黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

ヒュリス討伐

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朝早く、大きなバスケットにこれでもかと詰めこまれた、ヴィオラ達のために作られたかわいいランチを見て、エリックは1人考え込んでいた。

「毎度毎度こういうのはどういった視点で作るんですか?」
「え……ヴィオラが喜ぶかな…とか?」
「女子力と程遠い人がコレ作ってる思うと、脳が軽くパニック起こすんですよねぇ…」
「市井の流行りとか見本に作ってんだよ!悪いか?!」

対してデイビッドは大きな手斧と、短剣を掛けたベルトを手に討伐の支度をしている。

「今までで一番似合ってますよ?!」
「このかっこで二度も野盗に間違われてんだけどなぁ?!」

ファルコの背に荷物を乗せ、自分も飛行体勢に入り鐙に足をかける。

「じゃ、あとは頼んだ!!」
「気をつけて!」

ファルコは早くも速度を上げ、王都は一瞬で遠く離れて行った。
ムスタが4時間で駆けた大街道も、わずか数十分で追い越してしまう。
(速い!!想像以上だ!)

上空から見る景色は相変わらず壮大で、狭いと思っていた世界が広々として目に映る。
(これなら、ルフト領まで1時間かからないかも知れない…ヒポグリフすげぇ…)

山の峰を横切り、渓谷を真下に、雲を抜けて、ファルコはどんどん速度を上げていく。
時々コンパスで方角を確認し、地図を見ながらしばらく飛んでいると、地平線に何かが光って見えた。

「ファルコ!ここから海が見えるぞ?!」

以前のデイビッドなら、こんな景色を目の当たりにしたら最後、最低限の荷物片手にサッサと国を飛び出していた事だろう。
それが今は早く用事を終わらせて、帰ることを考えている。
なんとも成長したものだ。

「ここをもう少し南東に…お!コリンの言ってたルフト領の風車が見えてきた!!もう一息だ!」

谷間にいくつも建てられた鮮やかな風車小屋に迎えられ、ついにデイビッドはルフト領までやって来た。

少しずつ高度を下げ、人気のない場所を選んでファルコを降ろすと、そこからは徒歩になる。
ファルコは疲れた様子もなく、ご機嫌でデイビッドの後について歩いた。
やがて、コリンが見つけたという、謎の養蜂施設のある山の麓が見えて来た。

「そろそろだな…本腰入れてくぞファルコ!」
「キュルルルル!!」

ベルタにもらった眼鏡をかけて辺りを見回すと、不思議な光景が現れた。

「なんだありゃ…」

草むらにちらほら腹に赤い斑点のある虫が飛んでいる。
甲虫、蝶、蜂…種類はバラバラだが共通点がひとつ。
(送粉昆虫ポリネーター!あの模様、眼鏡越しじゃないと見えない…ってことはアレがヒュリスの媒介か!!)

