黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

出口

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一冒険者であるイクスが、自身の誇りに掛けて、2人を先へ進ませようとすると、エリックとデイビッドがそれをぶった切る。

「ほらデイビッド様、出番ですよ。」
「俺まで石にする気か?」
「大丈夫ですよ。この地下迷宮に気に入られてる貴方なら、ロストマギアにも受け入れてもらえますって。」
「またいい加減な事を…」
「これの中身をかけてやって下さい。それで治りますよ、たぶん。」
「たぶん!?」

デイビッドは恐る恐るゴブレットを手に取ったが、エリックの言う通り、確かに石化はしなかった。
ホッとするとゴブレットを傾け、イクスの足に惜しげもなくかけていく。

「おい!やめろ!金貨何百枚って価値のある霊薬だぞ?!」
「なら石化も解けるだろ?お!見ろよ、肌の色が戻ったぞ?」 

ゴブレットが空になると、イクスの足も元に戻り、その場に倒れ込んだ。

「なんなんだ君等は…財宝も欲しがらねぇし、世紀のお宝目の前にして簡単にその場で使うとか…無欲にも程がある!!」
「無欲じゃねぇよ。俺は一刻も早く地上に戻って婚約者を安心させてやりてぇんだ。これ以上ねぇ強欲者だよ。」
「僕はナメクジが這ってたダンジョンの財宝なんていらないだけです!」

その時、石の擦れる音がして、石化した木の一部が崩れ、暗い空間に光が差した。

「通路が開きましたよ!」
「よし、行くか……あれ…?」
「どうしました?」
「ゴブレットが…手から離れねぇ…」
「あー…ロストマギアですからねぇ。持ち主認定されると地獄の果てまでついて来るって聞きますよ?」
「どうすんだこれ!!」
「いいじゃないですか、連れてってあげれば。」

今度はゴブレットに気に入られ、デイビッドが利き手が利かない事に焦り、所有を認めるとあっさり離れてポケットに収まった。

またしばらく水路に挟まれた石の廊下を歩くと、今度は行き止まりになっていた。
しかしどこからか僅かに風が入って来ている。

「エリック、ここ照らしてくれ。地上で見た石板と同じ文言だ…『汝求めよ さらば命の雫ここに与えられん 試練の果てに富と栄えのあらんことを』ここも入口のひとつらしい。」

壁に触れ、風の入ってくる隙間を見つけて力を入れると、ゴロゴロと音がして重い扉が開いた。

「お?どこだここは?」
「ここは…さっきの遺跡の反対側だ!」
「やっと出られたぁ!」

外へ出ると、そこは最初にここへ落ちた地下庭園の遺跡の裏側で、知らせを受けて集まっていた冒険者やギルドの職員達が一斉に群がって来た。

「イクス!無事だったか!!」
「おーい!生きてるぞ、3人共だぁ!」
「怪我はないか?!直ぐにギルドへ報告を!」
「入り口を固定しろ!急げ!!」

バタバタと人が遺跡の周りに集まり、新たに見つかったダンジョンの入り口に興奮していた。

「おい、兄ちゃん達!中はどうだった?」
「遺跡の中だ、ただの通路ってことはなかったんだろ?!」
「みんな落ち着け!俺達は攻略したわけじゃない。偶然戻って来られただけだ!調査はまだこれから行う。これからダンジョンの管理局に報告に行かないと…通してくれ!」

イクスは仲間に迎えられ、デイビッドとエリックを伴い、急いで地上への出口へと向かった。


その頃、ヴィオラはダンジョン入り口の管理局で、単眼の女性に慰められていた。

「ヒック…グスッ…」
「泣かないでお嬢ちゃん。大丈夫よ、貴女の彼と一緒に潜って行ったのは私の恋人なの。彼すっごく強いのよ。きっと無事に戻って来るわ?!」
「私が…ダンジョンに入りたいなんて言ったから…」
「そんなの、誰も予測できない事故だわ。何が起こるかわからないからダンジョンなのよ?貴女の彼だってわかってるわよ。」

そこへ、ニューゲートを開いた冒険者が戻ったと知らせが入り、建物内は騒然となった。
パッと立ち上がったヴィオラと単眼の女性が、カウンターへ向かうと、ぐっしょり濡れた3人が職員達と中へ入って来た。
2人は思わず自分の相手に駆け寄って抱き着いた。

「デイビッド様ぁぁっ!!」
「ごめんよヴィオラ、心配させて…」
「イクス!良かった、怪我はない?」
「アイシア!俺はこの通り無事だよ。この2人のおかげでなんともなかった。命の恩人だ。」
「逆だろ?勝手に落っこちた俺達のために、命懸けで出口まで付き合ってくれたんだ、礼を言わなきゃいけないのはこっちだよ。」
「ちなみに落ちたのはじゃなくてデイビッド様単体で、僕も助けに行った口ですからね?!」

イクスがニューゲートの報告のため奥へ行ってしまうと、デイビッドはヴィオラに付き添ってくれたアイシアと呼ばれた女性に礼を言った。

「付いててくれて助かった。悪かったな、イクスを危険な目に遭わせちまって…」
「何言ってるの、ギルド関係者なら当然よ!それに、ニューゲートを抜けて来たんでしょ!?この街じゃ英雄よ!」
「ダンジョンったって、ほとんど素通りだったけどな…ところで、アイツはギルド職員?」
「いいえ、ギルドに協力はしてるけど、あくまで依頼の範疇。本業は冒険者よ?」
「登録先は?」
「この先のトルトゥガってギルド。用があるならいつでも依頼して!あ、でも戦闘は止めてね。彼、左肩を怪我してて激しい動きは辛いの。」
「そんな状態で何が起こるかもわからねぇ所に飛び込んでくれたのか。ただ礼するだけじゃ足りねぇな。」

