黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

契約

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「デイビッド様!私ガンバりました!学年5位です!!」
「そりゃすげぇな?!」

テスト明け。
ヴィオラは朝一で結果を確認すると、脇目も振らずに研究室へ飛び込んで来た。
スッと出されたシナモンの効いたココアが、廊下を走って冷えた手を温めてくれる。

「何かお祝いしたいな。何がいい?」
「どうしよう迷っちゃいます!」

「はい!ガトーショコラを所望しますわ!」
「では、私は紅茶味のシフォンケーキを。」
「僕は肉のパイが食べたいです!」

「増殖すんな!!」

気が付けば、いつものメンバーにアリスティアまで加わってソファを占領している。

「1週間も城に缶詰で息が詰まりそうでした。」
「私はアリス様専属の護衛魔法師として認められましたのよ?!」

聞けばこの二人もだいぶ大変な思いをして来たらしい。

「シェル様にテストを放棄させてしまい、本当に申し訳ありません…」
「構いませんわ!?どの道追試で満点取りますもの。魔法学棟一の才女、舐めないで?!」
「僕はノエルに向けてこれからダンス系で振り回されるので、英気養って下さい!」
「俺が養う側か?」 


テスト期間が終わり、慌ただしかった1年ももうすぐ終わり。
学園は再びノエルに向けての準備に追われる事になる。

“ノエル”とは冬支度の前に行われる祈りの祭。
教会では女神や聖女に、地方では神話の神々や精霊に、1年の感謝を捧げ、夜遅くまで明かりを灯しご馳走を食べて歌ったり踊ったりして過ごす。
街は何日も前からお祭り騒ぎで、市場や屋台が軒を連ね、毎晩人が大勢集まっている頃だ。

学園で行われるパーティーは、学生達の成長を見るためのもの。
元は貴族の子供がきちんと作法や振る舞いを身に着けているか確認する為のものだったらしい。
今はダンスの競技大会が目玉になり、婚約者のいる者がお相手を同年代の者達にお披露目する場にもなっている。

「学生だけでなく、保護者や婚約者も来ますから、一番大きな催しになりますのよ。」
「会場は学園ではないと聞きました。」
「ええ、王都の中央にある旧礼拝堂を貸し切って行います。神話を描いた天井画が本当に素晴らしいんですよ!」


女の子達のブランチが始まってしまったので、デイビッドはその場をエリックに任せて温室へ。

相変わらずアリーもリディアも、ヒュリスさえも裸眼で確認できるのでありがたいが、この効果がどのくらい持続するかわからない。
もしまた見えなくなったら、あの実を食べなければならないのだろうかと思うと、少し先が不安になる。

シャーレーの中で培養していた昆虫の体内成分を顕微鏡で見ていると、ベルダが隣にやって来た。

「ねぇ、デイビッド君。よければ医薬関係の作業、手伝おうか?こう見えて僕、有資格者だよ?君が手を焼いてる少し先の薬品なんかも扱えるし、研究室には道具も揃ってる。力になれると思うんだけどなぁ!?」
「チッ…お見通しかよ…で?条件は…?!」
「話が早くて嬉しくなっちゃうなぁ!月に数回でいいから、僕の助手になってよ!研究室が魔法学棟にあるんだけど、この通り僕はここにいることが多いから、そろそろ結果出せって上からもせっつかれてて。例の薬草を使わせてもらえると非常にありがたいんだよ。どうかな?悪い取引じゃないと思うんだけど?!」

学園で人の下について何かする気は更々無かったが、背に腹は代えられない。
既に用意されていた助手登録の申請書にサインを入れると、ベルダは嬉しそうに封筒へしまった。

「これで君と僕は運命共同体だね!?上にもいい報告ができそうで、良かった良かった!」

ウキウキしながら外へ出ていくベルダの背中を見送りながら、何か選択を間違えた様な気持ちでいっぱいになる。
(俺は悪魔と契約したんじゃねぇか…?)
やや功を焦った代償は果たして何になるだろうか…

