黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

フルーラ伯爵家

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異界の存在である精霊や妖精との契約は、あちら側の要望を叶える形で結ばれる事が多い。
こちらの要求を飲んでもらう代わりに、妖精の望むものを差し出すと言うのが通常のやり方だ。

例を挙げると、エリックの結んだ“仮名の契約”は、妖精や精霊に人間が名前を付け、その名を呼ぶ度に自身の魂を削って分け与えるという古来からある契約術だ。
名を呼ばれる度、妖精は強く、その存在を人の世でも明確にし、人間は魂を与える事で妖精との結びつきを堅くしてゆく。

しかしルーチェは何度名を呼ばれようと、エリックの魔力も魂も受け取っていない。
既に何らかの形で妖精側が満足した状態にあるか、納得のいく等価を受けている場合、必ずしも人間が差し出すモノを欲しがるとは限らないからだ。

ルーチェは聖域で生まれ、デイビッドを気に入ってついて来た妖精だ。
デイビッドを仲間と勘違いして研究室に居着き、デイビッドと話ができるようになってからはデスク周りで好きに暮らしている。
デスクの中に転がる精霊樹から溢れ出る霊質を糧に、デイビッドの作るお菓子や料理をつまみ食いしながら、時々顔を出してはお茶に呼ばれ、楽しい仲間や話し相手に友達もできて、更には恋した人間の少女と同じ空間にいられることを何より幸せに感じていた。

故に、何も望まないのだ。
むしろ自分も何か力になりたいと常に思っており、エリックやデイビッドに頼られると、大喜びで張り切って役に立とうとする。

俗に言う“愛し子”がこれに近い。
特定の妖精の守護を受けた人間は、他の妖精からも一目置かれ、妖精と容易に取り引きや頼み事ができるようになる。
相手側の好意に頼ったものなのでやり過ぎると不興を買うが、大抵の願いは叶うと聞く。

デイビッドの場合は相手の好意を利用しようとはせず、不要な恐れも過度な敬いもしないで友人のように扱った事が功を奏したと言えよう。
本来妖精も精霊も、契約者となる人間が死のうが苦しもうが気にしないし興味もない。
しかし、ルーチェはデイビッドやエリックが傷付けば悲しみ、憤りもする。
守護や祝福などよりも遥かに強く得難い異界の者達との揺るぎない絆を、デイビッドは手に入れたのだ。
妖精ルーチェの望む関係を築いたデイビッドただの無力な人間が、ここへ来て一番強いカードを引いたという事になる。

「話を戻しますとですね、僕が命懸けで取った契約が貴方のクッキーに負けたんですよ。」
「そんな話だったか今の!?」
「少なくとも不特定多数の妖精が集まって、人間に協力なんてしませんよ?」
「そうなのか?」
「当たり前ですよ!」
「でももう約束してくれたし、なんか用意するから待っててくれって言って出かけてったぞ?」
「ヤァ~メェ~テェ~~ッ!!すんっごいヤな予感しかしない!!」

戸棚の奥の奥にしまい込んだままにしてあった精霊血統の正装を引っ張り出して来たエリックは、やたら派手な衣装をシワになるほど握りしめながら叫び声を上げていた。


その夜、郊外の山中にひっそりと建てられた堅牢な貴族屋敷の庭先に、大きな光の玉が現れた。
飛び起きた家主が窓を開けると、空中に漂う光の雲の中に厳かなローブを羽織った青年の姿があった。
顔は薄布に覆われて見えないが、手には凄まじい力を振りまく杖を持ち、胸には大粒の精霊結晶を飾り、数え切れない程の妖精を連れていた。

「な…何者…いや…どなた様であらせられますか…?」
「 フルーラ伯爵とお見受け致します 夜分に不躾な訪問をお許し頂きたい 」
「と、とんでもない!一体何処の尊きお方か、お名前をお聞かせ頂けませんか?!」
「 ヒトであった頃の名は捨てました 今は聖域の深淵に宿る精霊様の手足となった身故 ただの遣いの者でございます 」
「精霊様の御使いとは…して、この様な所へ何の御用あってのおとないでございましょう!!」
「貴殿の末の娘子を借り受けたい、と 我が主が申されております 」
「娘…?イ、イヴェットを…ですか…?」
「 昼は人の子として生き、夜にはその身に流れる妖精の化身となり 我が主に献身的にお使え下さる大切なお方です どうかこの先 我等の仲間内に加えさせて頂きたく お願い申し上げに参りました 」
「なんと、娘が精霊様のお眼鏡に叶ったと!!」
「 この国の何処かに 精霊樹が現れたことはご存知ですか? 」
「精霊樹が…!!道理で妖精達が騒いでいるはずだ…」
「 これより我等の主は この世と異界を繋ぐ大切な道の守護者の元へ参ります ご令嬢も共に人の世を立つ覚悟をされました 今はお引き合わせが叶わず誠に申し訳ありません こちらはご令嬢より しばしの別れに伴い 家族に宛てた言葉の代わりでございます 」

