黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

招待状

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ラドフォード将軍は、デイビッドに懐くヒポグリフをしばらく眺めていたが、他の騎士達に合図を送ると、整列したヒポグリフ達が立ち上がり、翼を広げ始めた。
いよいよ別れの時が来たと思い、デイビッドは手綱をラドフォード将軍に差し出した。

「本日はお出で頂きありがとうございました。こちらの鞍は外しますか?」

デイビッドが自分の取り付けたヒポグリフ用の鞍に手を掛けようとすると、ラドフォード将軍は首を振り、その手を止めた。

「ベルンシュタイン…いや、君はなんと呼んでいたのかな?」
「失礼ながら、ファルコと…」
「そうか、クチバシに文字が残っていたそうだな。君は帝国の古語にも精通しているのか?」
「簡単な単語が拾えるだけです。名前かと思っておりまして…」
「そうか、ファルコ…お前は良い飼い主に巡り会えたのだな。幸せそうで何よりだ。安心したぞ…」
「ラドフォード将軍?」

デイビッドの手綱を握る手をガシッとつかみ、将軍は目を潤ませて熱く語った。

「気性の荒いヒポグリフは、闇市場に流されても拘束されて解体に回されてしまう事がほとんどだ。健康な上に、まさか人を乗せて飛べるようになっていたとは…これは奇跡だ!君とファルコは出会うべき運命だったのだ!!素晴らしい絆を見せてもらった…」
「はぁ……」
「このヒポグリフは君に委ねよう!それこそファルコの、いや、君達の幸せだ!!」
「え…?あの…いいんですか…?」
「無論、ただで引き渡すわけにはいかないな。定期的に記録を付けて帝国の研究施設に送ること。ラムダ王国ではまだヒポグリフの育成事例が少ないから、良い資料になるだろう。頼めるかね?」
「もちろんです!あ、ありがとうございます!」
「デイビッド・デュロック…名前を覚えておこう。これからもファルコを宜しく頼む。では、さらばだ!!」

そう言い残すと、将軍は自身の愛馬に跨り、颯爽と空へ羽ばたいて行ってしまった。


「………なんか…色々凄い人だったな…」
「濃いぃキャラしてましたねぇ…」
「キュールルルルル!」

ヒポグリフ隊の姿が空の彼方へ消えるまで、二人と一匹はしばらく演習場に立ち尽くしていた。



「じゃぁファルコとは別れずにすんだのですね!!」

昼頃やって来たヴィオラは家畜小屋で餌をついばむファルコを見て喜んだ。

「ああ。今まで通り、ここで世話することになった。後で手紙と、なんか返礼品贈らないとなぁ…」
「デイビッド様…元気が戻ったみたいでよかったです…」
「そんなにわかりやすかったか…?」
「難しい顔してずっと考え事されてたから…心配でした…」

感情を吐き出すのも、隠すのも苦手で、この先やっていけるか少し不安になるが、また戻ってきた日常にデイビッドが安心しているのは確かだ。

「まぁ僕も安心しましたよ!あのままどっかで爆発しちゃわないかちょっと不安でしたから。」
「あくまで本人の心配はしないのね…貴方。」

今日も野菜メインのダイエットメニューが並ぶ食卓で、シェルリアーナは人参をかじりながら、このダメ従者はどうしたら教育し直せるのか考えていた。
(なんで他人の従者にこんなに頭悩ませなきゃいけないのよ!!)
ならここへ来るのをやめれば良い、という考えに至らない辺り、シェルリアーナも立派にこの研究室の一味になりつつある。

今日は土曜日、授業の無い午後にはいつも手紙の束が届く。
商会関係、挨拶状、事業報告…パラパラめくっていたデイビッドの手が止まり、いきなり何かを振り払うように、テーブルへ放り投げた。

