」
「な…なにを言ってるんだ君は…」
「なんだ、そういう話じゃねぇのか?」
「そ…そうだよ!そういう話だよ!なんだよ普段は鈍いクセに!こんな時だけ鋭いのなんでだよ!!」
「俺は興味ねぇよ。周りはもう気がついてるって話だ。」
「僕だって何もしてない訳じゃないよ!独立しようとしてたのだって、か…彼女のためで…」
「で、自分の事で手一杯の内にしてやられたと…」
「っっなんだよ!!君って実はけっこう性格悪いな!?」

実はこの話、デイビッドが気がついたのではなく、シェルリアーナから聞かされて相談(という体の愚痴)を受けていた話だ。
今吐いた感想も、2人の関係にイライラしたシェルリアーナの台詞で、正直デイビッドにとって他人の恋愛など心底どうでもいい。
それでもエドワードに発破を掛けるのは、この2人の進展がイヴェットの精神的な解放に繋がらないか考えたが末の事だ。

「妖精血統なら、妖精とか精霊の話は聞くんだろ?そっちはなんとか時間稼いでやるから、その間に準備しちまえよ。」
「なんとか…って、どうするつもりだよ!イヴェットのとこは物凄い人間嫌いで偏屈なんだぞ!?それが嫌で彼女は独立しようとしてたのに…」
「なら、人間じゃない奴の力を借りればいい。」
「なんだよそれ!精霊でも連れて来ようっての?!」
「まぁな。さっきアリーにちょっとおつかい頼んだところだ。」
「おつかい…?」


時は少し前、昼食の直後。
領地で採取した薬草を、野生種と栽培種で薬効の比較をしようと温室へ寄った際、デイビッドはベルダに声を掛けられた。

「ねぇ、この後少し君の領地へ行くんだけど、いいかな?転移門も1日1回くらいは使わないとだし、これから通おうと思うんだけど、何かしておく事とかあるかい?」
「ならアリーに頼みたいことがある。また森で妖精と遊んできてくれ。で、ちょっと手に入れてきて欲しい物があるんだよ…」


部屋の隅でゴニョゴニョ2人で話をすると、いい笑顔のアリーがニコニコとベルダのところへ戻って行く。

「アリー オツカイ タノマレタ!」
「え?おつかい?アリーに?なんだろう!」
「ヒミツノオツカイ メガネニハ ナイショ」
「ハハハ、わかったよ。それじゃ行ってくるね!」

いくら人が少ないとは言え、魔法学棟へ昼間から堂々と魔物を連れて歩くベルダを、廊下を飛び回っていた妖精達が遠巻きに避けながら見ていた。
(人外にすら引かれてんのかよ…)
リディアは外に出られる事が嬉しいらしく、ベルダにぴったり寄り添い腕を絡めて幸せそうだ。
(上手くいくといいな…)
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