温室を出ようとすると、アリーが花の世話をしていた。
手を振ると嬉しそうに振り返してくれる。
やたら絡みついてきた時期と比べたらとんでもない成長だ。
この分ならもうすぐ温室も解放できるだろう。


「まだ続いてた!」
「女性のお喋りがそう早くに終わると思ってますか?」

昼近くに戻ったにも関わらず、3人のお喋りは止まるどころか更に盛り上がっていた。

「ノエルもですけど、デビュタントもとても楽しみなんですよ!?」
「アリス様と一緒なんて恐れ多くて緊張します!でもすごく素敵なドレスを作って頂いたので、本当に待ち遠しくて!」
「早く見てみたいわ!私もそのパーティーには参加するから、当日会場で会いましょう?!」

どうやらこの3人は本当にどこでも一緒な運命らしい。
心強い友人にいつでも会えるのはいい事だ。

その内、あまりに戻りが遅いので侍女見習いがおずおずと迎えに来て、アリスティアは先に王宮へと帰ることになった。

「やっと寮生活に慣れたと思ったら、安全のためとか言ってまた王宮から通えと言われてしまって。来年こそ準備万端で学園に留まって見せますね!」

そう言って焼き立てのシフォンケーキを手に、2人に別れを告げて行く。

「いけない!私もお父様から言われていた事がありましたのよ!忘れる所でしたわ!!」

シェルリアーナも慌てて自室へ帰ってしまう。

「あっちこっち忙しいなぁ」

デイビッドはやっと落ち着いてヴィオラの隣に座り、一息ついた。

「あの…デイビッド様。昨日届きました。ノエルのドレス。」
「あー。義叔母上にイメージ使えたら速攻仕上げたヤツか…言っとくけど、あれは舞台衣装に近いもんだからな?!」

フィズ夫人に急ぎの依頼で衣装を頼み、アルラウネの花の写真を見せた所、僅か3日で届けられた雪の妖精のドレス。

「本当に淡く光るんです!本物の妖精が着るドレスみたいで…私なんかに似合うかしら…」
「…なんかじゃないさ。ヴィオラだから似合う様に誂えたんだから。」
「あの!私、デイビッド様にお願いがあって…」
「なんだ?」
「あの、あの…デビュタントのパーティーで…わ、私と…」

「失礼致します。王城から使いの方がお見えですので、急ぎお越し下さい。」

いきなりノックの音がして、事務員の声がする。 

「タイミングわっっる!!」
「仕方ないですよ。来るって話だったでしょ?ほら、ヴィオラ様も行きますよ?!」

部屋の隅で空気になっていたエリックが2人を急かし、3人は応接室まで使者に会いに行った。


堅い態度の役人が、ヴィオラが転移に巻き込まれた経緯から、中で聞いた会話などを聞き取り、遂に大勢が目撃した黒い獣について聞かれることになった。

「こちらがその時アリスティア殿下の救出に向かわせた従魔です。」

エリックが魔石を取り出し、魔力を流すと黒い大トカゲが飛び出し、天井近くを一周回ってヴィオラの足元に着地した。

「これが…」
「はい。合成魔獣ですので少々変わっておりますが、この通りを害は一切ございません!」
「目撃証言によると、もっと鋭く禍々しい姿であったとの報告があるのですが…」
「人の咄嗟の判断とはあやふやなものですよ?特に衝撃が強い時などは当てにならないものです。」

触るとひんやりむちむちで、ヴィオラに撫でられて嬉しそうに甘える姿はとても強靭な使い魔とは思えない。

「少し大雑把がところがあるので床に大穴を開けてしまいましたが、殿下を傷つける様なマネは一切しません。現にかすり傷ひとつ無くお救いすることができましたからね。」

正確にはアリスティアと一緒にいたヴィオラを傷つけないよう動いた結果だが、そこは伏せておく。
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