デイビッドは、ダンジョンの報告を専門家のイクスに任せると、ヴィオラを伴って街へ戻った。

「心配し過ぎてお腹空きました…」
「悪かったって、ウルヴスに戻って何か食べようか?」
「そうしましょ?!僕も早く着替えたいですし!」
「その前に1件だけ寄らせてくれ。」

デイビッドはそう言うと、青い亀の模様が彫られた看板を見つけ、中へ入って行った。

「冒険者に振り込みをしたい。イクスって槍使いがここにいるだろ?」
「はい、イクスはこちらの登録です。報酬ですか?依頼料ですか?」
「いや、迷宮内で事故に遭った所を手助けしてくれたんだ。謝礼に近いかな。」
「承りました。ではこちらにサインと、現金をお預かり致します。」
「悪いな、今細かい手持ちがないんだ。これで頼む。」

デイビッドは金銭のやり取りを証明する書類にサインすると、小さな袋をギルド職員に渡した。

「金貨3枚だ。確かめてくれ。」
「はい、こちら…金…あの、失礼ですが、銀貨ではなく?」
「ああ、3枚。袋がスカスカで寂しいけど、間違いなく入ってるよ。」
「失礼致しました!金貨3枚。確かにお預かり致しました!」
「じゃあな、頼んだぜ?」


ギルドを出たデイビッドは、その足で真っ直ぐウルヴスを目指した。
ヴィオラはデイビッドの腕にしがみついたまま、離れまいと足を動かしている。
その歩幅に合わせて歩くデイビッドの顔は、いつもより穏やかに見えた。

「サウラリース…良いところですね。みんな親切で優しくて。」
「まぁな。もう長い事来てなかったが、俺もそう思うよ。」
「デイビッド様の領地もこんな風にならないかな。」
「ちょっとハードル高いな!」


ウルヴスに戻ると、丁度パンタスが仕事に戻る所に行き合った。

「パンさん!って事は婆ちゃん達はもう家か?」
「はい、お帰りになられました。」
「長い事世話になって悪いな。」
「そのようなことはございまセン。大変楽しい時間でございました。」

デイビッド達がパンタスと別れ、アルテミシアの家の方を見ると、煙突から煙が登っていた。
3人は外食は止めて、代わりにサウラリースの食材を両手に買い込んだ。

「デイビッド様!急ぎましょう?きっとライラちゃんもお腹空かせてます!」
「確か、壁に据え付けの古いオーブンもあったよな。全部使ってなんかやってみるか!」

家の中ではアルテミシアが買い物袋を放り出し、ライラに着替えをさせていた。

「ただいま帰りました。」
「あら、グッドタイミングね。お昼の支度するから手伝いなさいな。」
「私もお手伝いさせて下さい!キッチンをお借りしますね!?」

ヴィオラは手際よく食材を取り出し、鍋とフライパンの支度をすると、まずはスープに取りかかった。
切った野菜が煮える間に、ガチョウ肉に下味を付けてグリルに並べたら、薄切りパンを敷いた型に溶いた卵とジャガイモのスライスを並べて、お手軽キッシュを焼いていく。
外ではデイビッドが据え付けのオーブンに薪を入れ、火かき棒で掻き回しながら中の温度を調節し、ヴィオラに合図を送ると、オリーブオイルで練った無発酵のパンを入れて焼いていく。
パンに挟んだソーセージとチーズが良い音を立てる内に、スープにスターチを揉み込んだ鳥の胸肉の細切りを投入し、強火で煮立て、味を整えたら昼食の完成だ。

「驚いたこと…私の孫はてっきり冒険家か商人になっていると思っていたのに、まさかの料理人とはね。」
「美味しいですよ?デイビッド様の作るご飯は。」
「そして当然のように何もしないエリックあなたにも驚いたわ。何でもこなすエリート中のエリートフットマンではなかったのね。」
「あ、それもう卒業しました。」
「そう…まぁ、ヴィオラちゃんが楽しそうならいいわ、なんでも。」

アルテミシアは、孫達の作った食事に長い事感謝の祈りを捧げてから、幸せそうにフォークを手に取った。

「あぶぅー!」
「ライラ、野菜もちゃんと食べろよ?」 
「スープも冷ましてあげるわね。」

ライラの世話を焼きながら食事をする2人を見て、アルテミシアはエリックを小突いた。
(あの2人は本当に婚約段階なの?まるで息の合った夫婦みたいよ?)
(言っちゃなんですが、デイビッド様はヘタレ中のヘタレ、ドヘタレ王ですよ?子供を間に挟まないと、上手く口が動かないんです。)
(…ご令嬢の度量の深さに感謝しないとね…)
(でも先日やっと気持ちを言葉にできた様で、人前でなければ多少寄り添える様になったと言うか…)
(プラトニックなのね。いいじゃない。一番幸せな時期よ?)

ようやく笑顔を見せたデイビッドを、アルテミシアは愛おしげに目を細めて眺めていた。
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