差し出されたのは銀色に輝く精霊樹の木の枝。
伯爵はそれを恭しく受け取ると、膝を折って精霊の遣いに頭を下げた。

「我が家の不肖な娘ですが…何卒よろしくお願い申し上げます…」
「時が来れば こちらへお帰り頂くこともできるやも知れません 人の身であることを忘れさせない為にも 手紙は書くよう申しておきましょう 貴殿の事も然と主にお伝えします それでは 」

月の明かりに照らされて、より一層美しい光りに包まれた使者は、まるで夢が覚めるかのように消え去った。
伯爵はいつまでもバルコニーに跪き、精霊と妖精に祈りを捧げていたそうな。


「っあ゙ーーー疲れた!!疲れた上になんかめっちゃついて来て生きた心地しなかった!!」
「ぼくの ともだち みんなつれてきた」
「連れてきちゃったらそれだけで報酬っていうか交換条件発動しちゃうから、普通なら魔力も魂もスッカラカンになって人間はお星様になっちゃうんですけどね!?」

言われた通り打って来たエリックは、精神的にくたびれて動けなくなっていた。
カウチの上にうつぶせで倒れるエリックの上に、ちょこちょこと妖精たちが座っている。

「おーい、クッキー焼けたぞ?」
「こんだけいる妖精をクッキーで釣るな!!」
「逆だって、クッキーくれるなら手伝うって言われたんだよ。」
「クッキーで妖精がお供になるなら苦労しませんよ全く!!」
「もう妖精お供に一仕事してきたクセに何言ってんだ…?」

テーブルの上で薄焼きのクッキーをサクサク音を立てて食べる妖精達がエリックに手を降っている。

「たのしかった」
「あのにんげん びっくりしてたね」
「またやろーよ」

この妖精達はルーチェと同じ聖域で生まれた仲間達で、ライラに祝福を掛けたのも彼等だ。

「いいな るーちぇ なまえもらって おいしいものたべるんでしょ?」
「ぼくもけーやくしたーい」
「無理無理無理無理!頼むから止めて!!」
「お前等止めとけよ。人間と契約なんてろくなもんじゃねぇぞ?」
「でも もっとくっきー たべたいよ」
「また遊びに来いよ。そしたら焼いてやるから。な?」
「わかったー」
「わかんない!何一つわかんない!!なんで高位精霊術の契約式がクッキーに負けんの?!つかクッキーでいいならそう言ってよ!何百年て単位で色んなモン無駄にしちゃったよ人類!」

夕食にヴィオラと食べたシチュー鍋を温め直すと、そちらにも妖精は寄って来た。

「にんげんのたべものって おいしいね」
「おいしくないのもあるよ でも ここにあるものはぜーんぶおいしいの」
「いーなー」

千切ったパンを浸して食べるものや、好きな具材だけ選んで食べるものもいて、好みが分かれて見てて面白い。

「またね るーちぇ」
「よべるなまえが あるっていいね」
「こんどはぼくにも なまえつけてよ」

仲間達が帰って行くと、ルーチェも自分のへ帰って行った。

「おやすみエリク またあそぼうね」
「遊び…ハハハ…あれが遊びか…妖精って、やっぱ人外なんだなぁ…」

ぐったり項垂れたエリックを他所に、デイビッドは部屋を片付け、さっさと寝る支度を始めていた。

「イヴェット?」 
「ナァーン!」
「良かったな。これで当面の間は家に煩わされることもなくなったぞ?」
「ンナァーン」
「ヴィオラとは…まぁ程々にしといてやってくれよ?」
「ンニャーー…」

妖精が人間との取引や契約に応じるもうひとつの可能性。それは恩返し。
多くは伴侶や親などの血筋や家族、または友人などの関係者に何かしらの恩があり、ある日いきなり契約が成り立つというものだ。
大恩を返そうと代々その血筋に仕える律儀な精霊などもいるくらいで、意外に義理堅い。
イヴェットは、猫になりながらもきちんとデイビッドに恩は感じているようだ。
それを本人に返さない辺りは流石と言うべきか、実に彼女らしい。
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