「うわっ!!こんなん来てたっ!」

放り出された封筒には、王家の紋章が押されている。

「そんなゴキブリ見つけたみたいな反応しなくても…」
「対処の仕様があるだけゴキブリの方がマシだ!!」
「不敬極まりないわね!」
「何のお手紙ですか?」

嫌々中身を開けると、陛下からの召喚状とアーネストからの招待状が入っていた。

ヒュリス討伐とその後の報告について、話したい事があると書かれた国王の手紙と、妹のデビュタントに参加してくれというアーネストの手紙。
どちらも見なかった事にして、直ぐ様処分したい衝動を抑え、机にうなだれる。

「イヤだぁ………」
「そんなに?」
「ファルコの時より酷い顔してますわよ。」
「逃げまくってたツケが回って来たんですよ。」
「行きたくねぇぇ……」

封筒の中に入っていた招待状は2枚。

「1枚はデイビッド様宛ですが、こっちは?」

もう一枚を裏返すと、そこにはヴィオラの名前が書かれていた。

「わ…私も?!」
「アリスティアのデビュタントだとよ…婚約者同伴で出ろって意味だが…どうする?ヴィオラだけなら断れるぞ?」

未だに過去の傷が癒え切らないヴィオラを、王都のど真ん中の、それも王城へ連れて行くのはまだ酷かもしれない。
学生であることを盾に断る事も可能だ。

「私…行きます!!デイビッド様と、今度こそ、貴族の務めを果たしてみたい!!」
「別に務めなくてもいいんだぞ?無理する必要なんてないからな?!」
「デイビッド様、これは過去の私へのリベンジです。いつまでもウジウジして隠れてはいられません。私を貴族としてデビューさせて下さい!お願いします!!」
「……わかった…ただし、無理だけはするなよ?パーティーは学期末近くだから、まだ2ヶ月はある。それまでに準備しよう。」

放り出した手紙をまとめてデスクに突っ込むと、ややげんなりしながら手帳に予定を書き込んだ。


夕方になり、空腹に負けて結局マドレーヌに手を付けてしまい、後悔し通しのシェルリアーナと、今日もにこにこのヴィオラが寮に帰ると、すぐに日が落ちて秋の涼風が吹いてきた。
デイビッドが窓を開けて、風に当たっていると、目の端に何かが映ったような気がして振り返る…が、何もいない。

「え?!」

また、机の周りを何かが横切ったように見えたが、目が追い切れず、すぐに見失ってしまう。
(なんかいる……?)
床に這いつくばって机の下を覗いてみるが、虫やネズミが居るようには見えない。

その内に外にいたエリックが戻って来て、床に寝転んで何かしているデイビッドを見て訝しげな顔をした。

「え…?なにこれ…蹴っていいって事ですか?」
「なんでそうなった?!」
「何してるんですか?」
「先にそれ聞こうぜ?!」

起き上がり、他の棚の隙間なども見ていくが、やはり何もいない。

「探し物ですか?」
「いやぁ…なんか動いたような気がした…ネズミとかじゃなかったと思うんだが…」
「精霊薬の副作用ですかね?」
「何か見えてるって事か?ちょっと温室行って確かめて来る…」

デイビッドが温室に行ってしまうと、エリックはデスクの上でくすくす笑っているルーチェと目が合った。

[ふふふ、おっきいのと、かくれんぼしてた]

楽しそうに笑う妖精は、再びデスクの棚に戻って行った。


その頃、温室では…

「うわ…こっちの目だけなんかぼんやり見えてる…」
「精霊の回復薬なんて目に差したら危険だよ?!目玉が増えちゃったらどうするつもりだったんだい?」
「そんな事になんの??」 
「目に霊力が残っている内はしばらく見えると思うけど、鮮明にとはいかないだろう?」

片目を瞑るとぼんやりした影がゆらゆら迫ってくるのが見える。

「かなりホラーだな…」
「眼鏡があるんだから、薬なんて必要無い!なんて無茶をするんだ君は!」
「あれ?これ俺が怒られる流れ?」

何故かベルダの説教をこんこんと受けることになり、デイビッドは始終腑に落ちない顔をしていた。
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