黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

標となる者

幼少時の写真はいくらも出てきたが、5歳を境にほとんどなくなり、10歳の帰国時からは1枚も無い。

「それでもアルテ殿の所へ気まぐれに手紙が来るので、それが唯一の安否の知らせであったよ。」
「こんなに人に心配かけて…」
「少しは反省しなさいよね!?」

その時、ヴィオラは思い立ったように、自分の鞄の中身を探り出した。

「ギディオン様、あの、これよろしければ…」
「なんだろう?ほうほう、これは…」

ヴィオラが出して来たのは写真の束だった。
学園に来てすぐの頃に撮られたものと、ヴィオラとエリックがこっそり撮ったもの。
研究室でケーキを焼く姿や、家畜小屋の世話をしているところ、騎士科での年越しの祭り、春の祭りの仮装、家馬車で焚き火を囲んだ夜、ライラをあやす何気ない瞬間の切り取り。
そしてヴィオラと並んで料理をしている後ろ姿。

「いつの間にこんなもんを…」
「ハハハ!楽しそうだな!」
「わぁよく撮れてるぅ!流石僕!」
「アルテ様にもお渡ししました。ギディオン様の写真のお仲間にも入れて下さい。」
「いいのかね?」
「はい!」

その後も、シェルリアーナがグイグイ質問をしたり、デイビッドの幼少時の失敗談などを聞きながら、5人の宴は夜遅くまで続けられた。


「この網を四隅の杭に引っ掛けて、思いっ切り張る!そしたら上にこの厚手のマットを敷いてくれ。」
「わ!ベッドになった!!」
「ゴブリン族は元々狩猟民族なんだ。魔物を飼い慣らして狩りをしながら、雨季や乾季に合わせて移住を繰り返して来た分、人間には無い生活の知恵を持ってんだ。」
「硬いのかと思ったら、意外とフカフカしてるのね!」
「気持ちいい!」

ギディオンの木の家に泊まることになった4人は、寝床の支度にはしゃいでいた。

「大丈夫、大丈夫!」
「なワケあるか!足元ふらっふらじゃねぇか!いい歳して飲み過ぎだろ?!」
「硬いことを言うな!こんなに嬉しい日はないのだぞぉ?!」

酔いの回ったギディオンを自室へ引きずって行くと、問答無用で布団に放り込んだ。

「なぁデイビッド、私は本当に嬉しいのだよ。幼い坊がいつ事切れてしまわないか、不安でない日などなかった。命を延ばすにしても苦痛は伴う。いっそ代われるものならと愚かな研究まで始めてな…なのにお前さんは自分の力で困難を乗り越え、帰って来てくれた。こんなに嬉しい事はない…デイビッド、もうお前さんを邪魔するものはない。生きて生きて、その生き様を存分に見せておくれ…」
「わかった…わかったから、寝ろ!!」

ギディオンの部屋をあとにし、宴会の後片付けをしていると、今度はエリックが絡んできた。

「いや~驚かされましたね。まさか貴方がそんな天命を背負っていたなんて。」
「知らん内に勝手に消えてたろ!」
「知らず知らずの内に精霊に助けられていたなんて、そう思うとこれまでのハチャメチャな出来事も全てこのためだったかもって思えますよ。」
「悪かったな、ハチャメチャで!!」
「僕ねぇ、嫌なんですよ。この先の人生に貴方がいなくなるなんて…せめてもう少し楽しませてもらってからじゃなきゃ…」
「お前も酔ってんな…?」
「気持ちがいいんですよ…貴方の隣は…息がしやすくて、自分を偽らなくても良くて…見てて飽きないし。」
「元は刺客の分際でよくもまぁ…」
「もうとっくに引退しましたから。も、アンジェリーナさんにあげちゃいましたし。」
「は?王宮魔術師にか!?勝手に何してんだ?!」
「すごく喜んで下さいましたよ?歴史のある貴族家門の外不出の毒薬なんて滅多に手に入らないって。」
「そりゃだからなぁ!万が一バレたらどうすんだよ…」
「中身入れ替えて瓶だけ持ってりゃバレませんよ。」
「俺、こんな奴雇ってんのか…」
「お役にだって立ちますよ?恋愛の手管とかも教えましょうか?」
「うっとおしい!!お前も早よ寝ちまえ!」

ソファでぐだぐだ何か言っているエリックに毛布をかけると、直ぐに静かになった。


片付けを終え、灯りの消し方がわからずにいると、いつの間にか現れた精霊が手を掲げ、フッと家の中が暗くなる。
妖精の淡い光がひらひら飛び回るので、ランプは持たなくても歩き回れる程度には明るい。
大きな窓を開けて、夜風に当たっていると、真横の鏡からトムティットが音も無く現れた。

「よ!お疲れさん!」
「出たな裏切り者…」
「そうキツく当たんないでよ!俺達妖魔はああいう魔性核のある空間には入れねぇんだからよ。」
「ああ、ダンジョンコアって奴か…」
「魔素が凝り固まって生まれたもんだから、あれは一体の魔物と同じなんだよ。極稀に中で生まれた妖精なんかが外に出て来て悪さする事もあるけど、俺達とは全くの別物だからな?!」
「んな事より、なんで俺の身体の事黙ってたんだよ!そのせいでしなくて良い後悔までしちまったんだぞこっちは!」
「だって、初手で契約してくんなかったじゃん!!そういうの含めて力になってやろうと思って近づいたの、こっちは!妖魔は妖精と違って、近くにいるだけじゃ恩恵に預かれねぇの!契約してくんないと力出せねぇの!わかる?!」
「面倒くせぇシステムだな。」
「システムとか言うなよ!そういう原理と掟があんの!!破ったらこっちも多少痛い目見るんだよ!」
「…不自由な生き物なんだな…」
「その不自由な生き物相手に好き勝手コキ使ってる奴が何言ってんだ!?」