斑点のついた虫は、先へ進むとどんどん増える。

「どっかにあるはずなんだよな…ヒュリスの花。こんだけ虫がいるなら、そろそろ見つかっても良いはずなんだが…」

父親から送られてきた記録の挿絵の写しを見ながら、森をあちこち回るが、それらしい花はどこにも咲いていない。

「どこだろうなぁ…」
「キュルルルル…」
「どうしたファルコ、もう飽きたか?」
「クルルルル…」
「さっきから上ばっか見て、一体何が……げっ……」

ファルコが見上げるミツアカシアの木の上には、拳大程の赤い斑模様の、大きな蘭のような花がいくつも寄生していた。

「気持ち悪ぃ!アレがヒュリスか…!!眼鏡を外すと消える…見えないっておっかねぇな!あんなもんがいくつもあるのか?!よく見つけたなお前!!エライぞ?!」

絡んだツタを足場に木に登り、花に近づくと異様な甘い匂いが漂っていた。

「これがヒュリス…ヤドリギみてぇに他の植物に寄生してデカくなんのか!早いとこ切り落としちまおう。」

ナイフで木に食い込んだ根の部分を切ると、ベタベタした汁が溢れてくる。
サンプルを色々採取してから、根元を引き千切ると、簡単に抜けた。

「抜けるのはいいが数が多い。この木だけでも20はあるな…討伐が遅れたって言うのも頷ける…おいおいおい…ちょっと待てよぉ……」

イヤな予感がして、木の梢の方に登り、上から辺りを見回すと、そこかしこのミツアカシアでヒュリスの空中庭園ができていた。

「気持ち悪ぅっ!!良くもまぁこんだけ増えたな!?」

ひとまず登っている木のヒュリスを片っ端から抜いて落とすと、下にいたファルコが、落ちた花をつつき始めた。

「ファルコ~?何してんださっきから。あ…食ってる…お前…ソレ、食うの?!見た目結構アレな気がするけど…腹壊すなよ?うーん…美味そうに食ってんな……魔獣の好みはわからん…」

ヒポグリフは雑食だ。
頭の本能で狩りもするし、脚の本能で草も喰む。
好みはそれぞれで、野生の場合、糞の形状で趣向を読み、肉食嗜好の個体には近づかないよう気をつけるという。

ファルコは美味しい物を見つけたと!とでも言うように、デイビッドの落とす花を次々とついばみ、飲み込んでいた。

「火で一掃したい所だが…山火事が怖ぇし、地道に行くしかねぇなこりゃぁ…」

登って、抜いて、降りて、また登って…
地味かつ地道で単調な作業。
デイビッドは日が高くなる頃まで、黙々とヒュリスを抜き続けた。

(なんか…こう…魔草を食う生き物っていないのかな…こういう隠れる系のヤツも見つけて食ってくれるような…逆か!食われないように外て出て来たんだ!魔物に食われちまうから、天敵のいない場所に種を飛ばして……西風に乗って空から新天地を目指したとしたら?…森の中にまだ本体がいるんじゃねぇのか…?)

ヒュリスは魔草。
少なくとも魔素の薄い場所では育たない。
デイビッドが今いるのは、その昔魔の森と呼ばれていた土地の跡。
繁殖が可能だったのもそのせいだろう。
風の吹いてくる方角には、薄暗い灰色の森が鬱蒼と広がっている。

「仕方ねぇ、行くぞファルコ!」

森の中に入ると、辺りの空気がいきなり重々しくなる。

「そら!偵察隊のお出ましだぞ!?ファルコじっとしてろよ?!」

男の腕位はある巨大な蜂が2匹、デイビッドの周りを飛び回る。
肉食の巨大毒蜂リオパホネット。
これを見逃すと、仲間を呼ばれてしまうため、ここで仕留めないといけない。

虫の動向は人間には読み難い。
耐えて耐えて、ギリギリまで近づかせ、ナイフを一振りすると蜂は真っ二つに切れて落ちた。
一匹は容易いが、2匹目には警戒されてしまうので難しい。
巣に報告に戻ろうと向きを変えた所で、短刀を投げつけ、これも何とか仕留めることができた。

「ハァー…毎回これ躱すのが厄介なんだよな。」

ナイフを回収し、眼鏡を掛け直して、再び斑点のついた虫を追う。

度々眼鏡を外して辺りを見ると、それまで見えていたはずの飛んでいた物や、隠れていたものがフッと見えなくなる。

「こんなに見逃してたのか…そういや、適性がねぇと討伐隊に入るのは難しいって前に言われたっけ…こういう訳か…」

僅かでも魔力があれば、何とかして気配や影くらいは探れるだろうが、魔力抵抗皆無のデイビッドにはそれすらできない。

「この眼鏡無しじゃ、俺なんざ役立たずもいいとこだ。ベルタ先生様々だな。」

森の中を歩いて行くと、その内に異様に重く甘ったるい匂いが辺りに漂い始めた。

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