文句を垂れながらトムティットが鏡の中へ戻ってしまうと、デイビッドはまた1人、街の灯りを眺めながら窓辺に腰掛けた。



次の朝、デイビッドがクロテッドクリームを添えたパンケーキを山と焼いていると、トムティットが脇の鏡から現れた。

「ご本家のお偉いさんからもうすぐお呼びが来るぜ。あの跡取り気取りのボンボンも一緒だけど、どうするよ?」
「わかった。すぐ向かう。」

朝食の支度を終わらせ、身支度を済ませると丁度エリックが起きてきた。

「あれ…どちらかお出かけです?」
「呼び出しだとよ。今日はヴィオラを頼む。」

そう言ってデイビッドは山を降り、祖母に挨拶してからもうしばらくライラの事を頼むと、サウラリースの門を出て行った。

「使いのもんが来たら、俺はディオニス領へ向かったと伝えてくれ。」

門番に言伝てを残し、辻馬車で駅に向かうと、丁度出る汽車に乗り込めた。
1人で車窓の景色をぼんやりと眺めながら、ディオニスを目指す。
(やっぱり、通すべきだよな…移動手段として受け入れられる前に、何か宣伝が出来ねぇか…)
頭の中ではどうやって機関車を王都付近に走らせるか、そんな事を考えながらディオニスの駅に降りると、ふと今乗って来た汽車と反対方向へ進む車両の窓に、ジョエルの姿が見えた気がした。
(入れ違いか…しめた、今の内に話を終わらせちまおう。)
屋敷に向かうと、既に四方から向かって来た馬車が到着したところだった。

「おはようございます、総領殿!」
「先日は失礼致しました。」

口々に総領ロザリアへと挨拶をする親戚達の後ろから、デイビッドも頭を下げた。

「おはようございます総領、先日はお世話になりました。」
「あら?デイビッド、貴方もう来ていたの?ついさっきジョエルが知らせを持って出かけたと言うのに。」
「行き違いましたかね?それは大変だ。」
「まぁいいわ、始発に乗り損ねたあの子も悪いのだから。それより、せっかく来てくれたなら今日の話し合いには貴方も参加して頂戴。運河の工事について王都に住まう者としての意見を聞かせてほしいわ。」
「わかりました。」

再び円卓の間に連れて行かれたデイビッドは、手元に積まれた資料に目を通し、難しい顔をしていた。

「それでは始めましょう!運河の拡張工事についてですが、各領の意見を述べて頂戴。質問でもいいわ。」
「では早速、この工事の主体はどこになりますかな?」
「国営よ。完全な国領の開発という形を取るそうよ。」
「では、我々はいつも通りお膳立てと支援をすればよいのかしら?」
「そうね、技術提供と人材の派遣、現地の中継ぎなども行わなければなりません。」

大人の会議を1人だけ若輩のデイビッドが聞いていると、不意に鋭い視線を向けられていることに気が付き顔を上げた。

「デイビッド!お主はどうじゃ?王都で生活する上でこの水路の拡張はどう影響すると見るか!?」

身を乗り出して来たのは高齢の禿頭の爺。
ギラギラした目でデイビッドの事を見ている。

「俺の意見…言っていいんですか?」
「もちろん!そのためにここにいるのよ、貴方は。」

総領の良しも出たので、デイビッドは態度の悪い若造から転じ、一商会を担う若手経営者として声を上げた。

「俺から言える事はひとつ、運河はこれ以上開拓しない事ですね。」
「なんですって?!」
「そもそも、今使用されている運河の工事に、他領がどれほどの資金を費やしたかご存じですか?着工から7年、開通から5年弱、港の完成からはまだ3年も経っていない…利益は着実に上がっておりますが、全く採算が追いついていません。今、港の最終地点が動いてしまえば、取り残された周辺領は確実に借金で首が回らなくなります。現在の運河は海に続く川を拡張したもので、水路があそこ止まりなのは、元々自然の湖があった場所だからです。そしてこの先の領地では運河の利権で揉めた経緯もあります。更に言えば、各地に元々無かった水運のギルドを立ち上げる際、古参の水運ギルドはかなり儲けを出しました。その上陸路の仕事まで減らされたら、陸運ギルドも黙ってはいないでしょう。今、着工したところで何年も工事が進まず、中途半端に頓挫して更なる負債と邪魔な穴だけが残される可能性の方が遥かに高い。水路の拡張は少なくとも今ではない。これが俺の意見です。」

デイビッドの話を真剣に聞いていた総領は、目を閉じて少し考えると、もうひとつデイビッドに尋ねた。

「では、どうしたら運河を動かさずに陸路の時間を短縮できると思いますか?」
「もうお分かりなんでしょ?今の陸路に汽車を通せばいいのですよ。」

ざわつく円卓の中で、総領は楽しそうにデイビッドの話を聞いていた。
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